第21話 第一王子ナリウス・グリア、その人となり

 アイスノーが説明を始める。


「今回の主眼は、フロノスの慰問です。フロノスは帝国との国境にほど近く、今回の戦争により大きな被害を受けました。住民たちの心痛を癒したいというナリウス殿下のご意向もあり、街への慰問と慰霊碑の建立を行うこととなりました。この式典には、同盟国として戦ったサリファイス聖王国の聖女マリーネ様も参加する形で調整しております」


 聖女マリーネという言葉にカイルは内心で少し驚いた。

 もちろん、戦争でのことを思い出したからだ。彼女が、カイルの目の前で八騎将のガルガインを倒したシーンを鮮明に思い出せる。


(また会えるのか)


 少しばかり、嬉しさがあった。

 アイスノーの説明が続く。


「まず、我々近衛騎士団がサリファイス聖王国の国境にある街ホリスに向かい、マリーネ様と合流します。その後、こちらの王城にお連れしてナリウス殿下と謁見し、フラノスへと移動します」


 そこでナリウスが口を開いた。


「本来であれば、聖女マリーネとは戦後に謁見したかったのだけどね、どうしても早く帰りたいという要望があったんだ。なんでも神の啓示を受けたとか――まあ、そう言われると無理強いもできないので、今回はその仕切り直しという感じだね」


 ナリウスが口をつぐんだ後、再びアイスノーが口をひらく。 


「フラノスでは慰霊碑の建立式、ならびに住民たちへの演説を予定しております」


「危険すぎませんか?」


 大臣クラスの男が口を開いた。


「フラノスは今、混乱の最中にあると伺っております。完璧な治安が期待できない中、国境から近いことを考えれば帝国の介入もあるやもしれません。殿下、御身に何かありますれば、王国にとって致命的です。時期を見合わせるか、代理のものでも構わないのではないですか?」


「駄目だ」


 ナリウスは親ほど年の離れた大臣であろうと、有無をいわせない調子で言い返した。


「私がいくから意味があるのさ。もう戦争は終わり、帝国の影は消えて、王国の権威は戻った。それを国中に発布するための、象徴的な行事としてフラノスに向かう。今の乱れた我が国には、それくらい強いメッセージが必要だ」


「確かに、それはそうですが……」


「心配しないでも大丈夫さ。そのための、近衛騎士団なんだ。ねえ、アイスノー?」


 王子の試すような口調に、アイスノーはひるまずに答える。


「もちろんです。そのための、近衛騎士団ですから。全力を尽くして殿下の御身をお守りいたします。ご心配には及びません」


「……だそうだ。これで納得したかな?」


 大臣は不満そうだが、反論はしなかった。

 大臣の指摘はもっともだが、それを知った上でも進むとナリウスは言っている。もう家臣に言えることはない。

 それだけの強い意志があるのだ。


 ――正しい気持ちを持つ貴族たちも多い。彼らは民の生活を真剣に考え、少しでも国をよくしようとしている。


 アイスノーの言葉を思い出す。

 カイルはナリウスを立派な人間だと思った。彼の力になりたいと強く思った。


「それで、それぞれの工程でかかる予定日数ですが――」


 アイスノーが細やかな話をしていく。

 ここまで細かいことを、近衛騎士団がやるのかと、カイルは少し驚いてしまった。

 だが、それが王族や貴族に仕えるということなのだろう。彼らの安全を保証するエキスパートなのだから。

 やがてアイスノーが最後の言葉を吐く。


「これで説明は終わります」


「ありがとう、実にお腹がいっぱいになる。楽しい予定だね」


 クスクスクスと王子が笑う。 


「さっき帝国からの介入もありえるという意見があったが、少し訂正しよう。帝国は必ず介入する――そう考えて動いて欲しい」


 その瞬間、会議の空気が一気に緊迫感を増した。先ほどの大臣が口を開こうとするが、それをナリウスは手で制した。


「むしろ帝国に打撃を与える好機くらいに思おうじゃないか? 私はね、やられっぱなしは好きじゃないんだ」


 ナリウスの顔はどこまでも不敵だった。


「いいかな、これは王国の威信をかけた、とても大切な計画だ。失敗は許されない。だからこそ、私は私の命をかけることにする。君たちの善処に期待するよ」


「はい!」


 全員の言葉が、覚悟を伴った強い声が会議室に響き渡った。

 いよいよ計画が動き出す――


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 数日後、カイルはアイスノーや他の近衛騎士たちとともに、聖王国との国境近くにある街ホリスを目指して馬を走らせた。

 途中の街に泊まったときのことだ。


「今日はカイル、お前がみんなの宿を取ってくれないか?」


「わかりました、どこでもいいんですか?」


「これも勉強だからな。好きにやってみるといい」


 そんなお題をアイスノーから出された。

 カイルは色々な宿を探し、コストパフォーマンスがよさそうな安い宿をとることにした。旅費は全て国持ちなのだが、経費は少しでも安くするに越したことはないと考えたからだ。


(いい仕事をしたんじゃないかな?)


