《ツギハグ編》Part1

[前回のあらすじ]

 泥姫に追い詰められていた俺は死を覚悟するも、突如飛んできた矢にギリギリのところで救出される。矢を射ったチカという少年は俺に異世界人の秘密やこの世界のことを熱心に教えてくれて、その上で『刻印装置』の破壊を求めてきた。年下に情けない姿を見せられない俺はこれを快諾(?)して、チカと共に改めて城を目指すのだった。



「急いでください、見つかりますよ!」

「すっ、すまない」

洞窟から出てかれこれ20分は山道を進んだが一向に城は見えない、それどころか先に進むチカの姿さえ見失いそうになるほどだ。と言うのも万年帰宅部で登下校はバスだった俺と日々を魔物と隣り合わせで過ごしてきた彼とでは運動能力のケタが違うらしく、彼の影を踏むことすら出来ない。こうしてさっき見せた年上としての見栄は風化したメッキのようにベリベリと剥がれていくのだった。

「しかしチカは凄いな、弓も背負ってるのに」

「慣れですよこんなの」

何て謙虚な子だ、年齢こそ若いが俺なんかより遥かに成熟している。

深く感心しているとチカが「止まってください」と小声で叫ぶ。

 

「どうした?」

「ツギハグです」

『ツギハグ?』俺は茂みの隙間からチカと同じように目を覗かせる。するとそこには背の低い小さな子供が黄色いレインコートを着て木に向かってナイフを振り下ろしていた。

「魔物なのか?」

「はい、しかも今一番会いたくない奴です」

ナイフで木を切る奴なんて今じゃなくても会いたくないが、まぁロクな奴じゃないことは確かだ。しかし後ろ姿だけでイマイチどんな顔か見えないな。どれ、もうちょっと角度をつけて見れば

「ヒッ!?」

「ちょっと、バレますよ!」

急いでチカに口をふさがれる。幸いツギハグはかなり集中しているようで変わらずにナイフを振り続けていた。

「あ、あれ。あれ」

「最初はビックリしますよね。アレは」

レインコートの中に隠されていた顔はバラバラの皮膚が青白く染色された後で無理やり縫い付けられたような、まさしくチグハグなツギハギ。そしてそこに真っ赤な目がクリクリと動くことで絵に描いたような魔物っぷりを顔全体で表していた。泥姫は人型だとほぼ人間だったがアレは初見でも人外だと分かる。

「最初に会ったのがアイツだったら多分」

「うっ、考えたくもない」

俺たちは息を殺してソッと茂みを通り過ぎる。この時、俺は恐怖でツギハグからは出来るだけ目を逸らして進んだ。だから気が付かなかった、奴が木を切りつけていたナイフの反射で後ろにいた俺たちを見ていたことに。



空が少しづつ夜の準備を始めた頃、チカの提案により俺達は洞穴で休息を取っていた。

「夜は視界も狭まって危険ですからね、ここで夜明けを待ちましょう」

「あぁ、今日は疲れた」

思えば村人に頼み事されたり泥姫にボコられたりと多難な一日だった。

『お疲れ様、俺』

自分で自分を褒めながら地面にへたり込む。

「チカもゆっくり休みなよ」

「いえ、自分は入り口で見張りをしてます」

「え?」

チカは弓を背中から手に持つとキビキビと入口に歩き始めた。

「ちょっとちょっと!君だって少しは」

「大丈夫です、自分は補佐なので」

大丈夫な理由になってないが、チカは矢筒から矢を引き抜いて見張る気満々だ。成長期の睡眠は非常に大切だというのに。というか年下に見張りなんてやらせたら申し訳なさで胸がいっぱいになり休もうにも休めない。

『何かチカを引き留める方法は』

「あっ!!」

「ん、どうしました?」

チカが足を止めて振り返る。

「いや、お返ししたいな~と思って」

「お返し?」

「そう、泥姫から助けてくれた後この世界について色々教えてくれただろ?だからさ、俺の居た世界のことも教えてあげたいなって」

「貴方の居た世界?」

「あぁ、つまり君にとっての異世界!」


『どうだ!!?』チカの顔をソ~っと見た。

「異世界、異世界かぁ」

キタキタキタ、明らかに興味を持っている。

「まぁ座って。そうだな、まずは美味しいお菓子の話とか?」

「お菓子!」

チカはパァっと目を明るくして俺の目の前に座り込む、その様子は俺と会って初めての年相応の行動だった。

「いい?まずクレープってのがあってだね」

「はい!」


『色んな果物が』『果物なんて少ししか』『クリームっていう』『甘い泡ですか?』『それを生地で』『へぇ!包むと』『色んな種類が』『自分は甘いのがいいです』『はは、俺もだ』・・・


