第9話 休学2

 僕たちは、レコード会社のオーディションも受けるようになった。そしてデモ音源を送り始めると、すぐにレコード会社よりレコーディングのオファーが来た。アンプチは、トントン拍子に物事が進む不思議なバンドだった。僕たちは手始めに、インディーズのオムニバスアルバムに2曲参加することにした。


 レコーディングは、国立にあったレベル3というスタジオで行った。オーナーがリバプールと同じで、話が早かったからだ。


「今度レコーディングする曲、何にしようか」


 荒木が言った。


「俺的には『蒼い星』はやりたいかな」


 僕は答えた。『蒼い星』それは、憐を想って書いた初めてのポップソングだ。憐が日本へと旅立ってすぐに、オーストラリアで書いた曲。アオが好きな憐を星に例えた歌だった。




 蒼い星 By Ampticpomp

(注:作詞作曲を著者が行なっております。ネットでバンド名と曲名を検索いただければ、音楽も同時にお楽しみいただけます)


 I can see your light. Get in through my head.

 King of blooming sky. Right above you are blue.

 I can’t see your light. Standing on this cliff.

 I wish you can hear this song of planet Blue.


 このまま丘の 上に登ろう その目はいつも はるか遠くへ

 ずっとすべてを 拒否してた まるで下ばかり 見てたのさ

 常識という 現実が ぼくを色のない 人間に染めはじめる

 すべてを望む わけじゃない ただ現実をよける 傘がほしい


 大人になり 落ち着くことが すべてを悟る きっかけなのか

 ジジイになり 年をくっても この目でいつも 前を見てたい

 気づかないうちに 濡れていく 見えない雨は 今日も降りそそぐ

 見すえる場所に 蒼がいるなら ぼくはこころに傘を 差せるだろう


 見上げる空 遠いようで 近い蒼

 大切なもの 信じれる場所 蒼い星よ

 太陽のはなった 最初のひかりに すべての想いよ とどけ

 今ぼくは 駆け上がろうとしてる その蒼に向かって

 その蒼に向かって その蒼に向かって


 やっと気づいたんだろう すべては 生まれた その時から

 さらに先まで 急ぐこころ もっと高い丘まで その蒼へ


 足りないもの すべて集めても ぜんぜん足りない 話にならない

 うんざりしてる ずるい自分には だけど変わるよ 消えないで蒼

 マジで 伝えたいことは いつも 必ずどこかすり替わる 

 歌ですべてが 伝わるなら ぼくはこれからも 歌っていこう


 見上げる空 遠いようで 近い蒼

 大切なもの 信じれる場所 蒼い星よ

 太陽のはなった 最初のひかりに すべての想いよ とどけ

 今ぼくは 駆け上がろうとしてる その蒼に向かって

 その蒼に向かって その蒼に向かって


 Burn


 I can see your light. Get in through my head.

 King of blooming sky. Right above you are blue.

 I can’t see your light. Standing on this cliff.

 I wish you can hear this song of planet Blue.




 僕は感じているよ。君の光を。空の王様のように輝くそれを頭上に。君のことが見えなくても。この絶壁に立っていても。君だけには届いて欲しい。僕が歌うこの『蒼い星』を。


「アオ」「アヲ」には、さまざまな漢字がある。それは「アカ」「クロ」「シロ」と並ぶ日本語の基本的な色彩語であり、いずれも「〜い」で表現ができる。


 だからこそ、日本人にとってアオという色は大切であり、さまざまな変化から生じる色とりどりの美しさを、先人はアオに重ねたのだと思う。


 それは「鬱蒼」や「顔面蒼白」、「青菜」などの表現を見ても分かるように、薄暗い色や、白を帯びた色、ミドリっぽいものまで幅広い。「青々しい緑」だってそうだし、「青信号」もその名残りだろう。


 青、蒼、碧、緑・翠。瑠璃色もまたアオの仲間だろう。それは琉璃色とも書き換えられる。憐がなんでアオが好きなのかも、今ならなんとなく想像ができる。


 当時の僕は、描ける憐への愛情の全てをこの歌に注ぎ込んだ。出逢えた喜びや、離れた苦しみ。抗えない潮流の中で、アオを指標に憐とつながり続けるために。


 しかし、元の世界で『蒼い星』をレコーディングする機会は訪れなかった。だから、僕はこのチャンスを逃したくなかったし、第1曲としてこの曲をレコーディングしたかった。2人の痕跡を未来に残すために。僕たちがつながっている証として。


