高峰温泉

「もうちょい先でんねん」


 えっ、ここじゃないんだ。左の道に入って行ったけど、ちょっと待ってよダートじゃない。こんなとこを走るって言うの、


「エエ宿でっせ。ユッキーさんなら行きまっしゃろ」


 ユッキーさんはゴチゴチの秘湯趣味があるそうなんだ。しばらくダートと格闘していたらクルマがたくさん停まっているところが見えてきて、


「ここですわ」


 ホントだ。高峰温泉、標高二千メートル、雲上の野天風呂って書いてある。それと現代的よね。昨日も一昨日も江戸時代の旅籠みたいなところだったのはと大違い。まず部屋に案内されたんだけどコトリさんから衝撃の一言、


「急やったから二部屋しか取れへんかってん。まあエエやろ」


 良いけど良くない。ここは女三人で一部屋でしょうが。


「狭なるやんか」

「そうよそうよ。宿帳には夫婦になってるんだし」


 まだそんな関係になってないし、そう書かないと拙いからだけじゃない。


「これも旅先のアクシデントよ」

「そやそや、旅先やからの楽しみや。江戸時代の相部屋みたいなもんや」


 江戸時代だって男と女が相部屋にしないでしょうが。


「そんなことないで」

「飯盛女と相部屋もあるじゃない」


 誰が飯盛女じゃ! 部屋で加藤さんと二人にされて、


「すんまへん。ああいう人らでんねん」


 それで済ませるな。まだ嫁入り前、いや嫁になり損ねた娘だぞ。あの二人さばけすぎだろ。そしたら部屋にまた来て、


「風呂行こか」

「ここは混浴じゃないのが残念」


 混浴はゴメンだ。浴衣に着替えて行ったんだけど、待合室ってなんだ。


「それはね・・・」


 野天風呂は旅館から五十メートルぐらい離れたところにあるそうだけど、湯船は四人しか入れないそう。


「だから籠が四つあるでしょ。籠がなければ満員ってこと」


 すげぇシステムだ。籠が無ければ風呂から戻ってくるまで待つための部屋ってことなのか。見たら四つあったから、籠を抱え、サンダルを履いて山道を。女湯って案内があったから行くと・・・ここで脱ぐの? 囲いもなにもないじゃない。


「ここから男湯の方が見えるさかい、恥しかったら、かがんだ方がエエかもや」


 かがむ、絶対にかがむ。嫁入りし損ねた体だけど見られたくない。エルはかがみながら脱いでたけど、二人は立ったままさらっと脱ぎ、


「加藤さんはあそこだよ」

「お~い」


 素っ裸で手を振るな。エルはトットと湯船に入ったけど、湯船から見える景色はまさに壮大。こんなところでお風呂に入っているのが信じられないよ。これは、


「ああ、よくある露天風呂とはちゃうな。まさに野天風呂や」


 そこから言われたのだけど、


「加藤さんはチャラけて見えるかもしれんがエエ男やで」

「友だち思いだし、とっても優しいよ」


 それはエルにもわかったつもり。ところで歯を折ったってなに?


「ああそれか・・・」


 杉田さんと六花さんは高校の時から相思相愛だったそうだけど、色んな経緯で杉田さんが六花さんを拒絶する状態だったそう。それを見かねた加藤さんが、わざと杉田さんを挑発して本音を引き出したんだって、


「相当な挑発でな、それこそ罵り倒して、いらんのやったら六花はもらうとまで言ったそうや」


 これに激怒した杉田さんが加藤さんを殴り倒して・・・


「ほんで歯が折れた」


 どれだけ罵ったんだろう? ちょっと待ってよ、加藤さんは喧嘩が強いのよ。馬籠の時だってヤンキー連中をあっという間にのしちゃったぐらい。


「そやから加藤さんは漢やいうたやろ。わざと挑発しただけやなく、そのまま殴らせたんや。そうでもせんと杉田さんは踏ん切りが付けられへんかってんや」

「歯が折れたのは計算外だってボヤいてたけど」


 でもさぁ、でもさぁ、加藤さんはカリスマ・モト・ブロガーだよ。女なんか選び放題じゃない。わざわざエルを選ぶかな。


「加藤さんはね、杉田さんのことを不器用な奴ってしてたけど」

「そやな加藤さんも相当やで」


 どうも理想の彼女と言うか、理想の彼女像みたいなのがあって、それ以外は最後のところでどうしても受け付けないそう。どんな彼女像なんだろう。


「気立てが良くて優しいやったかな」


 加藤さんもそう言ってたけど、高校時代の初恋の相手のことだよな。


「聞いてたんか。学校中の男が告白して蹴とばされた伝説の美少女らしいわ」


 ここなのよね。どう考えてもエルみたいな女じゃない。エルだって告白はされたけど、


『学校中の男からウソ告白された女』


 こうだものね。えらい違いだ。だったら加藤さんのタイプじゃなく、旅先のアバンチュールの相手にタマタマ選ばれただけだよな。


「コトリかって人を見る目はあるつもりや」


 そりゃ、あるでしょ。なければあんな世界的大企業の社長なんて出来ないもの。


「加藤さんの目はマジや」

「わたしもそうとしか見えないもの」


 だったらどうしたら、


「今晩一発やってみ」

「アバンチュールなら捨てられるし、真剣だったらヴァージンロードよ」


 あのな。人の体をなんだと思ってるのよ。そんなテストのために使うものじゃないでしょうが。そりゃ、元カレには馬のようにやらされたけど、あれだってやってるときは結ばれたいほど愛する人だったから。結果はやられ損みたいになったのは神棚に上げておく。


「やるやらへんはエルさんの判断や」

「セッティングだけはしておいたし、今晩が無理なら明日も明後日もあるよ」


 ちょ、ちょ、ちょっと待てい。一発やるまで加藤さんと相部屋にし続ける気か。


「相手の本性とか本音を確かめるのに一発は効果的よ」

「あれ以上の接近状態は難しいからな」


 あのねぇ、接近状態って言うけど、一発の時って接近状態じゃなくガシガシの密着状態じゃない。


「そうや体の芯まで貫かれてつながってるやんか」

「そこから男が果てるまでギッコンバッタンやるじゃない」


 女同士でもモロすぎるでしょうが。


「やってる間は熱中するけど、ポイントは男が果てた後よ」

「ああ、あそこの時間帯は男と女はかなりちゃうからな」


 そんなものをエルが知ってるわけが・・・ある。それまでの熱狂がウソのように醒めちゃうのよね。


「そこで男の本音を一番確認しやすいじゃない」

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