第9話 氷の魔術師

「いやぁ久しぶりじゃのうライトくん、まだそんなに経ってないのに一人前の冒険者じゃないか」

「グラさん、相変わらずそうで何よりだよ」

玉座から立ち上がり俺の元に駆け寄るグラさん

「ふむふむ、ほかの3人はライトくんのお仲間という訳じゃな?なぁにそんな警戒することは無い。ワシは友達の仲間に手は出さんよ。…だは自己紹介を」

グラさんは3人の前に立つと明るく自己紹介を始めた

「ワシの名はグランディータ、下の名前は捨てたがまぁ長いしグラとかライト君のようにグラさんと呼んでおくれ。こう見えて凄腕の魔術師なんじゃぞ」

グランディータ…グラさんは人差し指をピンと上に向けるとその上に綺麗な氷の結晶がキラキラと光り始めた。

するとラミーユが俺の服の裾を引っ張り

「ライト、この人は…人間?」

そんな初対面の前でなかなか度胸のある質問をしてきた

アンナとレンは固まるが当の本人のグラさんは吹き出した

「なっはっはっは!お主やはり面白いのう!まぁほかの2人も気づいていると思うがワシは人間では無いんじゃ。…元人間と言うべきかの

ワシはアンデッド最高種族の1種、リッチじゃ。魔術の深淵に最も近い存在とも言われておる種族じゃ」

「「リッチ!?」」

「…おお」

3人が驚くのも無理はない。リッチは先程も言っていた通りアンデッド最高種族の1つに数えられている伝説級アンデッド。魔術師が自らを礎に禁忌の魔術を行うことで成り代わることの出来る存在。相当実力のある魔術師だと稀に成功するレベルまで確率は上がるがちょっと実力があるくらいの魔術師がリッチになろうとすると消し炭になる。そんなのがこんな辺境の街の近くのダンジョンにいるのはおかしいのだ

「じゃ、じゃあそんな伝説級のアンデッドがなんでライトと友達なんだ?あの師匠の知り合いとかか?」

「師匠?…あぁエティカのことか。確かにあやつとは全盛期の時にやり合っていた時期があったぞ。懐かしいのう…あのころのあやつは今の何倍も強かった」

今の何倍も強い師匠も考えたくないがそれとほぼ互角だったグラさんもよっぽどの化け物だ。

…いやこの人ちゃんと化け物か

「ライトくんとは1度、誰も探索してないダンジョンの中で出会ったんじゃ」

「え、それって…」

アンナはなにかに気づいたようにこちらを見る。レンも同じようになにかに気づいたようだ

…そう、以前俺がまだまだ半人前だった時に師匠の仕事を引き継いで未探索ダンジョンに潜った時の話。


ーーーーーーーーーーーーー

俺は松明を手にダンジョンをどんどん潜って行った

モンスターとはまだ遭遇していないがまぁ遭遇したところで余裕で倒せるだろう。

少し前まであの化け物師匠と軽くだが手合わせしているのだ。師匠は一度も俺に対して本気を出したことは無い。それに悔しいとか言う気持ちはない。あの人が本気を出したら俺は消し炭どころか存在を抹消されそうな気がする。

「ん?あれは…?」

少し離れたところに人間の子供くらいのサイズの鬼のような見た目のモンスター、ゴブリンを数匹発見、俺の松明の明かりに気づいたのだろうか。ゴブリンの方もこちらを伺っている

俺は右手をゴブリンたちに向けて魔術を発動させた

無詠唱の中級魔術だがゴブリンくらいなら簡単に倒せる。

俺は灰になったゴブリンたちを通り過ぎ次の階層へと降りる

時折ゴブリンが湧いているがまぁ魔術があるしなんとかなるか…

ゴブリンを狩り続けてまた次の階層に降りた時だった

「ちっ…何だこの魔力。馬鹿みたいに濃い…!」

さすがにこの魔力の濃度だと体に悪影響が出る。俺は直ぐに今降りた階段を登ろうと…

「…っ!!ゴブリンキング!?」

階段をまるで陣取るかのようにそれはいた

普通のゴブリンとは違い成人男性を遥かに超える大きさで屈強な鬼のような見た目。片手には棍棒を握りしめており、周りにはゴブリンが何匹もいる。

後ろを見てみるといつの間にかゴブリンが囲んでいた。

ゴブリンはあまり賢くは無いがゴブリンキングの命令を聞くレベルには知能はある。そしてゴブリンキングは人の知能と対して変わらない。初心者冒険者なら出会ったらすぐ撤退を選ぶモンスターだ。