「自分は『本物の薔薇』もやりたいっす」


 遠野が続いた。


 2000年10月、『蒼い星』、『本物の薔薇』を収録した『Pessimism』というオムニバスアルバムが発売された。結成後、早い段階でインディーズから曲を出すことになった僕たちは、有頂天になっていた。このまま一気にメジャーまでいけるのではないかと。実際にメジャーからも関心を持たれるようになっていった。




 僕たちのライブに、憐は必ずきてくれていた。それが僕にはとても嬉しかった。だって僕の書く曲には必ず憐が存在したし、彼女がすべての原動力だったのだから。


 だから、憐に聴いてもらえることは何よりも幸せなことだった。一番に聴かせたいオーディエンスは、他の誰でもない憐だったのだと、今の僕ならわかる。


 憐はバンドメンバーとも仲がよかった。年長だったし、話を合わせてくれていたところもあったと思う。だけど、メンバーから慕われていたのは素直に嬉しかった。


 僕は、音楽を中心にスケジュールを組んでいた。父親の言葉に、少しでも報いるために。しかし、だからといって、憐に寂しい思いをさせたくはなかった。


 実際に憐がどう思い、何を感じていたのかは分からない。確かに、僕らの会う時間は元の世界よりも減っていたのだから。でも僕にとって2人の時間は、元の世界と変わらないものだったし、唯一無二の時間だった。

 春になると、僕らは横浜市瀬谷区にある海軍道路で桜を見た。そこは桜の木々がトンネルを作る一本道で、舞う花びらと桜の絨毯。儚く咲き誇る桜が、何とも幻想的だった。


 鎌倉や湘南をドライブして、海岸線沿いにある珊瑚礁という、有名なカレー店でも食事をした。ここは、憐が学生時代にバイトをしていた店だった。


 鎌倉の由比ヶ浜の交差点を曲がると、憐が言った。


「そこの浜辺に建物があるじゃん」


 国道134号を走っていた。


「あれ、夏は海の家になるんだよ」

「そうなの?」

「私、大学の時あそこで呼び子のバイトしてたんだ」

「マジかよ!」

「お店ごとに境界線が引いてあってね、そこから出ちゃいけないの。女の子たちが、その線の内側から大声で呼び込むの。面白いでしょ」


 憐は笑った。


 大学生時代の水着姿の憐……。考えただけで鼻血が出そうだった。その頃の憐に会っていたら、僕はいいカモにされていただろう。憐の売る物はなんでも買ってしまいそうだ。


 梅雨に入ると、僕は日本の運転免許証をとった。国際免許証が9月で切れてしまうからだった。僕はオートマ限定で試験を受け、無事に合格した。


 夏になると、僕らは何度か静岡へ向かった。憐のお母さんの知り合いが別荘を貸してくれたからだ。


 旅の前日は、憐の実家に泊めてもらい、早朝に2人で出発した。僕らは町田街道を一路南下し、新湘南バイパスを目指した。そして、西湘バイパス、真鶴道路、熱海海岸自動車道を走り、熱海を抜けると、国道135号を下った。


 憐とお母さんの旅行の最終日に僕が合流し、僕とお母さんが入れ替わる、なんてこともあった。テディ・ベアミュージアムで待ち合わせて、伊豆高原駅までお母さんを送った。


 伊豆での夏は最高だった。それは、大好きな憐との同棲生活に思えた。昼は海で泳ぎ、夜は食事を作る。そして、陶芸体験や、川奈港の花火大会など、地元のイベントも楽しんだ。


「うわー! すごくない? この距離で見れるなんて。マジでけー!」

「ほんと! すごいきれいだね!」

「憐、俺ここの花火大会が一番好きかも! この近さ、このサイズ!」

「智博。また一緒に来ようね!」


 僕らは漁港の段差に腰掛けながら、真上に打ち上がる花火を見上げた。


 関東が寒くなり始めた頃、僕たちは沖縄旅行にも行った。厚手の服ばかりを持って行った僕は、飛行機を降りてすぐに後悔した。そしてアメリカンビレッジに行き、Tシャツとハーフパンツを買った。


「智博。なんでこんなに長袖ばかり持ってきたのよー」

「だって寒かったんだもん……」

「半袖も持ってきてって伝えたよね?」


 憐は呆れながらも、僕の服を選んでくれた。赤地と黄色の絵柄のTシャツと、チェックのハーフパンツ。僕はとても気に入って、東京に戻ってからも大事に着ていた。


 僕らのホテルは名護にあった。レンタカーを借りていた僕らは、それで沖縄を走り回った。手元にあったWeezerのカセットテープを流しながら。琉球ガラスの体験教室に参加し、タコライスを食べに金武町へ。憐の水着姿が、沖縄の日差しを受けて眩しかった。


