第3話 現在の騎士道なるは(後編)
「止まれ!そこな馬車、止まれ!!」
声がハッキリと聞こえるようになると同時、乗合い馬車が止まる。見れば、馬車の行手には二頭の馬───それに騎乗した二人の男がいた。
何事か。吟遊詩人、乗客達が身を固くする。
程無くして、馬車の側に馬が寄ってくる。その上には、
そして鎧の男の踵には、ゲッツと同じく黄金拍車。彼もまた、騎士であるらしい。
男は御者を睨み付けると、低い声を発した。
「我らはルットフォルツ伯爵に仕える騎士である。ブラウフェルト伯爵領より、御尋ね者が乗合い馬車でルットフォルツ伯爵領に向かった疑いがあると報せを受け、取り調べに参った」
前方の鎧騎士がそう言う間に、もう一人の男が馬車の背後に回り込む。こちらは簡素な防具しか身につけておらぬが、顔面には金属製の仮面をつけており、やはり素顔はわからない。しかし、チラリと見えた足には、やはり黄金拍車があった。
騎士達の物々しい様子に、ゲッツの隣でアレッタが縮こまっている。周囲を幌に囲まれていなければ、脱兎の如く遁走している事だろう。
「騎士様。御尋ね者というのは、いったいどんな奴なんですか?」
御者が、緊張した様子で尋ねた。彼が恐怖しているのは御尋ね者とやらに対してか、あるいは騎士に対してか。
鎧騎士はその問いに対し、ぶっきらぼうに返した。
「お前には関係ない。馬車の中を改めるぞ」
鎧騎士がそう言うと、馬車の後ろで仮面騎士が下馬した。そのまま幌の内を覗き込み、首を回す。どうやら、乗客を一人一人見ているようだ。
一瞬、ゲッツは仮面騎士と視線が合ったような気がした。それと、仮面騎士が不愉快になったような気もする。
そうして、仮面騎士はピタリと視線を止めた。その先には、アレッタの姿がある。
「……おい、そこのヴォーパル。出てこい」
「ひえ!?」
びくりと、アレッタが肩を跳ねさせた。
この馬車に乗っているヴォーパルは彼女だけだ。間違いなく、仮面騎士はアレッタを呼んでいる。
「な、なんでしょうか!?」
「惚けるな、御尋ね者!」
恐怖にひきつるアレッタに、仮面騎士は怒鳴り声をあげた。
「御尋ね者はヴォーパルの吟遊詩人だ。取り調べをする。ついてこい」
「お、おおお御尋ね者って、あたし知りませんよぉ!」
有無を言わさぬ威圧的な態度に、アレッタは震えながら泣き叫ぶ。だが、騎士達は聞く耳持たぬ。
仮面騎士が馬車に上がり込み、アレッタへと手を伸ばした。
「───待たれよ」
そこで、割って入る者がいた。ゲッツである。
ゲッツは仮面騎士を冷ややかな目で睨み付けていた。対する仮面騎士もまた、仮面から覗く瞳が苛立ちの色を宿している。
「なんだ貴様?」
「我が名はゴットブランド・フォン・ベンデルリーン。卿ら、騎士であるならば顔を見せて名乗っていただきたい」
しばし、騎士達が沈黙した。乗客も御者も、息を飲んで成り行きを見守る他ない。
仮面騎士の手が、微かに動く。それは、自らの腰に帯びた剣を意識したものだ。
その敵意の表れを見て、ゲッツはもう一言、付け加えた。
「名乗る名を持たんのか?それとも……顔を見られると、困るのか?」
その一言で、仮面騎士の手が弾かれるように動いた。
明確な殺意と共に、素早く剣を抜き放つ。そして、最短でゲッツの首目掛け白刃が振るわれる───その、直前だ。
「がっ!?」
ゲッツの手にした剣が、抜かれる前に仮面騎士に叩き付けられた。素早く持ち上げられた
顎を打たれた事で、仮面騎士の身体がふらつく。乗客達の悲鳴の中、ゲッツは構うことなく仮面騎士を蹴り倒した。
馬車から転げ落ちる仮面騎士。受け身も取れずに地面に落ちると、その衝撃から呼吸もままならず悶絶する。
そこに、ゲッツが飛び降りた。
