第5話 令嬢剣士(後編)

 強盗騎士を追い払った戦利品は、何の変哲もない片手剣アーミングソードと、愛らしいヴォーパルの吟遊詩人によるキスだけだった。


「謝礼金でも受け取っておくべきだったか……」


 ゲッツは一人、ルットフォルツ市内を歩きながら呟いた。

 乗合い馬車を降りた後、ゲッツは感謝の言葉を背にその場を立ち去った。その姿は格好良かったかもしれないが、武勇を売り物にする騎士が無償で力を奮ったのは、少し勿体無い気がした。

 何せ僅か数秒の攻防だったとはいえ、我が身を危険に晒したのだ。少しは金銭的にも報奨が欲しいというものだ。


(いや、弱き人々を庇護するのは騎士道の教えに沿うこと。アレッタの接吻で十分に報われただろ)


 頬の感触を思い出し、未練を断ち切ろうと試みる。だが、自分があまり裕福ではないという現実は変わらない。

 取りあえず、強盗から奪い取った片手剣は後日、適当に売り払ってしまおう。多少の儲けにはなるはずだ。


「……よし。取りあえず昼飯でも食っていくか」


 太陽は丁度、中天にある。腹も減ってきた事だし、気分転換を兼ねて飯屋を探そう。

 そう思いながら歩いていると、賑やかな声が聞こえてきた。

 揉め事、と言うわけではなさそうだ。祭りのような、華やかな喧騒である。

 はて、何か祭りをやるような時期だっただろうか?あるいは、この辺り独自の祭りかもしれぬ。


「祭りなら、出店もあるかな?」


 微かに期待して、ふらりと喧騒の源へと足を運ぶ。

 そこは、広場であった。広場には人集りが出来ており、何やら熱狂的に歓声をあげている。

 祭り、ではなさそうだ。向こう側からは木の棒を打ち合わせるような音が、不規則に聞こえてくる。

 ゲッツは人集りに近寄り、意識して背筋を伸ばす。アースリングの中でも特に大柄なゲッツなら、大体の人集りは向こう側を覗ける。

 果たしてそこには、木剣を交える二人の人物がいた。


 一人は軽装の防具と黄金拍車を備えた、若手の騎士。

 もう一人は、金の三つ編みをなびかせる、美しい少女。

 まず始めに思ったのは、奇妙な組み合わせの仕合だということだった。女性が剣を取ることも珍しければ、騎士と剣を交えるのも珍しい。

 次に思ったのは、少女の剣が中々どうして、見事な冴えだった事だ。

 軽快な足運びから繰り出される、鋭い剣撃。相手の動きをしっかりと観て、機を読む事にも敏い。体格の不利を補う為に、身の軽さを活かす立ち回りを意識していた。

 対する騎士は、悪い意味で妙だった。

 騎士の構えも動きも、基本的には悪くない。パッと見て、腕が立つだろうとわかる。だが、いざ少女と打ち合うと、どうにもキレがないのだ。


(何だろうな……集中できてないのか、あれは)


 どうにも、騎士の意識がしばしばあらぬ方に向いている……そんな気がする。

 貴婦人相手に剣を振ることに抵抗があるのだろうと、ゲッツはそう思ったが、どうもそれ以上に何かあるようにも感じられた。

 いずれにせよ、少女は決して弱敵ではない。そんな相手に、そうも隙を作り続けては───


「あっ」 


 間抜けな声をあげたのは、勝負を見守っていた野次馬の誰かか、ゲッツか、はたまた騎士本人か。

 いずれにせよ、遂に間合いを取り誤った騎士の木剣が盛大に空を切り、少女の木剣は地を擦るように振るわれ、振り上げられた。

 がつん、と音が聞こえるようだった。


「あれは不味いかもだな」


 顎を打ち上げられた騎士が、その場に崩れ落ちた。手を突こうとしたようだが、それも上手くはいかなかった。

 あまりにも呆気なく地に倒れる姿に、野次馬もざわついている。打ち倒した少女本人すら、目を白黒させているほどだ。


「サー?サー・クリスバーン?ちょっと、大丈夫?」


 慌てる少女が、騎士の身体を揺する。それを見て、ゲッツは野次馬を掻き分けて駆け寄った。


「顎をぶっ叩かれると、眩暈がして立ってられなくなる。あまり揺すらん方がいい」


 ゲッツは医者ではないが、怪我の応急処置くらいなら出来る。それに顎を打たれるのは、ゲッツ自身も従騎士スクワイアの頃に、師から何度もやられたことだ。

 並の人間なら酷い時には死に至るが、彼は騎士だ。戦いの女神の加護が幾らかあれば、大事にはなるまい。


「……うん、大丈夫だろう。卿、少し休んでるといい」

「ああ、すまん……」


 取りあえず簡単な手当てをしてから、ぐったりとしたままの騎士をゆっくりと広場の端に運ぶ。まだしばらくは立てないだろうが、意識もハッキリしている。これなら安心だ。

 一通りの処置を終えて振り向くと、ホッとした様子の少女がいた。どうやら本気で相手の心配をしていたらしい。まあ、仕合で相手を殴り殺しては後味も悪い。気持ちはわかる。


「御見事でした、御令嬢フロイライン。気持ちのいい一発でしたよ」


 ゲッツが少女の勝利を祝うと、まだ立ち上がれない騎士は恨みがましい視線を向けてきた。まさか少女に負けるとは彼も思っていなかっただろうが、そこは受け入れてもらいたい。

 一方の少女は、無邪気に勝利を喜んでいる。周囲の人々も同様で、あれやこれやと称賛の言葉が飛び交っていた。


「ふふ。お手合わせありがとうございました、クリスバーン卿。機会があれば、もう一度やりましょう」


 そんなことを言う少女に、騎士───クリスバーンは苦笑で応えていた。

 その表情を見て、ゲッツも釣られて笑ってしまう。もしやクリスバーンは、少女に花を持たせるべく負けたのではとも疑ったが、どうやら本気で戦い、敗北したらしい。

 そうなると、また疑問があった。


「なあ、クリスバーン卿。どうにも卿の動き、切れが悪かったように思うが……何かあったのか?」

「あら、そうなの?」


 ゲッツの問いに、少女も不思議そうな顔をした。どうやらクリスバーンが勝負に集中出来ていなかったことに、彼女は気付かなかったようだ。

 するとクリスバーンは「いや、それがだな……」と言いかけて、言葉を止めた。そして、溜め息を吐く。


「卿も彼女と手合わせすればわかる。あれは、手強いぞ」


 どういう意味だろうか?

 ゲッツは先の仕合を思い返し、少女が何かをしたのか探ろうとした。見知らぬ技巧が隠されていたのだとすれば、興味深い。

 その隣で、少女が手を叩いた。


「そうね。でしたら、あなたも一勝負どうですか?」


 確かに、実際に仕合をすればわかるやも知れぬ。成る程、道理であり明快だ。


「いや、何故に」


 お断りせねばならん。ゲッツがそう思った時には、全てが遅かった。

 既に少女は木剣を手に目を輝かせ、周囲の人々も無責任に期待の眼差しを向けている。そして、未だに立ち上がれずにいるクリスバーンが、意地の悪い笑みを浮かべていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る