第3話《泥姫編》Part3

[前回のあらすじ]

 泥姫に捕まり、抵抗虚しくボコボコに蹴られまくった俺。しかも不運なことにその最中、服がめくれて刻印が無いことがばれてしまう。このままじゃマズイ、そう思う俺に対して泥姫はとんでもないことを口走った。



「異世界から来たの?」

「!?」

体中が痛くて立つことすらままならない状態でも脳は働き、今の発言について考えを巡らせる。今、泥姫は『異世界』と言った。泥姫から見た『異世界』が元々いた世界だとするなら確かに俺は異世界から来たことになるが、なぜ泥姫は『異世界』の存在を知ってるんだ?こっちでは異世界からの迷子なんてザラにいるってことなのか?分からないが、もしそうだとするのなら『泥姫は異世界からの帰り方を知ってる可能性がある』


「ねぇねぇ、ちゃんと答えて。君、異世界から来たの?」

倒れている俺の傍らで泥姫が質問する。その目は先ほどよりも見開き、何だか呼吸も荒くなっていた。

「答えないとまた蹴るよぉ」

足を俺に乗せてゆっくりと力を込めていく。蹴りがトラウマになってしまった俺は我ながら情けない声で

「きっ、来ました。異世界から来ました」と叫んだ。

あぁ、きっとコイツは馬鹿にして笑うだろう、さっきみたいに高らかに。

しかしどれほど身構えてもそんな声は聞こえてこなかった。代わりに聞こえてきたのは恍惚とした、細かく震えた声。

「ついに巡って来た、ようやく私も」

いや声だけじゃない、よく見ると体も震えていて内なる興奮を必死に押さえつけているように見える。さらに指をかじり始め、ついにはその場にへたり込んだ。


「落ち着け、落ち着け私ぃ。落ち着いて」

ぶつぶつと言葉をつぶやいている。

『何、何なんだよ一体?』

明らかにさっきまでの蹴っていた時とはテンションが違う。それが俺にはどうしようもなく恐ろしく、再度この生き物は人の形をした人以外の生き物なんだと理解した。そして


そんな泥姫を一本の矢が貫く。

「んッ!?」

「今です!走ってください!」

突然の事態に頭が回らない。だが泥姫の向こう、茂みの奥に振られる手が見えたとき、俺は痛みも何もかもを無視してその方角に全力で疾走。

『この場から離れられるなら何でもいい!』というのが素直な感想である。

恐ろしくて泥姫の方など振り返れるはずもなくただ無我夢中で走った。すると真っ直ぐひたすらに走り続けたところで大きな洞窟が目に入る

「早く中へ!」

俺は今にもねじ切れそうな肺を叩いて洞窟の中へと滑り込んだ。


「っはぁ、はぁ」

洞窟の中に入ると我慢できず、倒れるように地面に突っ伏した。

「待ってください、休憩よりも先に泥の確認を」

「あっ、ど、泥」

言われるがまま暗がりで目を凝らし、肌をさすって確かめる。

「だっ、大丈夫大丈夫」

「靴の中も確認しましたか?」

「靴も、おっけー。大丈夫」

ゼェゼェ息を吐きながら声に返事をする。

「分かりました。では洞窟の奥へ」

声は男とも女とも取れる中性的な声で、多分年下。考えてもみればこの時点で声が魔物である可能性を疑うべきなんだろうけど、酸欠でボロボロの俺にそんな余力は残されていなかった。