今度こそ抜き放たれたゲッツの剣。その刃が、仰向けに倒れる仮面騎士の首筋に突き付けられた。
「動くな!動けば殺す!」
切っ先と同じく鋭い、ゲッツの警告。見れば、鎧騎士がこちらに近寄りながら、剣に手をかけているところであった。
ゲッツに制止され、鎧騎士は馬を止める。距離を保ったまま、睨み合う形となった。
仮面騎士の首に剣を当てたまま、ゲッツは馬上の鎧騎士へと言葉を放つ。
「仲間の命が惜しくば、この場を離れてもらおう。無論、街とは反対の方角にだ」
鎧騎士が唸り、仮面騎士が息を飲む。
「案じるな。お前が十分に離れれば、仲間は解放する。それとも……殺した後、仮面を剥いで街に連れていく方がいいか?」
駄目押しにと重ねた脅しが効いたか、鎧騎士が手綱を操った。彼は街に背を向けると、怒気を漏らしながら馬を進める。
最後、兜から零れた声がゲッツの耳に届いた。
「覚えておくぞ、ゴットブランド……!」
それは、怒りに震えた声だった。
そうしてしばらく馬が駆けていき、その姿が判然とせぬほど小さくなったところで、ゲッツは仮面騎士から剣を取り上げた上で解放した。
逃げていく仮面騎士。その背中を見送りながら、ゲッツも乗合い馬車に戻り、御者は馬車を街へと走らせる。
素顔の見えない騎士達は、追っては来なかった。
†
「た……助かったぁ!ありがとう、ありがとうございますサー・ゲッツ!!」
馬車が街に入るや、乗客達が喝采をあげる。中でも一際喜んでいるのは、拐われかけたアレッタだ。
彼女はゲッツに抱き付いて、全身で感謝と歓喜と安堵を表現していた。
パタパタと動くアレッタの兎耳がゲッツの顔を叩くが、文句を言える状況ではない。とにかく、頭を撫でながら宥めるしかあるまい。
「俺らも助かったよ、騎士様。けど、あいつら逃がしてよかったのかい?」
不意に、他の客がそう口にした。
確かに街の近くに現れた、領主の騎士を名乗る何者か。だが、名前も素顔も明かせない彼らが本当に領主の騎士だとは思えない。つまりあれは、強盗の類いだ。
そんな手合いを逃がしてしまっても良かったのか。確かに、ゲッツも捕らえられるならば捕らえたかったところではある。
「だが、捕らえようとしたり、顔を見ようとすれば死に物狂いで抵抗される。馬車を守るなら、あれで十分だ」
相手には馬があるのだ。戦うにしても逃げるにしても、こちらが不利。
欲をかきすぎないこと。それも戦術である。
「に、しても……騎士を騙って強盗なんて、とんでもない奴らですね!」
耳をピンと立てて、アレッタがいきり立った。安心したら今度は怒りが沸いてきたのだろう。
まあ、怒りはもっともだ。そう言う意味では、敵を逃がしたのは少しばかり申し訳ない。
だが、それよりもゲッツには気がかりなことがあった。
鎧を着るのも脱ぐのも、鎧姿で自在に動くのも、相応に技術がいる。乗馬もまた然り。更に言えば、どちらも所有するだけでかなりの金がいる。
それら全ての条件を揃えられる者が、ただの盗賊であろうか?
(いや……あいつらは、間違いなく騎士だ。ルットフォルツ伯の
騎士にとって、鎧も馬も自身を騎士であると証明する財産だ。何をおいても所有しようという騎士も、少なくない。
だが、平和の続くこの時勢、騎士の役目は少ない。戦うべき敵も仕えるべき主もなければ、生活すらままならない。
そうして騎士の手に残されたのは、武力だけだ。ならば、その武力でもって生きる糧を得ようというのは、自然な事だ。
その手段が、強盗であろうとも。
「まったく、とんでもない話だ……」
騎士道とは、兎角難しいものだ。
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