チェリーパークライン

 さてここからだけど、


「小諸まで行ってチェリーパークラインや」

「加藤さんよろしくね。コトリじゃ絶対に迷うから」

「聞こえとるで、絶対が余計じゃ」


 チェリーパークラインって可愛い名前だな。それにしてもここから軽井沢は近いんだ。つうか、こんなところに軽井沢ってあったんだ。


「軽井沢も中山道の宿場町の一つで、碓氷峠の手前の宿場町で栄えとったらしいで」


 最盛期には本陣と脇本陣合わせて五軒、旅籠は百軒近くあって、


「数百人の飯盛女が働いとったらしいで」


 飯盛女ってなんだと聞いたら、


「建前は旅人の給仕で、晩飯の時にご飯をよそおう仕事や」


 だから飯盛女か。建前と言うからには隠された実態でもあったの。


「夕食に飯盛ったら夜はベッドインや」


 あちゃ遊女のことか。まったく男って、


「言いたいことはわかるけど、世界最古の職業やし、時代でモノの価値観は変わる。今と同じ物指しで判断するのは危険やで。もっともコトリかて飯盛り女も遊女もゴメンや」


 エルだってそう。女にだって性欲はあるし、男に発情するけど、男みたいに相手が女であれば誰でも発情なんかするものか。女はね、愛する男にだけ発情するの。毎晩、毎晩、初めて会った男に発情なんか出来るもんじゃない。


「そんな女もおるかもしれんが、男に較べたら少ないのは言えるわな」


 そんな女がなんかいるものかって言いたいけど、カンナは近そうな気がする。そうじゃなければ姉の婚約者を寝取ったりするものか。そもそもブランド品が欲しいだけで、二股も三股もかけるのが信じられない。


 それもだよ、股開いてるだけじゃない。ベッドで相手の男をメロメロにさせてるんだもの。そうしないと貢がせるのが難しいのはわかるけど、あんなもの体売ってるのと同じじゃないの。そうよ、やらせてカネもらってるようなもの。


 そりゃさ、他人の勝手だし、自分の股を誰に開こうが文句言われる筋合いはないかもしれないけど、カンナは開き過ぎ。男だってヤリチンは軽蔑されるけど、女だってヤリマンは・・・それなのにクソッ、結婚しやがった。



 カンナのことはどうでも良い。思いだしたらまた腹立ってきた。あんまり腹立てると事故しちゃうものね、しばらく浅間サンラインを走るとチェリーパークラインのスタート地点らしきところに来たけど、


「エルさんのSRやったらキツイやろから、加藤さん任せたで」

「もちろんでっさ」


 どういうこと。これから山を登るのはわかるけど、キツイのは小型である二人のバイクじゃない。コトリさんが先導で走り始めたけど、これはキツイよ。カーブはヘアピンみたいになってるし、なによりすごい登り。三速じゃ間に合わないとこがあるもの。


 路面も良くないな。バンピーって言うのかな、あっちこっちひび割れてるし、そこがギャップでバイクが跳ねるじゃない。こういう路面は雪国ならある程度仕方がないのだって。やっぱり雪で路面が傷むのは早いで良さそう。


 SRもカーブ、それもヘアピンみたいな急カーブは苦手そう。美ヶ原高原美術館からの下りのヘアピンも怖かったもの。もちろんエルだってバイクを乗り始めて日が浅いから下手なのは認めるけど、それにしてもの道だ。


 それと路面も荒れてるところはあるけど、なんなのよあのタイヤ痕の跡、跡、跡。急カーブのブレーキ痕とかスリップ痕なのはエルでもわかるけど、半端じゃないぐらいあるじゃない。


「走り屋が多いんでっしゃろ」


 よくこんなところで、あんなタイヤ痕が残るぐらいの猛スピードで走れるものだ。命が惜しくないのかねぇ。


「死んだら元も子もありまへんけど、若い時はこれぐらいするのは多いでっせ」


 だから暴走族みたいなのがいるぐらいは知ってるし、馬籠で絡まれたのもそういう連中の片割れみたいなもんだろ。


「それはそうでんねんけど、モータースポーツはちょっと毛色が違いまっから」


 どういうこと? 暴走族とレーサーが違うぐらいはわかるけど、レーサーがぶっ飛ばすのはサーキットじゃない。サーキットで転倒しても危険だけど、転倒しても良いようにあれこれ配慮してあるのがサーキットでしょ。レーサーはそんなサーキットで練習して・・・


