第4話 私とバイト
古屋さんの言う通りだった。
今、スマホの電源を切ってまで困り果てているのは、バイトを辞めることを決めた古屋さんではなくて。
――――私だ。
「あれ、そうだよね。ほんと……電源まで切るほど困ってるの。古屋さんじゃなくて私だよね」
「おせっかいは普段は焼かないんだけど。石井さんさっき電話かかってきたときにあんまりにも顔色が悪かったからさ」
グレーのカラコンを入れられた目がじーっと私を見つめた。
「そ、そんなひどい顔色してたかな? やだな~」
私はなんとなくバツが悪くて、ごまかすかのように寝ぐせのついた髪を撫でつけた。
「人が沢山辞めだすと、だんだんやめにくくなるから。まだ人がいる間にやめたほうがいいんじゃない? テスト大丈夫って顔してなかったよ」
新しい店長は、なんていうかスキンシップのつもりなのか、肩とか頭をよくポンっと叩く。
気にしすぎとか言われるのが嫌で、愛想笑いをしていたけれど。
親しくもない人体をポンっと触れられるのは嫌だった。
ヨッシー先輩のやめた理由はわからないけれど。
リリコちゃんが辞めた理由は本当は、店長が原因なんじゃないかなって思ってる。
リリコちゃんはかわいい子だったから、なんていうか新しい店長から贔屓されてるって思ってたけれど。
私も嫌なんだもん、お気に入りとして私よりも何度も呼ばれて、身体をポンっと下心がないとしても何度もさわられていたら嫌だったのかもしれない……
あとは自分の思う返事をするまで粘るところ。
いつの間にか店長からの連絡がくると、動悸がするようになってた。
私がシフトに出るっていうまで、断っても断ってもしつこく来る連絡。
SNSの通知音が鳴るたびに背中にジワリと嫌な汗がでて、店長からの連絡じゃないことでほっとしたりするようになったのはいつからだろうか。
これは店長の性格的な問題だろうし、きっと私だけが被害者ではなく。いろんなことで周りの人に店長の意見が通るまで同じようにしたのかもしれない。
なれた人が沢山辞めて人が足りないから一時的に大変なだけ。
また人がある程度入れば、元のように楽しいバイト先戻るはずだし頑張ろう~。
楽しい人たちが辞めた後、残ったバイト仲間で何度もそう言い合って。
途中で抜けたら、皆が苦労する。
だから、私も我慢して頑張らなきゃって思ってた。
古屋さんは明るくて、話しやすいタイプの子だったから。こういう子がいればまた楽しくなるって思ってた。
でも、古屋さんはたった1か月でこのバイト先を見限るのだ。
古屋さんだけじゃない。
入ってすぐ辞める子がちょいちょいいた。
店長は人が辞めるたびに、最近の若い子は我慢が足りないとか。社会人としての自覚がないとか言ってたけれど……
楽しかったり、要領のいい子がいつかない職場。
――――それが私のバイト先じゃないだろうか。
楽しい子や要領のいい子が見限ってやめて行ってしまうなら。
どれだけ頑張ったところで、前のように楽しい職場に戻ることはないのではないだろうか?
それに私も、今回テスト期間にも関わらずバイトに呼び出された影響がテストに出ているのは明らかだった。
親元を離れて一人暮らししてたし。
奨学金は借金だからなるべく借りたくなくて。
ある程度稼がないとって思いがあった。
お母さんは、学業が大事だから。少しは仕送りできるから、バイトばかりせず学業に集中しなさいとありがたいことに言ってくれていたけれど。
迷惑をなるべくかけたくないとかもあって、やめようだなんて考えたことはなかった。
バイト先を変えるのはよくないと思っていた。
店長もすぐ辞めてしまったバイトには、結構辛辣なことを言っていたから。
就活とか理由がないのにバイトをやめるのは、悪いことって刷り込まれていた。
でも私はバイト先に就職を考えているわけではないし。
バイト先に気を使って学業をおろそかにしたら、就活で困るのは私だ。
それに、一度気が付いたらもう無理だ。
今のバイト先はちっとも楽しくない。
楽しいような人がまた集まってって日は今の店長がいる限りきっと来ない。
「古屋さん!」
思わずテーブルを叩いて立ち上がって出た声は、思ったよりも大きくて。
古屋さんのグレーの瞳が大きく見開かれた。
「えっ、何?」
ずっとそう思うのはよくないって思ってた。
でも、一度自覚したら自分一人の心の中にとどめておくことはもうできないほど、私の気持ちは固まっていた。
古屋さんを辞めないように説得どころか。
古屋さんと話すようにしたことで見ないようにしていたことがみえて、本当の自分の気持ちと向き合えた。
バイト先は、目の前のフリーペーパーに沢山のってる。
店長が変わってバイトがごっそり減ってからは、かなりシフトが入っていて遊ぶ暇もないくらいで、貯金も少しだけある。
やめたって困らない!
「私も、バイト辞めたい!」
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