第3話

「――ぶ? 椿つばきちゃん、大丈夫?」


 そう呼びかけられて目を開けると女の人の顔があった。

 あれ、私雪の中転んでそれから……。

 ダメだ、起き上がる元気もなくて雪の中目をつぶってしまったことは覚えているけど、それ以上なにも思い出せない。

 それに、この人どこかで……。

 ああそうだ、ちょっと前に神社で会った六華りっか似のお姉さんだ。

 確かまいさんって言ったっけ。

 そんなことを考えていると、全身が一気に震え出だす。


「くしゅん! 寒っ……」


 身体にかかってくる重さから厚い布団を掛けられているのはわかるが、それでも氷の中に閉じ込められてしまったように寒い。


「大丈夫? やっぱ風邪ひいちゃったかな」

「え、風邪って?」

「ん-、ほら私の手冷たくない?」


 そう言って舞さんが私の額に手を置くと、すーっと頭から熱が持っていかれる感覚になる。


「やっぱまだ椿ちゃん熱あるね。ちょっと待ってて今身体にいいもの持ってくるから」


 舞さんはそう言うと、どこからか湯気の立つ湯のみを持って来てくれた。


「これは?」

「甘酒、前と同じでごめんね。ただ風邪によく効くからよかったら飲んでみて」

「あ、ありがとう、ございます……」


 なんか舞さんに見られながら飲むの緊張するな。

 湯のみを傾けながら舞さんの顔を覗く。

 目が合うたびにニコリと微笑んでくれたが、その笑顔が早く飲んでと催促しているようだった。

 そのたびに私は湯のみを傾け、普段の何倍もの速さで飲み切ってしまった。

 ろくに冷まさなかったせいか、飲み終わる頃には風邪とは違うまた別の熱の感触が食道にべったりとこびりついていた。


「ごちそうさまでした」

「今日はこのままゆっくり休んで。湯たんぽも入れておくから」


 舞さんはそう言って私を横にさせると、また布団を被せてくれた。


「そこまでしてもらって悪いですよ」


 そう慌てて起き上がろうとしたが身体に力が入らない。

 風邪なんか引いてなければすぐに起き上がれるのに。


「大丈夫私が好きでやってることだから気にしないで」


 そう言ってくる舞さんの瞳には有無を言わさない迫力が隠れていた。


「わかりました」

「大丈夫、明日になれば元気になってるから、おやすみなさい」

「あ、おやすみなさい」


 それだけ言うと舞さんは電気を消し、足音だけがどこか遠くに行ってしまった。

 なんで助けてくれたんだろう。

 近くに神社なんか無いはずなのに運んでくれたんだろうか。

 頭の中で色々な疑問は浮かんできたが、しんしんと降り積もる雪の音に耳を傾けたせいで、いつのまにか朝になっていた。


「おはよう椿ちゃん」

「おはようございます」

「体調はどう?」

「多分大丈夫だと思います」


 服が寝汗でべったりと身体にくっついてはいたが、昨日感じたような変なだるさもない。

 それどころかいつも以上に身体が軽く、まるで新品の身体に入ったかのようだ。

 昨日もらった甘酒が効いたのかな。


「そっかー、熱下がったかな?」


 舞さんはそう言いながら近づくと、そっとおでことおでこを合わせてきた。

 途端に自分でもわかるくらい顔が熱くなる。


「ん-まだちょっと熱あるかな?」

「そうかもしれませんねー」


 あははーとわざとらしく笑いながら手で顔をあおぐが熱が引く気がしない。

 それどころか、舞さんが「大丈夫?」と覗き込んで来るせいで、頭から湯気が出ているんじゃないかというくらいどんどん熱くなってくる。

 あれ、なんで私顔近づけられただけで意識してるんだろう……。

 お姉さんの顔が六華に似てるせいかな。

 そんなことを考えながら適当に返事をしたせいか、舞さんは真剣な顔でたずねてきた。


「ねえなんで椿ちゃんはあんな所にいたの?」

「あああれですか……、あの時はなんか散歩したくなって……」


 だめだ、これ以上言っちゃいけない。

 口に出すとみじめな気分になる。

 心ではそうわかっているが、一度口を開いたらせきを切ったようにあふれ出してきた。


「この間探してた風花かざはな六華りっかって子に嫌われちゃったんですけど、忘れようとしてもその子のことが頭から離れなくて……。おかしいですよね嫌われたらなら割り切っちゃえばいいのに……」

