第10話 星影騎士団

 それからしばらく、三者は酒を飲みながら色々な話をした。

 ジグとゲッツの従騎士スクワイア時代の思い出、ジグとエルメリーナの馴れ初め、最近あった愉快な出来事。

 ゲッツは結婚と士官を果たした友人を時には祝福し、時にからかった。


「あのジグが、伯爵の御息女と結ばれるとはなぁ」


 そうなのだ。

 エルメリーナは、このルットフォルツ市を治めるルットフォルツ伯爵の実の娘なのである。伯爵に召し抱えられ、良く仕えた彼は、遂には主君の娘の心を射止めた訳だ。

 正しく騎士道の愛。羨ましい限りだ。


「今度、子爵に取り立ててもらう話も出ている。順風満帆、返って恐いくらいさ」


 ジグは得意満面だ。驕るのは騎士として如何なものかと思うが、ここには友と妻しかいない。茶目っ気があるくらいでちょうど良い。

 主に仕え、武勲を立て、妻を娶る。いずれはゲッツもそのようになりたいものだ。


「俺もあやかりたいもんだ」


 ぼやくゲッツに、ジグがニヤリと笑った。

 またぞろからかいかと覚悟したが、どうも違うらしい。


「ならばゲッツ卿。武勲を立てる機会があるのだが、どうかな?」

「なんだと?」


 騎士たる者、戦いに勝ち名誉を得るのは望むところだ。だが、その機会があると言う事は、つまり争いがあるということだ。

 はて、この泰平の世に如何なることか。


「相手は何者だ?」

「星影騎士団という連中だ。知ってるか?」

「いや、さっぱりだ」


 ジグが口にした名前には、とんと心当たりがない。名前は洒落ているが、まるで無名の騎士団なのだろう。

 実際にゲッツが思ったように、名の知れた騎士団ではないらしい。ジグも「そうだろうな」などと笑っている。


「騎士団を名乗ってはいるが、破落戸ごろつきの集まりだ。一応は義勇騎士団ということになるが……まあ、志なんぞありはしないさ」


 騎士団と呼ばれる組織には、大まかに三種類がある。

 ひとつは神殿の施設や信徒を守護する、武装した聖職者の集まりである聖騎士団。かつて邪教に率いられた者達を撃退するべく聖女が組織し、さらには僭称帝を討伐した騎士団が始まりとされる。

