第2話
藤野の表情を知らない桑原は、グラウンドで部活に励む同年代の少年たちを見つめる。彼の視線には微かに軽蔑の意が含まれている。しかし、この蔑みが果たしてどちらに向いているのかは彼自身にしかわからない。
「なあ、藤野。お前って、他の野郎ともこんなことやってんのか?」
夕暮れに冷まされた桑原の声音は、もとより低い声に金属的な冷たさを宿した。聞く人が聞けば凍てつくような声音であったが、藤野は微かな笑い声を漏らすだけであった。
「ふふ、それって俺と付き合いたいってこと?」
「ちげえよ、馬鹿。お前みたいな男娼となんか付き合う訳ねえだろ」
「ひっでえ。やらせてやってんのに、そんなこと言うんだ」
「合意の下だろ」
「それもそっか。けど、少しは俺のことに魅かれたんじゃない?」
金属的な桑原の声は苛立ちによる熱が入り、若干の温もりを取り戻した。変容する桑原に、藤野は女性的な性格を帯びた悪戯染みた笑みをこぼす。
「そんな訳ねえよ。お前は俺のペットでしかねえんだからよ。あんまり自惚れるなよ。例え、お前に俺が惚れてたとしても、そいつはあくまでも愛玩目的で惚れてるだけだよ」
窓の外に吐き捨てるように桑原は言葉を紡ぐ。彼の言葉の中には、図星を突かれたことに対する微かな反抗心が籠っていた。可愛らしい反抗である。どこかサディスト的な面を持つ藤野は、彼の反抗心に嗜虐的な笑みを浮かべる。しかし、藤野は自らの笑みによって導かれる衝動を発露するつもりはなかった。
からかってやりたい本能を抑え、藤野は彼の肩を軽く叩く。
「そっか。それなら本望さ。俺も惚れられるのはまっぴらだ。こういう爛れた関係で俺は良いのさ」
「違いねえ。俺もたまにお前を買ってやるのが、丁度良いくらいだ。他の日は適当な女ひっかけて、夜遊びするので十分だ」
「夜遊びはほどほどにした方が良いぜ? いつか理性で、抑えられない時が来る」
「経験者は語るってか?」
「そうだね。先達は常に危ぶんでいるんだ」
「じゃあ、俺からもアドバイスだ。せめて避妊具は持っとけよ。病を貰っちまったら、時たまの娯楽が無くなっちまうからよ」
肩に置かれた藤野の手を桑原は払うと、ひらひらと手を振り、すっかりと涼しくなった教室を後にする。
残された男娼は一人、スマホをズボンポケットから取り出して、SNSを開いてDMを確認する。
「今日はあと一件か……。まっ、一回家帰って体洗えば余裕か……」
そして、藤野は窓ガラスをぴしゃりと閉める。
グラウンドには、運動部の溌溂とした声が響いている。
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