迷宮ソムリエ+ごみ拾い

ま行

第1話 迷宮に現れた変態

 ある日を境に、世界中のあらゆる場所に突如として迷宮ダンジョンが出現した。


 迷宮には数多くの魔物が住み着き、入ってきた冒険者達に襲いかかった。冒険者達は命を燃やしながら、魔物と罠のはびこる迷宮を攻略し、そこで手に入れた武器や防具を手にまた次の迷宮へと潜った。


 迷宮には宝箱と呼ばれる不思議な箱がしばしば現れたり、魔物を倒す事でドロップする。その中身は玉石混交で、とんでもない性能の武器防具やアイテムを見つける事もあれば、路傍の石にも劣るゴミが出てくる事もある。


 しかし宝箱の中身には夢があった。


 手にしただけで多大な力を得る事の出来る武器防具を見つければ、誰も敵わぬ圧倒的な武力を手に入れる事が出来る。


 死の淵にある者をたちまち回復させる薬もあれば、身につけているだけで若さを保つ事の出来るようなアクセサリーまで手に入る。


 すべては運任せだ。しかしサイコロを振って良い目が出たのなら、たちまち大金持ちになれるチャンスがあった。それまで冒険者はただの無職のならず者だった。雑兵だった。だけどそんな状況を変える一発逆転のチャンスが迷宮にはあった。


 冒険者達は命を糧にサイコロを振り続けた。迷宮に挑んでその命を散らそうとも、宝箱を開けてはチャンスを掴み取った。


 そうして冒険者は職業となった。一山当てるというギャンブル性は変わらないが、金持ちに雇われて迷宮に潜る冒険者や、未知の薬や薬草を追い求め研究の為に徒党を組む冒険者等、その存在の在り方は多様性に富むようになった。


 今や冒険者なくして経済は回らない、金の歯車の一部に食い込む事に成功した冒険者達は、武器を手にして防具で身を包み、凶悪な魔物を退け罠を掻い潜って財宝を求める、そんな構図が出来上がった。


 誰も迷宮の謎など気にする者は居なかった。栄光を掴み、力と金さえ手に入ればそれでよかった。権力者達も、冒険者が持ち帰る宝箱の中身に夢中だった。


 相手よりすごい財宝を手に入れられれば、とんでもない武器を持つことが出来たのなら、パワーバランスは一気に崩れて自らが優位になる。欲望は大きなうねりを生み出し、多くの人々を巻き込んで大きく大きくなっていく、皆迷宮の宝箱に魅せられていた。


 そんな欲望渦巻く宝箱の中身に、まったく興味を示さない男が一人居た。その男は一人で迷宮を次々と踏破し、数々の伝説を打ち立てたが、財宝には一切興味がなかった。


 彼の興味は唯一つ、迷宮そのものだった。彼は自らを迷宮ソムリエと呼び、どんな危険な迷宮もふらりと一人で入っては、けろりと出てきて書き留めた迷宮の情報をバラ撒いていた。


 これはそんな変わり者の男の物語である。ごみ拾いだった俺が出会う、伝説の男の話である。




 数多くの迷宮を抱える王国クローイシュ。王は自国領に出現した迷宮を管理下に納め、この国を迷宮大国と銘打って経済を発展させていた。


 俺はそんな迷宮に潜ってごみ拾いをして生計を立てている。


 名前はグラン、両親は居ない。両親が赤ん坊の俺を教会の前に捨てて以来、俺はそこで大勢の孤児達と暮らしている。


 冒険者になるには身分がいる、そしてそれを買うには大金が必要だ。ただ生きていくだけで精一杯の俺にそんな余裕はない。


 だけど迷宮で手に入る金は普通に働くだけでは手に入らない程多い、孤児の俺がちゃんとした職には就けない、真面目に働いても満額給料は支払われる事なく抜かれておしまい。


 そんな現実俺には耐える事は出来ない、教会の神父様は懸命に働いていればいつか報われる日が来ると言われるが、神父様に悪いけれどそんな言葉信用できなかった。


 そこで俺は監視の目を掻い潜り、こっそりと迷宮に潜ってはごみを拾ってそれを売って金を作っている。


 ごみとは要するに、冒険者が持ちきれずにやむなく迷宮に置いていったアイテムや、倒され捨てられた魔物から素材を剥ぎ取る事、そして死んだ冒険者の死体にある装備品や持ち物の事だ。


 勿論違法だ。死体であっても冒険者の持ち物は持ち主かそのパーティか家族の物だ。魔物からの剥ぎ取りは兎も角、冒険者の死体から剥ぎ取るなんて以ての外だ。倫理的にも最も忌諱される行為だ。


 ごみ拾いは危険が多い、俺も同業者達が何十人と死んでいくのを見た。迷宮での死は、罠や魔物だけじゃない。冒険者にも殺されるのだ。


 それもそうだろう、俺たちは冒険者にしてみれば死を汚すゴミ虫だ。積極的に俺たちごみ拾いを殺して唾を吐きかける冒険者もいるくらいだ。そんな事を目撃する度に、俺は迷宮も外も等しく地獄だと思うのだ。


 俺は気配を消すのが上手いらしく、迷宮に忍び込むのも、魔物や冒険者達からも今まで見つからずにごみ拾いを続ける事が出来ている。拾ったごみを現金化するのは難しいが、安定してごみを運んでくるごみ拾いに対して処理業者は優遇してくれる。