「そない言いまけっどサーキットの数なんかしれてまんがな、それにサーキットに行くまでのレベルに練習するとこなんかありまへん」


 加えてサーキット走行も安くないそう。若者ならサーキットを走れるバイクを買うだけでローンを組む羽目になるものね。


「それとサーキットのレースならまだサーキットで練習できまっけど、ラリーなんか練習するとこもありまへんがな」


 たしかに。


「エエ悪いは別にして、こういうとこで頭角を現した奴がレースの世界に飛び込んで行くのは日本だけでなく、世界中一緒でんねん」


 ここでタイヤ痕を残している者の中に世界に羽ばたくレーサーが出てくるところもあるのか。ほとんどは走り屋とか暴走族で終わるのだろうけど、


「他の競技やったら、体育館とかグランドでやってる練習で終わるのと似たようなものですわ」


 なるほどね。加藤さんが言うには、暴走族みたいな存在はモータースポーツの必要悪と言うか、負の側面みたいなところで、


「そやから日本ではバイクはどこまで行っても日陰者でんねん」


 もちろんレーサーを目指すのがバイクに乗る最終目的じゃないとしてた。のんびりツーリングするのも誰に恥じるものは無いだって。だけど若者なら誰でも一度はスピードの世界に憧れない方が不自然ともしてた。


「どうしても暴走族の負の側面が強調されてまうけど、こうやって峠を走るのもバイクの楽しみ方の一つでんねん」


 そういうことか。バイク乗りがのんびりツーリングしか認められない世界もイビツかも。さすがはカリスマ・モトブロガーだ。それはそうと、あの二人のバイクはなんなのよ。あっと言う間に見えなくなっちゃった。


 この急坂だよ、バイクの腕が劣るのは認めるけど、こういうところはパワーが絶対のはず。エルも飛ばす気はないけど、付いても行けないのは不思議過ぎる。


「ああそれでっか。杉田が石鎚スカイラインで振り切られてますわ」


 なんだって! 杉田さんはモトブロガーでもあるけどプロのレーサーだよ。五十CCのスクーターにでも乗ってたの。


「リッターのスーパースポーツですわ。わても一度追いかけた事がありまっけど、あっさり振り切られましたわ」


 なんなのよそれって。


「あんまり詳しくは話せまへんけど、見た目はノーマルに近いでっけど、中身はモンスターどころやあらへん」


 加藤さんも一度だけ乗らせてもらった事があるそうだけど、とにかく走らせにくいバイクで、エンジンをかけるだけで一苦労だったそう。言われてみればあの二人のバイクはなぜかキックだった。


 走りだした後もクラッチがとにかく神経質で、ビックリするぐらい低速トルクがスカスカですぐにエンストを起こしてしまうのだそう。その代わり、


「ちょっとでもスロットルを開ければロケットエンジンみたいにドッカンでんねん。死ぬかと思いましたわ」


 加藤さんが言うにはレース用のエンジンみたいな超高回転仕様で、


「電動チャリなみに軽いんですわ」


 はぁ、バイクがそんなに軽いわけないじゃない。いくら小型バイクでも百キロぐらいはあるはずだ。それにだよ、どう見たってほぼノーマルじゃない。


「そうとしか見えまへんけど、とにかくモンスターでんねん」


 そんな話をする余裕も無くなるぐらいにエルはなっちゃった。ヒーコラ言いながら走っていると、


「ちょっと一休みしまひょ」


 路側の広いところがあって、展望所もどきになってる感じかな。うゎ、こんなに上がって来てるんだ。街があんなに小さく見えるじゃない。あっちに見えるのが美ヶ原かも。こんな絶景ロードだったんだ。そこから間もなく、


「あそこで待ってくれてますわ」


 ホントだ、手を振ってくれてる。まったくエライ目にあったよ。なるほど、こんなところにホテルがあるんだ。今日の宿はここだな。だって高峰高原ホテル、標高二千メートル、雲上の宿ってなってるもの。今日は良く走ったよ。

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