「す~っ」

「眠ったか」

チカはすっかり寝息を立てて地面に転がり込んでいた。

「やっぱり疲れてたんだな」

その寝顔はやっぱり子供で、口からヨダレが垂れているのを見るにきっとクレープの夢でも見ているに違いない。

『さて、俺も寝るか』そう思い横になったその時、グゥ~~とお腹が鳴った。

「お腹すいた」

思えば何も食べて無い、ことも無い。実はここに来る途中でチカが「これ食べれるんですよ」と言って木からリンゴのパチモンみたいなのをくれたことがある。が、小さいうえに味もスイカの白い部分みたいなだったのでその時はあまり食べなかったのだ。

『今なら美味しく食べられる気がする』

そう、空腹こそが最高のスパイス。俺はその木の実を探そうと洞穴の外に出ることにした。


外は冷たい空気が漂ってすっかり夜の世界だったが、月光が辺りを照らして思ったほど暗くはない。

『異世界にも月ってあるんだ』

月だけじゃない、星もきらきらと輝いてまさに宝石のようだ。

「綺麗だなぁ」

「嬉しい、私のこと?」


俺は後ろをチラ見した後、何も考えず全力で足を振って走った。なぜならそこにいたのは『黄色のレインコートを着た少女』つまり

「ツギハグ」

「あれ、何で名前知ってるの?」

隣を見る。そこには平然とした顔で全力疾走の俺と並走するツギハグの姿があった。

「うわぁ!?」

驚いてる隙に足を掛けられて盛大にスッ転ぶ。

「いッ!」

「えへへ、転んじゃったね」

ドスッ!と長靴で手の甲を踏みつけられて立てなくなる。しかし魔物とはいえまだ子供、無理やりにでも引っこ抜いて

「っ!?」

「どうしたの?お腹痛いの?」

『全然動かない!?』

長靴から伸びる足は鹿足のごとく細いのに、まるで巨大な岩石にでも押さえつけられているかのように手はびくともしない。驚く俺の傍らにツギハグは尻をつけずに座り込んだ。

「お兄さん見ない顔だね、どこの村?」

「離してくれたら教える」

「えぇ~、ケチんぼ」

そう言うとツギハグは足をヒョイと戻して、ニタニタと笑った。

「これで良い?」

「ありがとう。俺はえっと、あっちの方の村だよ」

俺はテキトーに顎をクイッとした。

「あっち?マル村とか」

「おぉ、そうそう大当たり」

ツギハグはパァと顔を嬉しそうにする。その時、ふと月光が彼女を照らしてその顔を改めてまじまじと見ることになった。


その顔は前に見たときと同じで、青白く染色された血の通ってない皮膚がデタラメに接ぎ合わされてパッチワークキルトようになっていた。そしてそこに付いた真っ赤な瞳が獲物を追い詰めた獣じみてギラギラと光りながら俺を見下ろす。

しかし近くで見て初めて気付いたこともある。まぶたから伸びたまつ毛は凛として長く、目そのものもパッチリと大きい。鼻筋はしっかりと通っており、幼顔ながら将来の美貌を感じさせるほど整っていた。

『普通に可愛い、だからこそチグハグな肌や鮮血のような目が一層不気味に見えるのだが』

「お兄さん?」

ハッと我に返る。

「頭大丈夫?」

ツギハグは頭をコテッとさせて本当に心配そうにこちらを見つめる。

「あ、あぁ。全然大丈夫だ」

あれ?普通に話が出来るぞこの子。少なくとも前会った泥姫なんかよりずっと


「良かった!じゃあ剥ぐね」

最高速の前言撤回、こりぁあイかれてる。

ツギハグがレインコートの袖中に手を引っ込めると、さっきまで何も握ってなかった手にナイフが握られて再び手が外に出てくる。銀色の刃が夜を反射してキラリと光り、その楽しそうに笑う口元を映した。