 11月には、北海道へのツアー旅行にも参加した。羽田から一路小樽へ。その日、近年では異例と呼べる初雪が降ったらしく、ガイドさんは昂奮した様子でアナウンスをしていた。チラチラと舞う雪が、レンガ造りのレトロな街並みを一層引き立てた。秋服で革ジャンだった憐と僕を、凍えさせながら。


「智博、ソフトクリーム買ってきたから写真撮ろうよ」


 憐が寒そうに、しかし楽しそうな表情でやってきた。


「マジかよ、寒くないの?」

「美味しいんだってよ? ここのソフトクリーム」


 名物のソフトクリームは濃厚で、僕でもミルクが違うんだろうと感じた。


「撮るよー。ワンツースリー」


 僕はインスタントカメラを反転させて写真を撮った。当時はまだ、カメラ付き携帯電話が普及していなかったからだ。


 1999年、世界初のカメラ付き携帯電話が誕生した。それは京セラが開発した「ビジュアルホンVP−210」だった。しかし本格的なブームの到来は、2000年11月にJ-phoneが発売した、シャープの「J-SH04」まで待つことになる。


 この年に放送されたテレビコマーシャルは、とても印象的だった。写メールと言ったワードもこの頃のことだ。デジタル写真を撮り、その場で確認してメールで送る。とても画期的だった。


 今でこそスマートフォンに当たり前に搭載されるカメラは、日本のガラケーと呼ばれた携帯電話が牽引したものだった。


 しかし、2000年11月時点でドコモユーザーだった僕らには、対応機種がなく、インスタントカメラを使うほかなかった。撮った写真をその場で確認できないなんて、現代では考えられないが、当時はまだそれが当たり前といえた。寒かった小樽のワンシーンは、僕らの記憶と、フィルム写真にしっかりと残った。


 ツアーは富良野、美瑛を巡り、ランチには、海鮮料理とジンギスカンが出た。


「智博! ここで写真撮らない?」

「うん」

「すみません、カメラお願いできませんか?」


 憐が道ゆく人に笑顔でお願いする。僕1人では、誰かに写真を撮ってもらうなんてできないだろうと思った。


 北海道の広大な土地と道路は起伏があり、果てしなかった。それは、オーストラリアを彷彿させ、僕らの想い出を色濃くした。


 そして冬へ。クリスマス間近の横浜みなとみらいで僕らはデートをした。憐へのプレゼントに、僕はスタージュエリーを選んだ。バイトの貯金をドーンと注ぎ込んで。クリスマス抽選券を大量にゲットした僕らは、ランドマークタワーで開催されている抽選会場へと向かった。そこはすごい行列になっていた。


 リンリンリン! 


「一等大当たりが出ましたー!」


 抽選会場に鐘の音が響くと、視線が集中した。なんと当てたのは憐だった。彼女は恥ずかしそうにうつむいた。


 一等の商品はなんと、ランドマークタワーにある、ロイヤルパークホテルの宿泊券だった。


「マジかよ! なんだよ! その強運!」


 僕が言うと、


「寅年ってこういうの強いんだよ?」


 と、憐が笑った。父方の祖父と同じ寅年。午年のメリットなんて聞いたことがないんだけど、と僕は思った。


 クリスマスイブ、僕らはロイヤルパークホテルに泊まった。そこから見えるみなとみらいの夜景は、帝国ホテルとはまた違う美しさがあった。




 1年間の休学は驚くほど早く過ぎていった。その間、僕は音楽中心の生活を突っ走った。元の世界よりも結果を残して。


 アンプチは1年間の活動休止を余儀なくされた。でも、メンバー2人はそれを認めてくれた。1年後に必ず活動を再開しようと約束して。


 僕は去年のように、夜に発つ飛行機をとっていた。そして、去年のように憐に成田空港まで送ってもらい、憐との別れに胸を痛めた。救いは、憐がお金を貯めてオーストラリアに来てくれることだった。


「智博。私、お金を貯めてそっちに行くから、2人でラウンドしようね」

「うん! 待ってるよ!」


 元の世界と全く違う1年だったにもかかわらず、憐がオーストラリアに来る流れは変わらなかった。元の世界と変わらないのならそれでいい。来年は大学を卒業する。そうすれば、就職して憐との結婚が待っているのだから。


 2001年2月21日水曜日、僕はオーストラリアへと旅立った。

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