第38話 死者は死者のいるべき場所へ
マリーネは再びかいま見た。カイル・ザリングスの剣を。
カイルの斬撃は圧倒的だった。他の騎士は愚か、第一騎士団の精鋭ブレイズですら比較にならない。
騎士たちを容易にあしらっていたラルゴスが今度は逆、カイルによって手玉に取られていた。ラルゴスの攻撃はカイルに決して届かず、暴風のような斬撃が容赦なく襲いかかる。
「はははははは! なんだこいつは!? なんだ!? 面白い! お前は何者だ!?」
余裕の笑みを浮かべてラルゴスは攻勢を耐え凌いでいるが、それは半分以上、建前だろう。カイルの動きは圧倒的にラルゴスの反応を超越しているのだから。
しかし――
「がんばるねえ、君! だけど、甘いな、聖女が教えてくれただろ? 私は不死身だと!」
切り裂いた先からラルゴスの体が回復していく。
それでもカイルは諦めずに斬って斬って斬り続ける。なぜなら、それしか彼にはできないから。
(このままじゃ、ダメ!)
マリーネは暗い未来を予想した。このままでは決してカイルはラルゴスに勝てない。吸血鬼を殺すにはマリーネが持つ聖なる力が必要だ。もし、ホーリーウェポン一発発動できれば、きっとカイルはラルゴスを確実に葬り去れるだろう。
だが――
「カイルさん、サリファイス教に今すぐ入信して下さい!」
「え、いや!? そんな、いきなり言われても無理ですよ、無理!」
やっぱり無理だった。
神聖魔法は同一教徒にしか効果がない。ゆえの提案だったが、ダメのようだ。
(だったら……!)
マリーネは背筋を伸ばした。
この中でラルゴスを仕留められる力を持つものは自分しかいない。マリーネが動くしかないのだ。
あまり静観している余裕もない。
現状、カイルはラルゴスを圧倒しているが、いずれ疲れは出てくるだろう。集中力も長く維持できるものではない。
無限の体力を持つアンデッドとは違い、時間が経てば経つほど生身のこちらが不利。
ならば、少しでも早くカードを切るべきだ。
聖女マリーネは己の右手に意識を集中させた。それは長い時間の集中が必要だったので、今まで放てなかったが、今はカイルが時間を稼いでくれる。
光が収束し、高密度の刃が生まれた。
(これならば――!)
聖女マリーネの切り札とひとつだ。今までの放っていた黄金の刃と比較して、威力が桁違いに大きい。ラルゴスにもダメージが期待できるだろう。
だが、欠点は時間がかかることと――
ゼロ距離からしか攻撃できないこと。
「カイル様、私も出ます!」
「え、マリーネさん、無理はしないで!」
カイルの返事を待たずに、マリーネは走り出した。
「私がラルゴスを仕留めます。援護してください!」
マリーネは守られるだけの聖女ではなく、本人も体術の心得がある。
それを駆使してカイルとともにラルゴスを攻め立てた。
「ははははは、正しい判断だが、うまくいくかな!?」
ラルゴスも、キーマンがマリーネだと気がついている。
ラルゴスの攻撃がマリーネを向く。
カイルの動きが尋常ではなかった。間違いなくマリーネ1人であれば、もうすでに倒されていただろう。カイルはラルゴスへの牽制を行いつつ、同時にマリーネを守り続けた。
(何とかして隙をつかなければ!)
そこに、少しマリーネの意識が向きすぎたのは否定できない。
攻撃に傾きすぎた乱れが生み出した隙――それをラルゴスは見逃さない。
「終わりだ、聖女!」
「危ない!」
そこにカイルが割り込む。
体捌きを駆使してダメージを最小限に押さえ込んだのは、さすがといったところだが、カイルの体は後方へと大きく吹っ飛んだ。
その瞬間に状況が動いた。
(……チャンス!)
ラルゴスの攻撃によって生じた隙をつき、マリーネは右手の刃をラルゴスの右腕に叩き込んだ。
ずっ。
それは、雪を剣で斬るかのように、すっとラルゴスの肉に食い込み、すとんと切り落とした。
同時、聖なる力で肉の焼ける臭いがする。
「うひぎゃあああああああ!」
ラルゴスは痛みで身をのけぞらせ、反射的にマリーネを蹴り飛ばす。
「うぐっ!?」
無理な体勢だったことと、聖女マリーネの体は常時防御魔法がかかっているため、致命的なダメージはなかった。
それでも勢いは殺せず、小柄な体は後方へと飛ぶ。
それをカイルが背後から受け止めた。
「大丈夫ですか!」
チラリとマリーネを見た目は、しかし、すぐにラルゴスを見た。ラルゴスは右腕の断面を押さえている。その傷は一向に治る気配がなかった。
地面に落ちた腕は、もうとっくの昔に塵となって空気に溶けている。
「すごい! あれなら勝てますよ!」
興奮するカイルの声を、どこか身が入らない様子で、マリーネは聞いていた。
記憶を思い出したのだ。
帝国との戦争で、カイルとともに八騎将ガルガインと戦った時のことを。あのとき、ガルガインを叩き切ったマリーネの聖なる力は明らかに高まっていた。
そしてそのとき――
確かにマリーネはカイルと触れ合っていた。
マリーネはゴクリと唾を飲み込んだ。
カイルに受け止められている今、まさに聖なる力が高まっているのを感じていた。ちょうどあのときのように。
(これなら……!)
「あああああああああああああ!」
一向に右腕が治らないラルゴスが天に向かって吠えた。その目は怒りに燃えている。
「貴様ら高貴なる私の体を! 聖女、さっさと貴様の血をよこせ! この痛みを和らげさせろ! うああああああああああ!」
もう紳士面を取り繕うこともなく、絶叫を挙げてラルゴスが襲いかかってくる。
カイルが身を固くするのを感じた。
マリーネが右手をラルゴスに向ける。
「ターニング・アンデッド!」
放たれた浄化の光がラルゴスを襲う。
ラルゴスは足を止めない。
「ひゃはははははは! ばあああかあああめええええ! さっき聞かなかったのを忘れたのか? 少し弱ったから効くと思ったか? はははは、甘いわあああああああ!」
だが、そこで――
ラルゴスがばたりと地面に倒れた。
「は?」
なぜなら、地面を蹴り付けていた両足がボロボロと土くれのようになって、宙に消えたからだ。
「こ、これは……?」
それだけではなかった。次々とラルゴスの体がボロボロと崩れて空気に溶けていく。
「これはなんだああああああああ!?」
カイルの胸から降りて、マリーネが問いに答えた。
「浄化の光ですよ。もう終わりです、吸血鬼」
「は、はあああああ? なぜどうして! さっきまでは効かなかったのに!」
マリーネは小さな笑みを浮かべて、滅びゆくものに最後の言葉を送った。
「どうしてでしょうね? あなたが知る必要はありませんよ」
「がああああああああああああ!」
絶叫とともに、ラルゴスの体が完全に砕け散って消えた。
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