壁に手をついて、満身創痍でよろよろと洞窟の奥へ、

するとそこには最初に村で会ったような中学生くらいの子が、背中に弓を掛けて石の上に正座していた。


「ごめんなさい、無理をさせてしまって」

その子は礼儀正しくペコリと頭を下げる。

「いや、お陰で助かったよ」

息を整えてお礼を言うと、彼?は「無事でよかったです」とにっこり笑った。

「とりあえずお座りになってください。話はそれからにしましょう」

「待った、確認したいことがある」

ここでようやく目の前の子が魔物じゃないかという考えに至る。そこで

「刻印を見せてくれないか?」と言った。

村人たちの話やさっきの泥姫に刻印が無いことを考えると、刻印はこの狩場の『狩られる側』にしか付いてないはず。ならばその刻印があれば少なくとも魔物ではない。と思う

「なるほど、確かにそうですね」

俺の発言を聞き、その子は服をペラッとめくる。中性的なその見た目も相まってアダルトな感じがするが、その脇腹には村で見たのと同じ印がしっかりと刻まれていた。


「ありがとう。もう大丈夫」

俺は壁にもたれながら地面に座る。

「信用してもらえたのなら幸いです」

彼は服を戻しながら頷く。

「それで、君はどうして俺を」

「あ、自分はチカと言います。よろしくお願いします」

「あぁ、よろしく」

俺はチカに軽く頭を下げた。そして肝心のところを質問する。

「それでチカ、どうして俺を助けてくれたんだ?刻印がある君にとって、魔物に矢を射るのは相当のリスクなハズだ」

するとチカは真っ直ぐとこちらを見つめて

「はい、それは貴方が異世界から来た人だからです」

と言い放った。


「異世界人を魔物に犯させるわけにはいかないのです」

「えっと、う~ん」

様々な質問が頭をめぐるが、一つ一つ聞いていこう。

「こっちじゃ異世界人ってのは普通?」

「いえ、しかし数百年に一度必ず来ます」

「数百年に一度?」

「前回確認されたのは500年ほど前です」

「500年!?それは普通じゃないな」

「はい、自分も言い伝えでしか聞いたことがありませんでした」

チカは膝の上に握った拳を置く。

「もし言い伝えの通りなら貴方を魔物に犯させるわけにはいきません」

「その、さっきも言ってたけど異世界人が魔物に犯されると何かあるのか?」

「それは」

膝上で握られていた拳がさらに強く握られ、チカは顔をしかめて話し始めた。

「異世界人の『セイ』を受けた魔物は一度目に筋力を、二度目に魔力を、三度目に不死の力を得るのです」

「『セイ』?」

「精液のことです」

俺はおでこを叩いた。突然そういうことを言われると逆に気が動転しそうになる。

「三度精液を受けた魔物はその力を持ってして世界を永劫支配すると言われています」

「言われていますってことは迷信なんじゃないのか?」

「確かに三つ目の不死の力に関しては迷信かもしれません、しかし」

チカは視線を地面へと向けた。


「500年前に来た異世界人を二度犯した魔物がいるのです。そいつは強大な力で世界中を支配し、僅かに残っていた人の国を一つ残らず滅ぼしたのです」

「そんなことが」

「この狩場も元々は国だったと聞きます」

「え!?この山岳地帯が?」

どれほどの国があったかは知らないがそんな気配微塵だって感じなかった。

「この狩場の人々はその国に住んでいた人々の子孫だとも聞きました」

「なるほどな、そんな国を滅ぼす力に不死が加われば確かに世界を永劫支配出来そうだ」

「はい、そうなっては今よりもっと過酷な生活を強いられるでしょう。魔物は基本的に人間を性処理の道具としか思ってませんから」

それはさっきの泥姫を見ていれば分かる。まだ一匹しか見てないから強くは言えないが、魔物全員があの態度なら過酷どころか殺されてもおかしくない。


「でも何で俺が異世界から来たって分かったんだ?」

「自分の場合はシカク村からの手紙で分かりました」

「シカク村?」

「おそらく貴方が最初に訪れた村です」

老人やらゴリやらがいた村、シカク村って名前だったのか。

「手紙には『ついに隣国から使者が来た』と書いてありました、その使者には刻印が無いことも。それで僕の村でおかしいということになったんです」

「おかしい?」

「はい、自分の村では隣国なんて無いと皆分かっていましたから」

泥姫はシカク村のことを『希望を許された村』と言っていた。確かに他の真実を知っている村からすれば隣国から手紙が来たなんておかしいと分かる。

