第2話 崇高な目的
迷宮でとんでもない変態を目にしてしまった俺は、動くに動く事が出来ず物陰で息を殺していた。
変態は全裸で迷宮を踊り狂っている、何とか見つからずにこの場を去る事を考えていたが、次の一言でその考えも水泡に帰す。
「さてと、そこに潜む誰かさん。挨拶もなしとは少々マナー違反じゃあないかな?迷宮で会った時には挨拶だよ挨拶」
バレていた。いやバレている可能性も考えていた。
この変態は迷宮を武器防具も無しに一人で歩いてきた。しかも特別なにかに警戒した様子もなかった。寧ろ鼻歌を歌って余裕まで見せていた。
という事は、この変態は魔物を物ともしない実力者だと思った。しかしどれだけ達人級の実力者でもあっさりと死ぬのが迷宮だ、一縷の望みでただの狂人という可能性もあったが、俺に気がついたという事はそれもない。
俺は覚悟を決めた。物陰から出て両手を上に敵対の意思がない事を示した。冒険者相手にごみ拾いの命乞いが通じるとは思えないが、死ぬ前に出来るだけの事をしようと思っていた。
「こ、こんにちは。怪しい者ではないです」
今一番怪しい相手に言う言葉じゃない、俺はぐっと我慢した。
「ンンンン、ノンノンノンそれはおかしい。君は今一番怪しい存在だよ?」
「はへ?」
何を言っているんだこいつは、俺は思わずそう言いかけて飲み込んだ。
「ど、何処が怪しいのでしょうか?」
今だ全裸の男に向かって自分の怪しさについて聞く、なんて間抜けな行動なんだと俺は思った。
「まずはだ、ここでどうやら魔物と冒険者の戦闘があったようだ。結果としては新米冒険者パーティの敗北、傷の回復がされてない様子を見ると後衛のヒーラーが逃走したみたいだな、よくある事だ。魔物を舐めてかかったな仕方がない」
俺は目の前の全裸男への警戒感を一気に上げた。あの様子を一瞥しただけでここまで正確に状況を把握した。やっぱり只者ではない、全裸だけど。
「そして魔物は哀れにもパーティから取り残された冒険者を食ったようだな、しかし食物連鎖だ仕方がない。だがこの死体にはいくつか足りない物がある、そしてそれは魔物が決して持っていかない物だ。まあ偶にそういった習性の魔物がいるが、人を食っている以上今回はそれじゃない」
魔物の知識も豊富だ。迷宮慣れしている。
「足りない物は冒険者達の身につけていた物だ。剣や盾、それと防具のいくつか、新米パーティは回復薬を多く買い込むものだが、それも見当たらない。口を開けた道具袋がそこに落ちているというのにこれはおかしい。遺品回収に来たと言うには金目の物だけ的確に無くなっている。君は盗人か?」
ここまで指摘されればもう言い逃れは出来ない、恐らくこの男を出し抜いて逃げ出す事も現実的ではないだろう。俺は高笑いをして男に言った。
「いやあ参った参った。お兄さんすごいね、ここまで正確に言い当てるなんて。探偵か何か?」
「探偵?私はそんなものではない」
「分かってるよ、冒険者なんだろあんた。しかもそうとう高位の奴だ。じゃなきゃ一人で迷宮に潜って全裸になるなんてとても出来ない」
俺の言葉を聞いて男は不思議そうに首を傾げた。白々しい事をと思いながらも、俺は自分のやっていた事を男に告げた。
「あんたのお察しの通りさ、俺はごみ拾い。卑しい卑しいごみ拾いさ」
ああ、終わったな、俺はそう思った。冒険者に自分をごみ拾いだと宣言するのは、殺してくださいとお願いするようなものだ。夢半ばで、こんな迷宮の中で、まさか全裸の男に殺される事になるとは思わなかったけれど、これも神父様の言う天罰ってやつかもしれない。
俺が男に自分がごみ拾いだと告げると、男はわなわなと体を震わせていた。恐らく怒りによる行動だろう、同業者を貶めるごみ拾いに怒り狂っているのだ。俺は自分の運命を受け入れるように目を閉じた。
「素晴らしい!!!」
俺は男に肩を掴まれて目を開いた。全裸の男に肩を掴まれているこの状況、別の意味でヤバさを感じるがそれ以上に発言の内容が気になった。
「何だって?」
「素晴らしいと言ったのだよ!迷宮の美化活動に取り組んでいるとは、なんて殊勝な心がけだろうか!!私は猛烈に感動している!」
何を言っているんだこの男は、俺は呆れて言った。
「聞いてなかったのか?俺はごみ拾いなんだぞ」
「聞いていたから褒め称えたのだ。まさか迷宮の美化に取り組む人間がいたとは思いもしなかった。そんな崇高な行いがこの世にあったとは」
男はまた上機嫌になって踊りだした。見苦しいのを我慢して俺は言った。
「あんたごみ拾いを知らないのか?」
「知っているとも、美化活動であろう?しかし迷宮内でそれを行う者を見たのは君が初めてだ。心から尊敬するよ」