「なるほど、おびき寄せられたってことか」

俺はゴブリンキングに向かって炎の魔術を放つ。しかし棍棒で打ち消されてしまう

最高火力で仕留めるか?いいや、この濃い魔力が漂ってる中魔力を放つと着火したように爆発してしまう。

こいつらを全員倒すのではなくこいつらから何とか逃げ切る、これが前提だ。

「だったら!」

俺は後ろのゴブリンに手を向け魔術を放とうとするも棍棒で振り払われた。

棍棒の持ち主を見ると、そこには大きな鬼のようなモンスターが

「もう1匹…!?」

基本ゴブリンの群れはゴブリン数匹だ。しかしごく稀にゴブリンキングが1匹いるという話は聞いていた。2匹もいるなんてことは1度も聞いたことがない。

しかし実際今2匹のゴブリンキングがいる訳だ。

死の気配を感じたからか背筋が凍るような寒さを覚える

…いやこれは普通に寒くねえか?

ゴブリンが何かしたのかと見渡すがゴブリンたちも何かを感じてるようだ

すると先程までは聞こえていなかった鼻歌が聞こえてきた

女の人の声だった。もう少し耳をすまして見るとかつーんかつーんと足音までもが聞こえた

足音は大きく、近くにいるとわかる

なぜゴブリンたちがこの間に俺を攻撃しないのか。攻撃できない…いや、動けないのだろうか

分からないがさすがに攻撃されないからと言ってゴブリンたちの輪をくぐり抜けられると思っていない。事の成り行きを見守ることにした。

鼻歌もしっかりと聞こえるようになった時、ゴブリンキングの後ろに黒装束を纏った黒髪ショートのきれいな女の人がいた。

「おーうおうゴブリン達よ、随分趣味のいいことをしておるのう?その人間は止せ、ワシにしておけ」

その女の人がゴブリンキングに手をかざす

ゴブリンキングもようやく動きだし女の人に向かって突っ込んでいく

「ここは魔力が濃い!強い魔術はやめろ!」

俺の警告にその女の人は心底楽しそうに笑った

「濃い魔力?なっはっはっは!」

ゴブリンキングが女の人に棍棒を当てる直前、一瞬にして周りが銀世界へと変わった

「むしろ”うぇるかむ”じゃよ」

「…は?」

あまりに一瞬の出来事で脳が追いつかない。

あの人が魔術を放った瞬間、ダンジョンのここら一帯が凍った…?さっきまで突っ込んでいってたゴブリンキングは氷像になって凍っていた

…こんなことできるの、師匠くらいしか知らない。

「ふーむ、若干出力が落ちておるのかのう?ダンジョンの1部しか凍らせられんかった。もう一度鍛え直す必要があるのう」

女の人は何か規格外なことを言っているが正直理解できない。この人はあの師匠と同じくらいの土俵に立てる人だ。そう直感で理解した

「さて、残るはお主らじゃがどうする?やるか?」

女の人が挑発するがもちろん誰も挑まない。

しかしゴブリンキングだけは俺の襟首を掴んでゴブリンが持っていた小さいナイフ俺の首に当てる

人質か、まるで人間のような行動だ…しかし…

「あー…そういうのいいぞ」

女の人が指を鳴らすと耳元でパリパリと音が鳴った。様子を伺うとゴブリンキングはあっという間に凍っておりもう既に死んでいた

それを見てバラバラに逃げようとするゴブリンもいっぴき残さず殺してしまったのだった

あまりにあんまりな出来事に俺はその場に座り込む

女の人はそんな俺の元に近づき手をさし伸ばしてきた

「もう大丈夫じゃ、立てるかのう?」

俺は手を取り手伝ってもらいながら立ち上がる

「あ、ありがとう。名前を聞いても?」

「ワシか?ワシはれ…いやグランディータじゃ、長いしグラとでも呼んでおくれ」

その名前を聞いて確信した

師匠の昔話のひとつにグラという氷の魔術師に面白い人がいるというものがあったと。

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