 そんなことを持って近衛騎士団を宿に連れいったところ、盛大なブーイングが受けた。


「え、え、え!? ダメなんですか!?」


「今日まで我々が泊まっていた宿が、こんな感じだったか?」


「あ、いえ……」


 道中の宿はわりと立派な宿だったことをカイロは思い出した。

 貧乏症のカイルは内心で、これは高いなあと思っていたので、今回は安く抑えてみたのだが。


「安いのがダメなんでしょうか?」


「悪い考えではないんだがな――我々が相手をするのは貴族であり、各国の要人だ。そういう人たちをお連れした場合、安い宿はまずいだろう?」


「それはそうですけど、今は近衛騎士団しかいませんよね?」


「……まあ、我々も高級貴族の庶子なんだがな」


「あ」


「いや、冗談だ。我々は騎士である以上、必要であれば草原ででも寝るさ。ただ、平時のときは、ある程度の『格』は保っておいたほうがいい。そういう部分は所作や気持ちにでる。要人がいるときだけ、と切り替えられるわけではない。日頃からそれなりの環境に身を置くことも大事なんだ」


「なるほど……」


「近衛騎士団の役得だな。まあ、最上級グレードとは言わないが、それなりの宿は維持したい。今日はここでいいがね。次からは覚えておいてくれ」


 そんな教育を受けながら旅を続け、カイルたちは街ホリスにたどり着いた。


「この街にある、サリファイス教の教会で待っているらしい」


 街の中央には立派な教会が立っていた。


「ここだな」


「おおお!」


 大きくて壮麗な教会だった。観光名所になっていてもおかしくはないくらいの規模だった。

 興奮した様子のカイルにアイスノーが目を向けた。


「なんだ? お前はサリファイス教の信者なのか?」


「いや、大きさに感動しただけですね。宗教のほうはからっきしで、どんな教義なんですかね?」


「私も詳しくはないが――」


 少し思い出しながら、アイスノーが続ける。


「正義の神サリファイス。この世の正義を讃え、悪の絶対否定を教えとしている。彼らの正義とは、彼らの主人の言葉にあるので、その辺は注意することだな」


「俺たちとは違うってことですか?」


「そうだな。彼らには彼らの正義があり、信じるものがある。まあ、これは宗教に限らないがね」


 一拍の間を置いてから、アイスノーが続ける。


「我々はあくまでもホストであり護衛だ。いらない波風は立てないように気をつけることだ」


「わかりました」


 もちろん、そんなことをするつもりはないが。

 アイスノーが教会のドアを開ける。

 教会のホールにはすでに聖王国のメンバーが参集していた。アイスノーを中心とした近衛騎士団が近づくと、彼らはにこやかな笑みを浮かべた。

 アイスノーが足を止めた。


「お待たせいたしました。グリア王国近衛騎士団のアイスノーです。サリファイス王国の方々でしょうか?」


「はい、そうです」


 にこやかに騎士が応じる。

 すると、騎士たちの背後に控えていた女性が前に進み出た。

 その美しい顔をカイルは知っている。

 聖女マリーネだ。


(……まあ、俺のことなんて覚えていないだろうけど……)


 そう思っていたので特に知り合い感は一切出さなかった。

 マリーネはアイスノーに向かって頭を深々と下げる。


「お出迎えいただいきありがとうございます、遠路はるばる――」


 視線をアイスノーからうつし、近衛騎士団たちに視線を巡らせる。そのとき、マリーネの視線と言葉がぴたりと止まった。

 彼女の顔はカイルを見つめていた。

 事務的に浮かべていた笑みが、満面の笑みへと変わった。勢いよく踏み出し、カイルの両手をつかむ。


「カイル様、来てくれたのですか!? お会いしたかったので嬉しいです!」


 全員の目がカイルに集中する。


「……へ?」


 ここまでテンションが高い反応は予想していなかったので、カイルは目を白黒とさせた。

 

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