 第二には、帝国騎士団……皇帝や侯爵が編成する、騎士を主力とした常備軍だ。こちらは五十年ほど前に時の神聖皇帝が率いた親衛騎士団を起源とする。

 そして最後に、義勇騎士団。これは騎士達が自発的に集まって組織する騎士団だ。

 義勇騎士団は国家に属する騎士団ではない。その目的も騎士同士の社交界であったり、武術道場であったり、或いは自警団であったりと様々だ。

 さて、その義勇騎士団を自称する者達が、何やら問題であるらしい。その流れで、ゲッツにも思い当たる事があった。


「そういや……街の近くで、俺の乗った馬車が妙な連中に襲われたな。ルットフォルツ伯爵の騎士を名乗っていたが、間違いなく騙りだった」


 馬車が襲われた事、乗り合わせたヴォーパルの娘を拐おうとした事。その蛮行を、ゲッツが阻んだ事。

 その顛末をかいつまんで説明すると、流石にジグの表情が曇っていく。


「奴ら、そこまでするか」


 深い溜め息が、ジグの口から吐き出される。それから、真剣な表情をして話を続けた。


「近頃、星影騎士団の連中が領内で悪事を働いていてな。恐らくだが、隣の領主……ヘルヴィッツ伯爵の差し金だろう」


 ここルットフォルツ伯爵領より北方に位置する領地。それがヘルヴィッツ伯爵領である。

 この近辺の事情に、ゲッツは詳しくない。だが、ヘルヴィッツ伯爵については風の噂で少しばかり聞いたことがあった。


「確か、女癖が悪いことで有名だったな」


 貴族の女遊び自体は、珍しい事ではない。だが、ヘルヴィッツ伯爵のそれは些か度が過ぎていると、聞いた事はある。

 ジグが頷くと、隣に座るエルメリーナが困ったような顔をして言う。


「実は父とヘルヴィッツ伯爵は、若い頃は恋敵だったそうです。母をめぐって、よく衝突していたとかで」


 成る程、因縁は古いらしい。


「しかし、それだけではヘルヴィッツ伯爵の差し金とは言えますまい。最近も、何事かあったのですか?」

「はい……実は半年ほど前に、ヘルヴィッツ伯爵が縁談を持ちかけて来たのです。私の姉を、御子息の妻に娶りたいと」


 それを聞いて、ゲッツは眉根を寄せた。

 仲の悪い男の娘を、自分の息子と結婚させたいなどとは、どうにも変だ。気味が悪い。

 あるいは、かつて恋した女の娘を、息子と結婚させたいということか。どちらにしても気味が悪い。

 ゲッツの表情を見て、エルメリーナは溜め息を吐いた。どうやら彼女も同じ感想らしい。


「当然、父は縁談を断りました。姉様は既に婿殿をいただいて、次期当主になる準備をしていますから。そうしたら、ヘルヴィッツ伯爵はとんでもないことを仰ったんです」

「これ以上、とんでもないことを?」

「はい。それなら、妹……私でも構わない、などと!」


 ───それは……とんでもない話だ。

 代わりに妹を、とは。

 両家の結び付きを強くするために、子女を婚姻させる事は珍しくない。だが、当人同士の意思も無視すべきではあるまい。

 事もあろうに、姉が駄目なら代わりに妹を、などとは。

 いや。それどころかひょっとすると、母の代わりに娘……などという想いすらあるのではなかろうか?

 エルメリーナは如何にも不快そうな様子だった。それは怒りであり、嫌悪であろう。思い出しただけでも、肩が震えている。

 その肩を、ジグがそっと抱いた。


「そういうこともあって、俺とエルメリーナエルマの婚姻が急がれた訳だ。俺から求婚したかったというのに、無粋になってしまったよ」


 ジグは笑って肩を竦めるが、内心はかなり不満そうだ。

 ともあれ、ここまで聞いて、事の経緯はおおよそ理解できた。


「つまり……ヘルヴィッツ伯爵が星影騎士団を雇って、嫌がらせをしていると」


 どうやら星影騎士団が現れたのは、ジグとエルメリーナが結婚して少し経ってかららしい。

 それからというもの、彼らは領民に対して名誉を傷つけられただのと難癖をつけて横暴を働いたり、商売の邪魔をしたりしているのだとか。


「近く、ルットフォルツ伯爵は星影騎士団と一戦交える御覚悟だ。だが、人数で負けている」

「何人だ?」

「星影騎士団は騎士が五人、従騎士が二人。こちらは俺を含め、騎士が三人だ」


 敵は七人。騎士団を名乗るにはあまりに少ないが、どうあれ三対七……従騎士を半人前と見ても、三対六。戦いになれば、かなり不利だ。

 故に、ゲッツは当然のように応じた。


「よし、俺も加勢させてもらおう。無論、宿は貸してもらうぞ」


 友の危難を助けるもまた、騎士道。戦局は不利だが、なに、その方が格好がつくというものだ。

 ゲッツの返事に、ジグは「そうこなくては」と笑う。


「よし、これで四対七……いや、お前なら三人は相手にしてくれるだろう。実質は六対七だ」

「無理を言うな」


 過大な評価だ。どうにもジグは、調子の良い事ばかりを言う奴なのだ。

 真面目な話として、人数は未だに不利だ。ゲッツは少し考え、すぐに助っ人の心当たりを見付けた。


「そうだ。昼間にクリスバーンという騎士に会ったが、腕も人格も悪くなさそうだったぞ。声をかけてみろ」

「ほう。ゲッツが悪くないと言うなら、良いんだろうな」


 クリスバーンもゲッツと同じく、この街の者ではなさそうだ。だが、義のある戦いとなれば、力を貸してくれそうな男だとゲッツは感じていた。

 もっとも、明日も街にいるかはわからないし、戦いの用意が出来るまで滞在できるのかも不明だ。

 それを考えるともう一人、声をかければ間違いなく飛んでくる者もいた。


「あと一人……いや、やっぱり駄目だな」

「なんだ?言うだけ言ってみろ」


 言いかけた言葉を引っ込めようとして、ジグに問われた。

 まあ、無理に口を閉ざす理由もない。ゲッツは改めて、言いかけた言葉を続けた。


「実はもう一人、腕の立つ御令嬢に出会ったんだが……彼女は騎士じゃない。だからこれは無しだ」


 思い出したのは、あの鋭い剣閃の乙女だ。クリスバーンを下し、ゲッツと打ち合った彼女ならば戦力になりうる。

 しかし、彼女は騎士に憧れる少女だが、騎士ではない。守るべき貴婦人だ。そんな相手に助力を願うべきではない。

 それで、この話は終わり……そのつもりだったのだが。


「あの、サー・ゲッツ。その女性の剣士、お名前はなんというのですか?」


 何やら、エルメリーナが頭を抱えてそんな事を聞いてきた。

 はて、どうしたのだろうか?そう思いながら答えようとして、ゲッツもまた、気が付いた。

 そうか。道理でエルメリーナの顔に既視感があったはずだ。何せ、似た顔を昼間に見ている。

 父に反対されながらも、騎士を目指す令嬢。さて、姓も父親の爵位は聞いてはいなかったが、もはや聞くまでもあるまい。


「その、フロイライン・ウィルトヴィーネは……」

「はい……私の妹です」


 伯爵令嬢、ウィルトヴィーネ・フォン・ルットフォルツ。それが、彼女の名だ。

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