「んふふ、じゃあ服から剥ぎましょうね~」

まるで『おままごと』してるときのお母さん役みたいな声で、ナイフで俺の服にスッと切り込んでいく。

「あ、うお」

ナイフの冷たさが皮膚に伝わってそれがツーっとツギハグの手に合わせて移動していった。

「安心して、この子は私の切りたい部分しか切らないから」

ツギハグの言葉通り、ナイフは俺の背中を通ったにも関わらず肌は全く切れてない。ただ服だけを切り裂いて切れた布が地面にハラハラと落ちていった。

「嘘だぁ」

「えへ、凄いでしょ」

露呈した肌にツギハグは体を寄せ付ける。


「あったかいなぁ」

『やばい、完全に油断していた』

このままではバラバラにされて殺される。俺は腕を何とか前に伸ばして木の実を取るために持ってきたナイフを掴んだ。

『こんな幼女相手に気が引けるが、すまない!』

俺はそのナイフをツギハグに見せながら叫ぶ。

「おい!刺すぞ!本当に刺すぞ!!」

「んう?」

「刺されたくなかったらどけっ!」

「へ~?」

ツギハグは座ったままフラフラと体を揺らして「ん~」と人差し指をほっぺに当てる。

「や・だ」

「何ぃ?」

「だってお兄さん、何だかおもしろーーいもん!」

そう言ってにやにや笑うと、レインコートのボタンに指をかけて上から外していくツギハグ。

「!?」

そうやって脱がれたレインコートの下は、肌着なんかも一切着ていない素肌、裸であった。しかし予想通りと言うべきか顔と同じようにツギハギでいたるところに縫い目があり、一見は余り布で縫われた趣味の悪いカーテンだ。が、幼女の裸、不気味な縫い目、それだけのものがありながら俺の目は全く別の部分に奪われていた。

「タトゥー?」

胸のど真ん中、胸骨の部分にツギハグの目と同じような真っ赤な色でリンゴサイズの魔法陣らしきものが書かれていた。

「どーう?カッコイイでしょ?」

ツギハグは手を後ろに回して体を「えっへん!」と反らす。

「コアなんだー、私の」

「コア!」

チカが言っていた泥姫にもあったコア。泥姫にとってコアはかなりの弱点だった、ということは。

『ツギハグの弱点!かもってことか!?』

「いやん、そんなじろじろ見ないでよ」

「あっ、いや。その」

そう言われて俺は初めて意識してしまう。魔物とはいえ女性の裸、見つめていいものじゃない。そう思って急いで目を逸らす。


「ん、お兄さん。珍しいね」

「え?」

ツギハグが逸らされた俺の頭を掴んで無理やりグイと戻す。

「え、ちょっ」

「赤くなってやんの」

そして掴んだ頭をそのまま剛力で持ち上げると、ムニッと自分の胸に押し当てた。

「やっ!?」

「熱くもなってる」

顔にツギハグの体が当たる。縫われた糸の感触、ちょっぴり冷たい肌の温度、何より柔らかいぷにぷにの胸とその内に肋骨が有る感。

『うわぁ、うわぁ。うぅ』

俺はロリコンではない。断じて。ただこれは特例だ、許してほしい。ムズムズする。

「おかしいなぁ、ここら辺の人はもう恐怖心しか残ってないと思ったんだけど」

ツギハグはそのまん丸で赤い目で俺を見つめる。するとその時だった。


「みぃつけた~~あぁ」

茂みの奥から最悪な、ロクでもない声が聞こえる。

がさごそ、がさごそ。ずるずるずると這い出てきたのは、もちろん泥の塊だった。

「あ、泥姫だ」

「ふひ、ツギハグぅ。コンバンワ」

泥姫は人の形を成すと首を横に傾けて挨拶する。そして

「ねぇ、突然だけどその子さぁ。私貰ってもいい?」

と言って俺を指さした。

「え~、何で~?」

「その子にねぇ、借りがあるの。出来れば付き添いの子も一緒に欲しいなぁ」

『!?』マズイ、チカのこともバレてるっぽい。このままじゃ2人揃ってグチャボコにされてしまう、どうにかこの現状を打開する方法は!

「あ、待ってください。自分、異世界人ッス」

「え?」

「あっ」

「自分、異世界から来たッス」


流れる沈黙、凍る空気。最初に口を開いたのは

「ふふ、なるほど~」

ツギハグだった。ツギハグは口だけをニンマリさせて瞳孔の開き切ったその目で俺を取り込むように見つめる。

「どうりでウブな反応するな~と」

「ちぃ、余計なこと言っちゃって」

そう言って俺をギロリと睨む泥姫、ざまぁ見ろ。

「ツギハグ、さっさとその子を渡しなさい。さもないとぉ」

「さもないとなーに?私コドモだからわかんなーい」

ぷいっと明後日の方角に首を振るツギハグ。

「大根役者が、私より年上のクセにぃ」

「へ~?ん~?」

「はんッ、まぁいいわぁ。この狩場で魔物同士がぶつかったら、どうするか覚えてるわよねぇ?」

「ほえ、まさか私と戦うの?おごるね~、ドロダンゴが」

「そのままほざいててぇ、元のバラバラ皮膚に戻すからぁ」

ツギハグは立ち上がってナイフをくるくる回すと逆手持ちにして極端なまでの前傾姿勢で構える。

泥姫は前から数本の腕を生やしてそれぞれがウネウネと動く。

俺は隙を見て逃げようとする。が、「「動いたら」」「バラす」「蹴る」と言われてすくみ上がり、地面にガクッと肩を落とした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異界!逆レ地獄! ポロポロ五月雨 @PURUPURUCHAGAMA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る