やばい話が噛み合わなくなってきた。しかし取り敢えずは問答無用で殺される心配は無さそうだ。
「なんだかよく分からないが、俺は殺されないんだな?」
「殺す?とんでもない事を言うな君は、何故私が迷宮の美化に取り組む者を殺すのだ。物騒な事を言わないでくれたまえ」
少なくとも全裸で言う事じゃない、俺はそう思った。
「ええと、君の名前を教えてくれるかね?私はアレックス・ウィンダム。気軽にアルと呼んでくれて構わないよ、君とは是非友達になりたい。親しい人は私をそう呼ぶんだ」
男はいい笑顔で自己紹介を始めた。相変わらず服は着てないけれど、顔だけは爽やかだ。
「俺はグランだ、孤児だから苗字はない。あんた何者なんだ?」
「ノンノンノン、アルだろ?」
男はばっちりとウインクして俺に言う、イラッとしたが従う。
「アルはここで何してるんだ?冒険者って事じゃないのか?」
「私は自らを迷宮ソムリエと名乗っている、冒険者等と一緒にしてもらいたくないな。グラン、私は君と同じように崇高な目的の為に迷宮へと足を運んでいるのさ」
「崇高な目的?」
俺のしている事はとてもじゃないが崇高とは呼べない、アルはやはり何か勘違いしているようだ。
「そうさ!私の目的は唯一つ迷宮の素晴らしさを世に知らしめるのさ!見よ!この素晴らしい空間を、どうしてこんなにも完成された空間が突然現れた?どんなに脆い砂の山にだって迷宮は現れる。中の様子はどうだ?一体ここはどんな素材で出来ている?どうして扉がある?どうして泉が湧く?迷宮とはかくも謎に包まれた素晴らしい場所なのさ!」
アルは踊りながら迷宮について熱く語った。俺はぽかんと間抜けに口を開けてそれを見ていた。
「迷宮には様々な不思議で満ちている。私が感動で涙したのはある仕掛けさ、ある場所に足を踏み入れると、まったく別の場所に体が移動している。一体なんの為に作られた仕掛けだろうか?誰か人の意思が介在しているのか?それとも迷宮そのものに意思があるのか?そんな事を考えると胸が踊る!ああ素晴らしきかな迷宮よ!」
アルの興奮は最高潮だ。俺にはよく分からないが熱意だけは本当に伝わってくる。
「だから私は迷宮を愛し、その素晴らしさを世間に伝える事を人生の目的としているのさ。私は入った迷宮について事細かに記録し、それを配って歩いている。少しでも多くの人に知ってもらいたいからね」
「は?え?無料で?」
「勿論さ、金なんていらない。私は迷宮の素晴らしさを伝えたいのだ」
聞き捨てならない事を言ったので耳を疑った。迷宮の情報は非常に高値で取引される、事前にどれだけ情報を仕入れる事が出来るかで生存率は段違いだからだ。
それをこの男は無料で配っていると言う、俺が意地汚く命がけでごみを漁って生活していると言うのに、こいつは金などいらないと宣うのだ。
俺は心の中でこいつにキレていた。同時にある考えが浮かんだ。
アレックス・ウィンダム、どこの誰だか知らないが、俺の行いが崇高だと言うのならそれを手伝わせてやろう。俺はアルを利用する事に決めた。
「アル、俺もあんたの考えに甚く感銘を受けたよ。出来る事なら俺もアルの事を手伝いたいな」
「おお!同志グランよ!分かってくれたのか!」
「勿論だとも、その代わりと言っちゃ卑しいかもしれないが、アルも俺の美化活動を手伝ってくれないか?」
俺は畳み掛けるように言った。
「見てくれ、この冒険者達の残骸を。死体回収の業者を雇えなければこのまま迷宮に放置されるんだ。やがて腐りはて迷宮を汚すだろう、そして残された道具はごみになる。俺はそれを許してはおけない、拾って綺麗にしてあげないと迷宮が可哀想だろ?」
アルはまたしても俺の肩にがっと手を置いて言った。
「その通りだよグラン!勿論だ!私に出来る事があるのならなんでも手伝おう!」
かかった。俺は気づかれないようににやりと笑うと、そのまま真剣な眼差しをアルに向けて言った。
「俺にアルのお供をさせてくれないか?そうすれば色々な迷宮の美化に取り組める」
同時に多くのごみを拾って売る事が出来る。しかも安定してだ。
「ああ!ぜひともそうしよう!一緒にこの崇高な目的を果たそうではないか!私と君は今日から友達だ!さあ握手しよう!」
俺はアルと固く握手を交わした。絞れるまで絞り切る、俺の目的が果たされるまで利用させてもらうぞ、俺は心の中でそう思った。
「差し当たって一つ頼んでいいか?」
「何だいグラン?何でも言ってくれ」
「まず服を着ろ」
俺はアルに向かってにっこりと笑顔で言った。これ以上全裸の男と一緒の空間に居たくなかった。
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