第十話 昼食と四人の会話
電車に三十分ほど揺られると、目的地に着く。
少し遠いこの場所は、この街一番のショッピングモール。備えられた施設では、買い物から食事、映画にゲームセンターまで楽しめる。
今日はぶらぶらと店舗を巡るだけだとは思うが、昼からの時間を過ごすには十分な施設が揃っていた。
電車の中では、四人でたわいもない話を。
主に学校や部活の話をして、少しずつ親睦を深めていった。みんな同じ学校ともあって、共通の話題で距離は縮まっていく。面白い先生の話なんかでは大いに盛り上がりを見せた。
この三十分で、話しやすい空気感もでき始めていた。
時刻は正午を手前にしたくらい。
昼食には少し早い時間だが、それでもいい時間だ。あと少し経てばフードコートも飲食店も、どこも盛況っぷりを見せ始める頃だろう。
「ちょっと早いけど飯にしとくか?」
店の中に入り、スマホで時間を確認すると一輝は言った。
「うん、いいと思う! 混むとゆっくりできないからね。……二人は大丈夫?」
同意して、すぐに確認してくれるのは望月さんだ。
「僕は大丈夫です。……七瀬さんはお腹空いてます?」
今朝はしっかりと朝食を取っていた事を思い出して、念のため尋ねる。今日は休日だから、いつもよりは遅い朝食だったのだ。
しかし僕の心配は杞憂だったようで、麗香さんはコクリと頷いてみせる。
「うん、結構空いてるよ。来る時慌ててたからかな」
「ほんとだよ。あんなに焦ってたからね」
望月さんが茶化したように言うと、麗香さんも可笑しそうに笑う。
麗香さんが友達とこんなにも笑い合っている姿、初めて見たかもしれない。何故か意外なように思えて、そのことに驚いた。
「問題は何食うかだな。店の場所は大体覚えてるから、食いたいもんあったら言ってくれ」
「じゃあ私はファストフード希望で! 榊原君くんと麗香はどう──?」
聞かれれば、麗香さんと顔を見合わせて会話に参加する。
一輝は全員を仕切るように話し、望月さんは満遍なく話題を振ってくれる。
だからか、必然的に麗香さんとも会話する機会が増えていた。しかしこれで気まずい空気にすらならないのは、ひとえに一輝と望月さんのお陰だ。
二人ともクラスでは中心人物。
こう言う明るく気を配れるところが、人気者になる所以なのだろうと思った。
◇
結局決まった場所は、学生にとってお手頃だからとファストフード店。四人席にも座ることができ、注文した食べ物ももう届いていた。
僕の隣に一輝、対面に麗香さんとその横に望月さん。カップル二人が隣に座るかと思ったが、気を遣ってくれたようでこの席順になる。
みんなが手をつけ始めれば、また賑やかな会話が始まった。
「──一輝と望月さんはどういう出会いだったの?」
会話の合間を縫って、気になっていたことを聞く。
以前一輝から相談を受けた時に聞いたのは、気になっている人がいるという情報だけ。前々から少し興味があったのだ。
一輝はいきなり聞かれた馴れ初めに吹き出しそうになりながらも、きちんと咀嚼して応える。
「……やっぱそう言う質問はくるよな。それなら部活だな。部活」
「やっぱり部活なんだね」
「そう、私がマネージャーでかずくんが選手」
二人が所属しているのはサッカー部。
聞いた話によると、一輝は一年生ながらにレギュラーとして活躍しているらしい。先輩からの信頼も厚いようで、部内でもムードメーカーとしての片鱗を見せているのだとか。
望月さんの唐突なかずくん呼びには驚かされたけれど、そのまま聞いていく。
「それでかずくんは一人残って練習とかしててね。その熱心な姿に私も手伝うようになって。頑張ってる姿を近くで見てたら自然と惹かれてた……みたいな」
一通り話すと、これ恥ずかしいねと照れ笑いを浮かべる。
恥ずかしさを誤魔化すようにポテトを放り込めば、瞬く間に柔らかい空気に包まれた。
マネージャーはその人の試合の様子だけでなく、努力している姿も見ることができる。ひたむきに頑張る姿は、カッコいいものだろう。
「俺もそんな感じだな。高校に入って頑張らなきゃなって思ってるところに手伝ってくれるようになって、少しずつ気になり始めたんだ」
マネージャーと選手。努力を近くで見て、それを支えられて……
素敵な話だと思った。部活が終わった後、それも自分一人のために手伝ってくれるなんて。
