第19話
明野の家庭についてはある程度調べがついたが、それ以外の彼女本人について考えると何も出てこない、霧の中に閉じ込められた心持になった藤野は、考えるのを止めて、歯を磨き、眠りについた。
夢は見なかった。
疲れ切った彼の体は、瞼を閉じた瞬間、彼に休息を与え、憩いの時を彼にもたらした。そして、彼はこれを享受し、彼女の幻影を追いかけることを止め、彼女に母親との関係について聞こうと決断した。物事は実体として目の前にあるのだから、独りぼっちの考えに沈み込んではならないと彼は判断したのである。
そして、朝を迎えた。
しかし、だからと言って何か特別なことが起こるわけでもない。
六時半にスマホのアラームが起動して、それから朝の支度が淡々と執り行われるだけの単調な朝である。特筆すべきことと言えば、彼の支度は生真面目だということである。彼の支度は全てプログラミングされたロボットの様であり、均一な行動でこれを行っていた。上下の灰色のスウェット脱いで畳むにしても、自室に行き制服を着るにしても、顔を洗うにしても、歯を磨くにしても、朝食である賞味期限切れのメロンパンを食べるにしても、全ての行動が毅然としており、停滞は無かった。
二度寝をする気配もないほど寝起きの良い彼が、朝の支度を終えたのは、普段通り七時ごろであった。そして、彼は基本的に始業時間ギリギリに登校したいため、マンションを出るのは七時半であるため、彼は朝の余暇を享受し始めた。
とはいえ、長い朝の余暇を潰すためにやることも、朝の支度と同じように決まり切っていた。彼はソファに転がると、スマホを手に取り、SNSを見始めた。
しかし、彼が望んでいたSNSのありようはそこに無く、ただつまらない文字と画像と動画の塊でしかなかった。
「……変わったんだ」
これまで楽しみにしていた朝のSNSチェックに際して、藤野は自分の生活が変わってしまったことに、実感を持って理解した。同時に今まで依存していたSNSの虚しさに気付いた。
だが、虚しさに気付いたところで、依存から抜け出せるわけではない。このため、彼は過去に撮影した淫らな自撮りを再度、SNSに投稿した。そして、次の瞬間には自分の写真にいいねのハートマークが三個ほどつき、心は承認欲求で満たされる。
意識の他で彼の表情は緩む。
しかし、スマホの画面に映る自分の顔を見た瞬間、彼は再び顔を強張らせる。
「変わらないか」
大きな溜息を吐いた藤野は、自己嫌悪を覚えた。そして、この要因を作り出した自分の投稿を早急に消すと、自分に向けて舌打ちをする。
孤独な部屋に反響する音は、彼の心に虚しく貫く。
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