第七話 親友の櫻田一輝
学校に着くと、席はほとんど空いていた。早めに着いて、軽く談笑するのが僕の日課なのだ。
席に着いたところで横合いから軽く肩をぱし、とはたかれる。
見れば、そこには友人である
「よっ、優」
「おはよう一輝」
「おはよ。それで、あれはどうだったよ?」
軽く挨拶を交わせば前の席に腰掛け、気さくにそう聞いてくる。
小学校から一緒にいてくれる一輝は、幼馴染であり親友だ。整った顔立ちに、少し茶色がかったパーマ。爽やかな笑顔が特徴的だった。
そして僕が、唯一七瀬家の提案を話した人物でもある。
もちろん麗香さんのことなどには触れていないけれど、悩んだ時によく相談に乗ってもらっていた。
一輝の言うあれとは七瀬家で暮らすことになった話だろう。
僕は少し考える。
「まぁ、ありきたりな表現かもしれないけど、良い人たちだったよ」
妹と仲良くする事を約束してくれた麗香さん。
僕たちを家族のようなものだと言ってくれた誠二郎さん。
家に来たのが僕たちで良かったと言ってくれた詩織さん。
全員が、心が温まるほど優しかった。
捻り出した言葉は陳腐なものだったけれど、やっぱりその表現が正しいと思った。
「そっか、お前がそう言うのならそうなんだろうな。あんだけ悩んでたんだし、よかったな」
「うん、本当にね。相談とか色々助かったよ」
一輝は「気にすんな」と安心したように笑みを浮かべる。自分のことじゃないのに、その顔はどこか嬉しそうだ。
昔からこうなのだ。
一輝は話しが得意でよく遊びに行くくらい友達がいるのに、初めに気にかけてくれるのはいつも僕で。悩んでいれば相談に乗ってくれるし、落ち込んでいたら遊びに誘ってくれる。
その分一輝にも色々付き合わされたが、やっぱり僕は一輝の友人であることが誇らしかった。
それにまず、僕から離れていかない時点で感謝しても仕切れない。
「そういえば優、同い年の娘さんがいるって言ってなかったか?」
一輝は思い出したかのように言う。その表情は、先程の安心したような表情とはうって変わって楽しそうだ。
「ああうん、言ったよ」
「どうだ、仲良くなれそうか?」
「そうだね……僕はわからないけど、佳奈とは仲良くしてもらえると思う」
「まぁ、佳奈ちゃんは社交的だから大丈夫だろうな」
一輝は小さく笑う。
佳奈の友好的な態度は身を以て知っているからか、一輝も心配はしていない。一輝の時も、打ち解けるのは早かった。
「うん、佳奈が仲良くできそうで良かったよ。それが一番の心配だったから」
「……俺としては優にも仲良くしてほしいんだけどな」
ふっと溜め息を吐いて、一輝は呆れた顔になる。
しかし僕は、目を伏せて小さく言葉を発することしかできない。
「できたらいいんだけどね……」
思い出すのは昨日の出来事で、やっぱり仲良くなれる自信は持てなかった。それどころかさらに距離を取る算段を立てているし、現状は仲良くとは程遠い。
「色々あるってことか」
「うん、そうなんだよね。……でもまぁ、普通に話せるくらいにはなりたい、と思う」
「優にその気があるなら十分だろ」
こんなことを思うのは烏滸がましいかもしれないけれど、何気ない会話ができるくらいにはなりたかった。
僕がいることで、あの暖かい空間を嫌悪な雰囲気にはしたくなかったから。
色々と気を遣ってくれている一輝には悪いけれど、全てを話すのは少なくとも麗香さんとの問題が解決してからだな、と思った。
◇
少し騒がしくなってくる。
周りを見渡すと、教室の席の大半が埋まっていた。
不思議なことに半数ほどの生徒は廊下に目を向けていて、僕と一輝も多数の視線を追うように目を向ける。
しかし、その視線を一身に浴びている人物を見て「ああ、なるほど」とすぐに納得した。最近ではよく見るようになった麗香さんが、学校に到着したようだった。
歩いているだけでも絵になる麗香さんは、自然と周りの視線を集める。目を向けられているのは、いつものことだった。
先程まで、道がわからないからと案内してもらっていた。それなのに僕が先に着いているのは、他の生徒が見えたあたりから礼を言って先を進んだからだ。
