第九話 予想外の展開

 日曜日。

 雲一つない澄み切った空の下、僕は駅前で一輝たちを待っていた。


 今日は一輝の彼女さんの紹介の日。一輝たちも予定は合ったらしく、順当に今日が選ばれた。

 普通に紹介だけなら休み時間でいいけれど、こうして休日に集めている辺り親睦を深めることまで視野に入れているのだろう。


 随分と早く来てしまったようで、約束の時間は十一時にも関わらず時計の針は十時半を指している。

 一輝と外出なんて久々で、どうにも落ち着かない気分だ。

 自然とスマホを弄り、一輝から来ていた「もうすぐ着く」の返事を素早く打ち込む。


 一輝と約束をした日から約一週間。まだまだ先のことだと思っていたのが懐かしい。


 あれからと言うものの、依然として僕の胸中には玄さんの言葉が渦巻いている。

 佳奈とは朝と夜の少し、そして週一度の休みだけしか会う時間はなく、気持ちの確認もできないでいた。表面上は明るい妹のままだけれど、もやもやした何かかが心に引っ掛かっている。


 ──僕は、このままでいいのか……


 いずれにせよ、この心配は早く払拭しなければ。


 この場で悩み続けるのは良くない。

 今日は楽しい場だから、その不安だけは悟られないように心の奥に包み隠した。

 帰ったらいつもよりは時間が取れるはず。これ以上引き伸ばさないように、今日の夜には考えようと思った。




 ◇




 九月も下旬に近づいている。

 辺りを練り歩く人々は、少し前より幾分か暖かそうな服に変わっていた。休日だからか人通りも多く、その変化は如実に表れている。


 その一陣の中、遠目からでもわかる一輝が彼女と思われる人と歩いてきた。

 片手をあげて手を振れば、向こうも気づいたようにそれを返す。隣の彼女は、その光景を楽そうに見守っていた。

 二人そろってスポーティな服装を着こなす美形なものだから、誰から見てもお似合いの二人に見えるだろう。仲睦まじく歩くその姿は、その関係が順調なことを物語っている。


「よっ、元気にしてたか?」

「僕はいつも元気だよ」

「そうには見えないけどなぁ……」


 いきなり心を見透かされたのかと思ったが、そういうわけではない。

 いつもの軽口を叩き合っただけだった。


「にしても早いな。時間間違えてないよな?」

「ああ、うん。僕が勝手に早くきただけだよ」

「なんだ、優も楽しみにしてくれてたってことか」


 楽しみ……。

 確かにそうかもしれない。いつもより気合の入った服装に、早く着いて。僕は楽しみだったのか。

 「そうかも」と返すと、嬉しそうにバシバシと僕の肩を叩き始める。痛くはないが、その反応はどうにもくすぐったい。

 彼女さんは緊張がほぐれたように笑っていた。


「んじゃ、とりあえず適当に二人の紹介しとくか」


 一輝は僕と一輝の彼女の間に立つ。

 その口ぶりから分かるように、やはり本題は紹介ではなく遊ぶことのようだ。

 まずは彼女の方に手を向け、話し始めた。


「優、俺の彼女の望月朱莉もちづきあかりだ。今まで言えてなくて悪かった」

「望月朱莉です。よろしくっ」


 活発さを感じさせる明るい挨拶に、元気なお辞儀。佳奈と似たような、あるいは佳奈と相性が良さそうな人懐っこい印象を受ける。


 身長は小柄で一輝の肩くらい。

 太陽の光を浴びて、一輝より少し濃い茶色の髪が眩しく煌めいていた。短めの髪は服装と相まって、その少女自体スポーティなイメージを抱かせる。

 麗香さんと仲が良いと言っていたように、確かに僕も学校で見たことがある子だった。


「それで、こっちが親友の榊原優。暗い感じはするけど、ノリはいいし優しいやつだよ」


 一言多い一輝に「うるさいよ」と口を挟めば、ケラケラと笑い出す。

 でもやはり、改めて親友だと言われると嬉しいものだ。心を打たれる思いだった。


「どうも、よろしくお願いします」

「固えなぁ……」

「仕方ないでしょ。初対面はこんな感じになっちゃうんだよ」

「そうだったな。まぁ、少しずつ慣れてくれると助かる」


 苦笑いしている一輝に「頑張るよ」とだけ付け加えれば、納得したように頷いた。

 一輝の彼女ならこれからも関わるだろうし、余所余所しいのは良い気がしないかもしれない。敬語を外すのは難しいが、雰囲気柔らかくすることを心がける。


「それで、今日はどこに行くの?」


 紹介は終わり、僕は一応そう尋ねる。