「そんなことないよ」


 舞さんはそう言うと、優しく私の頭に触れてきた。


「寒かったし、不安だったよね。雪の中独りは心細かったでしょ?」


 そう舞さんに言われると涙が止めどなくあふれてくる。

 こんなところ見せたくないし、六華のことでなんか泣きたくない。

 何度も涙を止めようと目元を拭ったせいか、涙が流れるたびにしみる。


「大丈夫、椿ちゃんはすごい頑張ったよ、いっぱい泣いて全部忘れちゃおう」


 舞さんが背中をさするたびに涙が止まらなくなる。

 あれから十分ぐらい泣き続けただろうか、もう涙も枯れ果てしみるものがなくなった目元だけがじんじんと痛む。


「落ち着けた?」

「……、はい、ごめんなさい」

「謝らなくていいのよ、泣かないと断ち切れないこともあるから」

「ありがとうございます……」


 舞さんに抱きしめられると不思議と心が落ち着いてきた気がする。


「ねえ椿ちゃんにそんな思いさせる六華ってどんな子?」

「六華は優しくて、私より勉強が出来て、舞さんに似てて……」


 そう私が並べていると、舞さんが冷たい口調で話しかけてくる。


「優しいって本当に優しかったら椿ちゃんのこと泣かせなくない? 勉強が出来るって教科書丸暗記して褒められるのは学生までだよ」

「それはそうかも知れないけど……」

「けど、なに? 私なら椿ちゃんにそんな顔させない」

「なら、なら舞さんはどんな顔させてくれるんですか!」


 私は爪が突き刺さる程手を強く握りながら声を荒げた。

 それを見ると舞さんはそっと私の頬に手をそえ微笑んでくる。


「こんな顔かな?」

「出来るもんならやってみてくださいよ!」


 挑発気味にそう返す。

 すると舞さんは私の手に指を絡め、しっかりと舞さんと唇を合わせてきた。

 頭の中で拍動が木霊こだまし、繋がった手が段々と湿り気を帯びていくのがわかる。

 唇を合わせたきり私たちは凍ったように動かなくなってしまった。

 もしかしたら永遠にこのままなんじゃないかと思ったが、そんな事はなくあっさりと終わってしまった。

 唇が離れたのを感じゆっくりと目を開ける。

 そこに居たのは私とキスをした舞さんではなかった。

 さっきまで私の手を握っていた彼女の手は指先からボロボロと崩れ落ち始めている。


「え、どういうことですか?」


 慌てて彼女の手を握るが、淡雪のように触ったそばから消えてなくなってしまう。


「ごめんね、次は椿ちゃんの番だよ……」


 舞さんはそれだけ言うと、彼女がそこに居た痕跡を一切残さず消滅してしまった。


「え、舞さん?」


 彼女がさっき座っていた座布団をめくっても、こたつの中を見ても彼女はいない。


「え、冗談ですよね。隠れてないで出てきてくださいよ……」


 泥棒が入ったかと思うくらい家探しをしたが一向に彼女は出てこない。

 それどころか、初めから誰もここに住んでいなかったかのように彼女の一切の私物が見つからなかった。

 それに探している途中で鏡に写った自分は、舞さんと同じ白い小袖こそで白袴しろばかまの姿だった。

 え、嘘。

 さっき舞さんと話してた時は自分の服を着てたはずなのに。

 どうして?


「ねえ、次は私ってどういうことなんですか? 服も違うし、返事をしてください!」


 そう部屋の中で叫んでも私の声が木霊するだけで、期待した返事は帰ってこない。


「ねえ、舞さん……、舞さんたら……」


 もしかしたらこの部屋以外に隠れたのかもしれない。

 この部屋に繋がる扉を一枚一枚開けていくと、ある扉があの神社に繋がっていた。

 扉の影に隠れて神社の様子をうかがうと、この間迷子になった時私に話しかけて来たもう一人のお姉さんがいた。

 もしかしたらあの人ならなにかわかるかもしれない。


「あの……」


 遠くからそう声を掛け、手招きする。

 お姉さんはここからでもわかるくらい大きなため息をついたかのように肩を上下させると、めんどくさそうな顔をしながらこっちに来てくれた。


「呼んだ?」


 その声のトーンから怒っているのが伝わってくる。

 薄っすらお姉さんに圧倒されじんわりと背中に汗が浮かぶのを感じたがここでひるむわけにはいかない。

 今にも取って食いそうな雰囲気のお姉さんになんとか尋ねる。


「あの、舞さんがいなくなってしまったのですが、どこにいったか知りませんか?」

「どこに行ったって、部屋にいるでしょそれか買い物じゃない? あの子今日休みだし」

「それが、私が手を握ってたのに崩れるように部屋から消えちゃったんです……」


 お姉さんはそれを聴いたとたん一瞬で痛いほど伝わって来た怒気がどこかに消え、「あーそっか……、崩れて消えたか」などとうわ言のように言い出した。


「あのお姉さん、それで舞さんはどこに?」


 私の声で正気に戻ったのか、初めて会った時のような顔でお姉さんは話し始めた。


「舞はもういない、あんたが舞の代わりになるの」

「もういない? 私が代わりになるってどういうことですか?」


 そう言ったがお姉さんは私の声が聞こえてないかのように腕を掴んでぐいぐいと歩き始める。


「あんたには色んなことを教えないとね。掃除の仕方にここでの決まり、生き方、終わらせ方」


 腕を引かれているせいで直接顔を見ることは出来ない。

 そんなお姉さんからは悲しそうな雰囲気がただよっていた。


「あの、もういないってどういうことですか?」

「そのままの意味よ、それよりよかったわね初めての仕事よ」


 お姉さんは立ち止まってそう言うと、鳥居の方を指さした。

 なんとかぶつかりそうになりながらも止まると、指さしたほうを眺める。

 そこには鳥居の向こうからこちらを覗きこむ女の子がいた。

 その子を見た時、なぜか自然と言うべきことが自分の中から湧いてきた。

 それどころか、女の子の名前、友人関係、直前までなにをしていたかまで濁流だくりゅうのように頭の中に流れ込んできた。


「いい、あんたが今守るのは鳥居の外へ出ない、ただそれだけ。わかったらさっさと行きな!」


 お姉さんがそう言って背中を押す。

 つんのめらないように出したはずの足が地面に付くと、自然と反対側の足が前に出ていた。

 走るつもりなんかなかった。

 ただいつのまにか息を切らせながら鳥居の所まで向かう。

 やばい……、寒いし、久々に走ったせいか……、胸が痛い。

 なんとか息を整えながら女の子に視線を合わせると、彼女は少し驚いたような顔をしている。

 これ以上怖がらせることがない様、彼女と目線を合わせると私はゆっくりと口を開いた。


「大丈夫? 迷子?」


<完>

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雪の中出会った貴女に、私は永遠にされる 下等練入 @katourennyuu

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