何事にも熱心な一輝だからこそだろうけれど、一輝は自分のことをしっかりと見てくれる人に巡り合えたらしい。
そのことが嬉しくて、羨ましくて──
「なんかいいね、そういうの」
思わず、そう呟いていた。
しっとりと浸透した声に、二人と麗香さんの視線が集まる。
「いや、深い意味はないんですけどね。そういういかにも青春みたいな恋愛話を聞くと、ちょっと羨ましいなって思って」
当たり前のように部活をして、当たり前のように恋愛をする。
なんてことない日常に思えても、僕には絶対に訪れない日々。だから一輝たちの話は僕には眩しくて、ちょっとだけ羨ましく思ってしまった。
「榊原君はないの? そういう話」
「ないですね、全く。部活も入ってないですし」
「そうなんだ」
中学の半ばから今と変わらない生活を送っている。色々と慣れたとはいえ、当時はもっと感情がぐちゃぐちゃだったから、誰かを想う余裕はなかった。佳奈さえ幸せに過ごしてくれればと思っていた。
だから、恋愛に関してはからきしだ。眩しく思えたのも、そんな背景があったからかもしれない。
「……まあ、優は大変だったからな」
苦い顔をしている一輝に、僕は苦笑いを浮かべる。気にしてくれるのは嬉しいが、やはりこの親友は気にしすぎだ。
「一輝が気にすることじゃないよ。単純に、憧れただけだから」
「気になる人ができた」と相談を受けてから、一輝はいつも以上に楽しそうだった。少し距離が近づくたびに、一喜一憂していた。
だから、何のしがらみもなく、大切な人を大切だと受け入れて過ごす一輝に憧れたのだ。
人との仲を今以上に深めることは怖い。それは三年前から変わっていなかった。
でも……そんな自分を変えて、踏み込むことができたなら。
やっぱりその生活は今以上に楽しいのかな、とも思ってしまうのだ。
「その憧れるって気持ち、ちょっとわかるかも」
正面から聞こえた声に、目を向ける。
「麗香も?」
「うん。私、恋愛はあんまりだったけど、二人の距離感とかはちょっと憧れる」
「意外だね。でもよかったよ。……麗香も前は、大変だったからね」
望月さんの返しに、ほんのりと苦い顔をして頷く。
前が何をさすのかはわからないけれど、その表情から深堀りされたくないのは明らかだった。
「二人の支え合う関係みたいなの、素敵だと思う」
「ですよね」
麗香さんの微笑みに、羨むような視線がある。
それに気づいて、やっぱり何か羨むだけのものを抱えているのだろうと思った。
家での生活でも、こう言うふとした瞬間にもそれは垣間見える。僕にはまだそれを聞く覚悟がないけれど、僕と同じように悩みを抱え憧れる姿には、そう遠くない存在のように感じられた。
「なんかそんな風に褒められると、ちょっと照れるね」
「だな。そろそろ顔まで赤くなってきそうだ」
いい加減恥ずかしくなってきたのか、一輝がそう言えば笑いに包まれた。
馴れ初めを話すだけでも慣れていないだろう。それに加えて真面目に褒められたら、僕だって照れる。
気がつけばみんな食事は終わっていた。ひとしきり笑えば、席を立つことが決まる。
多く話すことができて、みんな満足げだ。
「まあでも、こうやって話が聞けてよかったよ。おめでとう」
気になっていたことも聞けて、麗香さんのことも少し知ることができた。
今日この話を聞けて、良かったと思う。
最後にそういえば、一輝は優しく笑った。
「ありがとな。じゃあ次は優が何かあった時、ちゃんと聞かせてくれよ」
「……僕はどうだろう。これからも何もないと思うんだけどね」
未だ新しく友達すらできない僕に、それ以上が望めるとは思わない。それにもし恋をして応える彼女ができたとして、時間の取れない僕が長続きするとも思えなかった。
だから曖昧の応えたのだが、しかし一輝は笑顔のままだった。
「それでもやっぱり、優にはもっと楽しく過ごしてほしいからさ」
できないとわかっていても、僕でもちょっとだけ青春の一端を味わえるのかな、と考える。
もしできたなら、精一杯一輝を頼ってみるのもありかもしれない。
四人の仲は、ここでの会話を通して縮まっていく。
人も多くなってきた昼過ぎは、賑やかなまま過ぎていった。
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