 計画は一輝が立てたため、僕はほとんど知らされていなかった。


「とりあえず電車で移動して、ショッピングモールでぶらぶら……って感じだな」

「なるほどね。それじゃあもうそろそろ移動ってことか」


 時刻は待ち合わせ時間の十分前。電車に乗るなら早めに動いて損はない。電車の本数も多いわけではないし、良いくらいだろう。

 そう思っての言葉だったが……


「いや、すまん。言い忘れてたんだが、あと一人来るんだ」

「あ、そうなんだ」

「私から誘わせてもらったの、ごめんね!」


 そう言われて、口をつぐんだ。

 誰が来るかは知らないが、驚きはしなかった。事前にそれとなくもう一人来るかも、と言う曖昧な言葉で知らされていたから。忙しいからと深く聞かなかったのは僕だ。

 望月さん的にも男子二人、女子一人では若干気まずかったのかもしれない。


 どんな人だろうか、と少し気になる。一輝は知っているようだが、教えてくれる素振りは見せなかった。

 あと少しで着くらしい。軽く雑談しながら待つことになった。


 そして、少しすると──


「……あ、来たかも!」


 望月さんが大きく手を振る。

 視線を向けた先には、駅までゆったりと進んでいく人たち。しかしそれよりも速い速度で向かってくる人影が、一つだけあった。

 長い黒髪を靡かせ、小走りで駆けてくる。その様子は美しく、整った容姿も相まって人々の視線を集めていた。

 それは、以前見たことのある光景のようで──


「──え……」


 思わず、そう声を漏らす。

 僕の目に映った人物が、あまりにも予想外だったから。

 ここが駅前であっても、は一際目立つ存在だった。


「朱莉、間に合った?」

「間に合ってるよ。あと五分、危なかったね」

「よかった……」


 落ち着いた色合いの服装を身に纏い、乱れた髪を整える。小走りで荒くなった息を整えて、安堵したように深く息を吐いた。心底ホッとした表情は、可愛いと思わせるものがある。

 しかし同時に、どうしてこの場に……という思いが湧いて出る。


 ──まあでも、おかしいことでもないのか。


 望月さんが麗香さんと仲のいいことは聞いていたし、僕自身一緒に並んでいる姿は見たことがある。

 こういう場に誘うとしたらやっぱり、一番仲のいい人物だろう。だからここに麗香さんがくることも、何ら不思議なことではない。

 ただ問題は、不安要素である僕もこの場にいるというだけで……


 そこで、麗香さんと目が合った。

 気まずそうに、困ったように眉を下げている。心境は複雑だろう。何せ最近は、家でもほとんど会話をしていなかった。

 けれど一つ意外だったのは、僕を見ても驚いてはいなかったこと。


「あ、えっと……」


 僕がいることを知らなかった……という訳ではないのか。

 この状況が余計に分からなくなって、内心で首をかしげる。僕と麗香さんとの間に、微妙な空気が流れ出した。



「──どうかしたか?」


 一輝に話しかけられて、ハッとする。

 気がつけば一輝と望月さんも、僕たちの違和感ある雰囲気を不思議そうに見ていた。

 焦った僕は「何でもないよ」と一言。麗香さんは、慌てたようにいつもの微笑みを取り繕った。


 しばらく疑われたが、少し経てばその視線も霧散する。

 望月さんがさっきの一輝の立ち位置に入り、元気な声で話し始めた頃には元通りだった。


「それじゃあ二人は軽く自己紹介でも。それが終わったら電車で移動だね」

「あ、うん。そうだね」


 麗香さんは小さく頷くと、一歩前に出る。


「七瀬麗香です。よろしくね」


 初めて会った時を思い出すような自然な態度。

 それに応えるように、僕も二度目の自己紹介をする。


「榊原優です。こちらこそお願いします」


 あくまで初対面の体で。

 いつも相談に乗ってくれている一輝には悪いけれど。何も解決していない今、まだ麗香さんとの関係は言えそうになかった。


「んじゃ、そろそろ行くか」


 何はともあれこれで紹介は終わり。

 一輝が前に出ると、みんな自然と足を動かし始める。

 予想外の展開に濃い面子。若干のハプニングはあったけれど、楽しくなりそうだった。


 ──僕がいると知っていながら、麗香さんはどうしてこの場に来てくれたのか……


 そんな小さな疑問を頭の隅に追いやり、僕は少し先を行く一輝の隣へ並んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る