第5話 バイト辞めるって!

 一度言葉に出してしまうと、もうバイトに行きたいとは思えなくなった。

 気持ちが高ぶって、ふーふーっと息がこぼれる私の姿をみて。

 古屋さんはわたわたと手を動かすととりあえず座るように促してきて。

 席に再び腰かけた私にこういった。


「バイト先は自分で選ぶものだし。石井さんがしたくないならやめていいんじゃない?」

 やめてもいい。そういわれてどこかホッとすると同時に。

「そうだよね。履歴書にもバイトのことを書く欄はない。それに、学業に影響がでたら本末転倒。私は『さのさの』に就職するわけじゃない!」

「そうそう」




 となったところで、電源を切られてテーブルの上で真っ黒に画面になっているスマホをみて、どうやって切りだそうという新たな問題が出てくる。

 店長のことだ、バイトのシフトもそう。

 テスト期間だからと何度もことわっているのに、結局私が行くというまでしつこく連絡がきて根負けしてしまった。

 もし、やめたいといったところで。

 店長がはいそうですかとなるはずもなく。

 私ややめることを撤回するまでしつこく連絡が来ることは言う前からわかる。


 古屋さんだって、バイト仲間ってだけの同じ大学の違う学部の私が説得にきたくらいだ。

 って、古屋さんはやめるっていったのに私のスマホのように通知音が鳴らない。



「あのさ、店長にやめるって言ったら。連絡しつこく来なかった?」

 私は疑問をぶつけた。

「しつこく来たよ~。だから店長の通知音ミュートにしてる。うるさいし」

 そういって、淡いピンクのカバーが付けられたスマホを鞄からとりだして古屋さんはニヤリと笑った。


「通知音切った!? うるさいから!?」

 どうやってと思う私に、驚く返答がきた。

 返事がこないと追いで連絡が何度もきてポンポンなるのがたまらなく嫌だった。



「こっちがムリだって言ってるのに、連絡がくるのが嫌だからやめることにしたし。やめるって決めたから相手につきあう必要もないから」

「いや、でも連絡くるでしょう?」

「来るけど。こっちがムリって言っても、多分私が出るっていうまで連絡よこすつもりだろうし、付き合いきれないってなっちゃった」

 


 思いもよらない返答に驚いた。

 なんていうか、返さないのはマナー違反て思うところがあって、気が付いたらできるだけ早く返答するように付き合っていた。



 店長は乱暴な言葉を投げかけられるわけでも、怒鳴られるわけでもない。

 あくまで低姿勢でお願いってスタイルなんだけれど。

 自分が納得いく結果になるまで、お願いをやめないってことが問題なのだ。



 断るのってなかなか労力がいる。

 ハッキリ嫌! 無理! とか言えるタイプなら違うんだろうけれど。

 なかなか、そうはっきりと言えるものじゃない。

 相手が嫌な思いをしないようにある程度言葉を選ぶわけで。

 そのやんわりとどうやって断ろうとか、すぐ出てくるタイプでもない私は返信に5分とかかかっちゃって。

 連絡はいつまでも終わらなくて、また考えてってのの繰り返しにいつも根負けしていた。




「そんなことして、大丈夫なの?」

「別に無視したからって大学に怒鳴りこまれるわけでもないし。電話だって、出なければ何か言われることもないし。私のスマホ格安シムのせいか、電話の途中でタイミングよく、電波がなくなって切れちゃうことがあるってことにしてる」

 そういって、ニコッと古屋さんは笑った。



 SNSを店長だけミュートにする。

 電話はまともにずっと相手にせずに電波が悪いことにして、多分故意的に切っちゃうとか。考えたこともなかった。



 古屋さんは、なんていうか。

 今まで私の周りにいなかったタイプの人で、考え方の違いに驚くと同時に。

 そうか、電波がわるいなら仕方ないよねとか、なんていうかまともに相手にしない方法とか。

 私だったら浮かばないようなことが次々でてきた。



 それでもできるだけ穏便にとどうしても思ってしまって。

 一人では上手くおもいつかないから、私は古屋さんにどうしたらいいか聞いてみることにした。



「古屋さんはなんていってやめることを伝えたの?」

「そんなの、普通にテスト期間にシフト入れられるところでは続けられそうにないのでやめますって言ったよ」

 言えるだろうかと言葉に詰まってしまう。



 すると、古屋さんは電源がきれた私のスマホを差し出すとこう言ったのだ。

「恋人に別れを切り出すときもだけれど、自分一人でいるときにする必要はないよ。気が重いなら私がいる間に店長にライン送っちゃえばいいよ」

 なんとなく、一人でじっくり言葉を考えてとおもっていたけれど。今古屋さんがいるなら、店長からラインがしつこく来ても、いけそうな気がして私はスマホの電源を入れた。




 案の定SNSには未読の通知が6になっていてげんなりする。

「うわっ。6!?」

 案の定、古屋さんに伝えたか? 以外に。

 今日もシフトの人数が足りないから出てもらえないか? とはじまり。

『(∩´∀`)∩おーい』、『石井ちゃん』、『見たらすぐ折り返して~』だの催促するのが続いていて思わず声が出てしまった。


 私は意を決してスマホに打ち込む。

『テスト期間にこんな風にバイトを入れられると学業に影響がでるので、もうバイトやめます』

 古屋さんに画面をみせて、送信するぞって時に。


 私が既読をつけたせいか店長からさらに追い連絡がきた。

『やっと見た見た。石井ちゃん来ないと回らないし、本当に頼むよ~m(__)m』



 テーブルにスマホをおいて、人差し指をえい! っと振り下ろし送信ボタンを押した。

 実にあっさりと私が送ったメッセージは送信された。

「送った……送っちゃった」

 ついさっきまでバイトをやめるとか考えたこともなかったのに、私バイトをやめるって伝えた。


 すると間を置かずに店長からSNSの通話がかかってきた。

 学食内に音楽がなって私は慌てる。

 どうしよう、電話きちゃった。

 どうしよう……絶対出たくない。

 どうしようどうしよう。再び私は不安としつこくやめないでよを言われることにゾッとした。



 その時だ。

 古屋さんのネイルされた指がすっと伸びてきて、スマホに赤く表示された『拒否』の文字をタップした。



 そして、こう言ったのだ。

「私がやり取りしちゃっていい? こういうのは得意な外部の人に任せてもOKなの」って。

 私がうなずくと古屋さんはさっと私のスマホを手に取るとメッセージを打ち始めた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る