「そこからもしかして『異世界人』じゃないかという話になりまして、観察してたら貴方が『異世界から来ました』って叫ぶのを聞いたので助け出しました」

「うっ、聞かれてたのか。あの情けない叫び」

「魔物に襲われたら普通あんなものですよ」

チカの温かいフォローに涙、すると同時に暗い疑念が生じる。


『もしかして俺のこと消しに来た?』

今の話が本当なら俺は魔物に力を与えるただの栄養剤。チカ達からすればとんでもなく邪魔な存在なんじゃないか?だとしたら今ここで消されても

「あの、もしかして傷が痛みますか?」

チカが心配そうにこちらをうかがう。

「うへっ!?あ、いやそんなこと」

肩をビクッ!と揺らす。

「無理なさらないでください。今手当てして差し上げます」

チカは立ち上がると岩陰に置いてあった包帯やらを持ってこちらに寄って来た。

「あ、ああ。いや大丈夫だよ。全然痛くないから」

疑いが心に影を落とし、善意さえも黒く見える。そんな俺を見てか、チカは目を伏せ

「やっぱり疑わしいですよね。ごめんなさい」

と言って立ち止まった。


「刻印なんていくらでも偽装できますもんね」

「あっ、いや。そういうワケじゃなくて」

「?」

明らかにしょんぼりするチカがいたたまれず、うっかり声に出してしまう。

「その、俺ってスゲー迷惑な存在だなって思って」

ものすごく遠回しな言い方で伝わったかは定かでないが、チカはハッとした顔で「そんなことないですよ!」と手をブンブンさせた。

「むしろ自分は貴方の補佐役としてここに来たんですよ」

「補佐役?」

チカは手と同じ勢いで頭をブンブンさせて頷く。

「異世界人と言えど貴方に刻印が無いのも事実。つまりこの狩場で城の装置を壊せるのは貴方だけなんです」

「つ、つまり補佐って俺が装置を壊す補佐ってこと?」

「そうです!」

チカは明るく返事する。『良かった、どうやら殺されることは無いらしい』が、やはり城には行かないとダメなのか。

「ありがとう、心強いよ」と精一杯の強がり。

「はい!というわけでまずは手当てからしましょう」

「あぁ、確かにそうだな」


チカは再び包帯やらを持ってこちらに寄って来る。

そして袖をまくると手に持っていた木箱をパカッと開けて、中に入っていた軟膏を自分の指に取った。

「あ、自分で塗るから大丈夫」

「いえ、補佐役ですから!」

そう言って俺の傷口にそっと指をこすらせる。

「っ!」

「ごめんなさい。我慢してくださいね」

赤く擦れた部分に次々と塗り込んでいき、ひどいところにはガーゼを貼る。

「魔物が置いて行くんですよ、医薬品。死なれちゃ困るって」

「死なれちゃ困る、か」

「オモチャは長持ちするに越したことないですから」

チカは悲しそうに笑って木箱のふたを閉める。

「でも骨折とかは無くて良かったです。骨は治るのに時間がかかるので」

「一応手加減してくれてたのかな、あの魔物」

「泥姫ですよね?確かにそうかもしれません。アレはかなり遊びたがりですから」

「あ、そうだ。そういえば」

俺はふと思い出したことを話す。


「俺がナイフ刺した時には全然効いてなかったのに、君の矢が刺さったときにはアイツかなり苦しそうだった。何か弱点でもあるのか?」

「あ~、あれはコアの近くに刺さったからですね」

「コア?」

チカは「ん~」と唸って

「泥姫を泥姫たらしめる物、みたいな?」と言った。

「本体的なことか」

「あっ、そうですソレです」

そんなものがあったのか。思えば最初に捕まったときの蹴りもコアの近くに当たったから効いたのか?

「でも倒そうなんて考えちゃダメですよ。アイツは抵抗する人間にキビシイですから」

「確かに、厳しかった」

思い出しても恐ろしい。あんな魔物が他にいると考えるだけで震えが止まらなくなる、しかし


「よし、手当てありがとう。そろそろ行くよ」

年下の前でそんな醜態を晒すわけにはいかない。己を鼓舞して俺は立ち上がる。

「はい、一緒に頑張りましょう!」

「本当に来てくれるのか?別に嫌なら」

「いえいえ、貴方一人に背負わせるわけにはいきませんから」

チカはドンと胸を叩く。「それに弓には自信があるんです」

「それなら改めて、よろしく頼む」

「はい!よろしくお願いします!」


俺たちは固く握手を交わし、辺りを超警戒しながら洞窟を出た。

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