通り過ぎるときに横目で見た麗香さんが、これから戦いに挑むかのように真剣な表情をしていたのが気にかかったけれど、麗香さんの「先に行って」と言う声には逆らえなかった。
学校ではお互い干渉しないと言うことは決まっている。とは言えあの表情は一体なんなのだろうか……
思うところがありながらも教室に着いたのが今のことだった。
「──おーいどうした、優?」
「……ん?」
思考に集中していたためか、腰を浮かして呼びかけている一輝に気がつかなかった。慌てて返事をすると、一輝は目に見えてニヤッとした表情になる。
「なんだ、見惚れてたのか?」
一輝は恋愛沙汰に敏感だ。それも僕に関することだと尚更。
「いや、ちょっと考え事をしてただけだよ」
「だろうな」
本気で思っていたわけではないのだろう。簡単に引き下がると、僕の机の頬杖をつく。
「……でもまあ、あれだけ人気なんだし、優から見て七瀬さんはどう映ってんのか、ってのはちょっと気になるわな」
単純な好奇心。しかし、妙に嬉しそうな顔をやめて見られると、何か答えたほうがいいような気になった。
──どう映っているか。
そう言われて、少し悩む。
今まで考えるのは佳奈のことばかり。他の人を真剣に考えることはあまりなかった。だからこそ噂でしか麗香さんのことは知らなかったし、知ろうともしなかった。
だけどこの二日間。
麗香さんとは思った以上に関わってきた。その中で、何か答えが出せるような気がした。
「……普通にみんなが言う噂通りの印象だよ」
「まぁ、それもそうか」
「──でも、ちょっと息苦しそうかな」
「お……?」
思い出すのは今朝の登校中。息苦しそうで、強張っていて。麗香さんのあの表情は、どうにも学校に良い感情を抱いていないように見えた。
普段他人に興味を示さない僕の言葉に、一輝が驚いているのがわかる。
「無理してるような気もする」
この短い期間で抱いた率直な印象。
関わってから二日と短いけれど、知ることは多かった。
学校で、家で、登校中で。図らずも近くで見てきてそう思ってしまったのだ。
しまった、と思ったのは言い終わってからだった。
一輝の怪訝な視線を受け、居心地悪く居住まいを正す。だが、そんな視線もふっと掻き消えた。
「案外、間違ってないかもな」
かと言って、今の僕が何かできるわけでもないけれど……
「誰か、支えてあげれる人でもいたらいいけどね。……僕にとっての一輝みたいな」
「お、なんだよ急に」
ほとんど本音。
だが少し重くなった空気を変えるように冗談っぽく言えば、案の定一輝は乗ってくる。
その後軽く掛け合いをすれば、すっかり雰囲気は明るくなった。
「でもそういえば、朱莉もそんなことを言ってた気がするな」
「……朱莉?」
「あー……えっと、俺の彼女だな。七瀬さんと仲がいいらしい」
以前から気になる人がいると聞いていたけれど、その想いがついに実ったらしい。
しかし当の一輝は歯が切れ悪く、気まずそうに頬をかく。
「なるほどね。いつ頃からいたの?」
「付き合うことになったのはちょっと前のことなんだけど、優が頑張ってる中俺だけ楽しく過ごしてる、なんて言いづらくてな……。すまん……」
バツが悪そうに顔を歪める一輝に、なんだそんなことかと小さく笑う。
一輝は気にしすぎなのだ。僕に配慮してくれるのは嬉しいが、お互い気兼ねなく過ごせる方がいい。
まさか僕より先に恋人を作るな、なんて同盟は結んでいないし、僕としては寧ろ、一輝が幸せそうで良かったと思っているくらいなのだが。
「僕には気を使わなくていいんだよ。むしろ一輝の恋が成就して嬉しいくらいなんだけど」
おめでとうと言うと、一輝は照れたように笑う。
僕の唯一の親友の恋が実ったのなら、それはやっぱり喜ばしいことだ。
「なんでお前が喜んでんだよ。……でもそうだったな。それなら今度、優の時間が空いてる時にでも紹介するよ」
気になる話が耳に飛び込んできて、首を傾げる。
「僕を?」
「ああもちろん。大切な親友としてな」
ニッと笑う一輝に、僕は微かに頬を緩める。
堂々と恥ずかしげもなく言ってのける一輝の言葉は、どこか自慢げだ。
一輝は、僕にとっても大切な親友だった。
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