 俺は迷宮で拾い集めたごみを金に変えて、いつか神父様や孤児の仲間たちを楽にさせてやるんだ。そして俺を散々扱き使った上で虐待した雇先を金で踏み潰し、両親を探し出して人買いに売り飛ばしてやると決めていた。




 俺はいつものように仕事場の前までやってきた。迷宮の前では兵がいて出入りを見張っている。


 しかしこの警備はそこまで厳しくない、毎日多くの冒険者が出入りするし、その全てを監視しきれる訳じゃない、冒険者に紛れて中に入る事も出来る、捕まりそうになった時は鼻薬を嗅がせると実に簡単に転ぶ。


 警備の仕事は根本的に暇を持て余すのだ。迷宮に向かう冒険者達を監視して、明らかな違法行為があれば咎めるが、冒険者達は大抵ルールを守るし、破る時はきちんと金を用意してある。


 冒険者達がルールに厳格なのは、他の冒険者達に殺されない為だ。評判が悪くなれば当然割りを食うのは同じ迷宮に潜っている同業者、だからこそ互いの行動に厳しく目配せしている。


 しかしルールを厳格にすればする程抜け道ができやすくもなる、兵の怠慢なんかは冒険者達が積極的に金をバラ撒いてきたツケみたいなものだ。


 だからこそ俺たちごみ拾いにも迷宮に潜り込む隙が生まれるのだから、やっぱりごみ拾いは冒険者にたかる蝿みたいなものだろう、それには感謝するが冒険者は嫌いだ。横柄で暴力的だし、殺しになんの躊躇もない化け物共だ。


 俺は迷宮に軽々と潜入して息を潜める、ごみ拾いを開始するのはある程度時間が経ってからが丁度いい、そして新米らしき冒険者は格好のカモだ。俺はある一組の冒険者達に目を付けると、気配を消して後をつけた。


 迷宮で死にやすい冒険者は、装備が新しくて防具に傷が少ない奴だ。確実に新人だと分かりやすい目安になるし、新品はまだまだ手に馴染んでいない事が殆どだ。使い慣れてない得物を振り回す程危険な事はない。


 あのパーティがその辺を心得ていないとしたら、俺は物陰から魔物と戦闘になったカモの様子を伺った。


 事は予想通りに働いた。前衛の戦士が迷宮の戦闘に慣れていないからか、間合いを見誤って壁に剣をぶつけた。武器を失い足を止めた戦士など魔物にしてみればただの餌にすぎない。


 戦士が魔物に首を噛みちぎられた。その様子を見ていた血に慣れていない後衛の魔法使いの女が悲鳴を上げた。甲高い声はよく響く、その声を聞きつけて他の魔物が奥からやってきた。


 パーティはあっという間に瓦解した。ヒーラーが冷静に食いつかれた戦士をすぐに回復していれば持ち直せたかもしれないのに、真っ先に逃げ出したのはヒーラーだった。後衛は魔物から距離を取りやすいからその分逃げやすい、その辺りを弁えたパーティなら、逃走を防ぐ役割を一人置くのだが、今回は俺の目利きが勝ったようだった。カモとして最高の仕事をしてくれた。


 全滅したパーティはその場に多くの落とし物を残していってくれる、しかも今回は新品が多いから高く売り捌く事が出来る、俺は魔物が興味を失って去っていったのを十分確認した後すぐに行動に移った。


 ごみ拾いは時間との勝負だ。他の冒険者と鉢合わせる可能性もあるし、血の匂いに寄せられて魔物が寄り付いてくる。金になりそうな物を見極めて持てる物だけ選別するのもごみ拾いの重要な技術だ。


 俺は落ちている物で金になりそうな物をがむしゃらに探す。カバンに詰められる小物は確認せずにどんどん放りこんで、剣は鞘に仕舞って背中に紐でくくった。


 俺はすぐに死体から剥ぎ取りを行おうとナイフを取り出した。しかしそれまでまったく気配がしなかったのに、急に聞こえてきた鼻歌で誰かが近づいて来たのに気がついた。


 俺は咄嗟に手に持てるだけの物を持って物陰に飛び込んだ。ごみ拾いの最中でも気配にはずっと集中していた。俺は何かしくじったのかと思い震える体を必死に押さえた。


「ルーララララルー、ああ迷宮よああ迷宮よ、愛しい君よルールルー」


 そいつは調子外れの鼻歌を歌いながら現れた。驚く事に一人でいて、武器や防具の類いも身に着けていない。街にいる金持ちのような仕立てのいい服を着て、まるで散歩道を歩くかの如く迷宮で踊っていた。


 俺は得体の知れないモノを見てさらにガタガタ震え始めた。なんだこいつはと思っていると、そいつは更に信じられない事を始めた。


「ああもう辛抱たまらん!こんな素敵な迷宮なのだ、もっと全身で感じ取らなければ!」


 あろうことかそいつは服を脱いで全裸になった。そして迷宮の壁に全身をぴたりと寄せた。


「ああ、この石壁のごつごつとした質感。苔むした部分から香る緑の息吹には、無機質な石壁からは感じられない生命を感じ取る事が出来る。材質もいい、スタンダードな石材で出来ているが、それが懐かしさと安心感を与えてくれる。ああ素晴らしい迷宮だ君は」


 俺は迷宮でとんでもない変態を目にしてしまった。そしてこの出会いが、彼との長い長い付き合いに発展する事など、この時の俺には知る由もなかった。

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