第52話 楽しくはない話の始まり

 次兄エリックはフィスパー伯爵家の者が面白いと言った。一体何が面白いのか不明だが、そもそもフィスパー伯爵家というのはどこの家かあまり記憶に無い――と、いうことは爵位が伯爵ではあるが、前世の記憶には無いし現世でも知識として入ってないということは、まぁ、そういうことだ。


「で、何が面白かったのです?」


 と、姉がそう言うと、兄は鼻を鳴らすように楽し気な雰囲気を見せる――なんとも焦らすのは意味が無いと思うが、そこは性格的な問題なのだろう。などと私が考えていると兄の声が聴こえる。


「ローズとイリーナはどう予想するかなって思ったんだけど、早く聞きたいという雰囲気がするなぁ。ふむ、仕方ない――」

「さっさと、話してくださいませ」


 私と姉はハモってそう言うと兄は大きな溜息を吐く。


「キミ達は本当にそっくりだな。ともかく、まず妹達はフィスパー伯爵家という家のことを知っているかい?」

「私は知りません。お姉様は知っていて?」

「ん~、南方の小領にそんな名前があったような……くらいしか分からないわ。お兄様は当然知っているのでしょうね?」


 そう訊くと兄は「まぁね」と、楽し気にそう言った。


「ローズの言う通り南方の小領で家自体も結構古い。まぁ、残念ながらニーディル公領とシェセスタ公領に挟まれている所為で知っている者達からは蝙蝠貴族とか言われているそうだ」


 因みに南方と言う場合は辺境領よりも北側にあり、王都から見て南方という意味で、北方の領主達からは王都より南であれば南方、南方隣国近辺だと辺境という感じで、これはかなり古い風習だ。


 なお、ニーディル公爵はバリバリの貴族派でシェセスタ公爵は王権派として名があがる――なのだが、そう言えばリリアンヌが言っていた事を思い出す。私が休んでいる間に某王子に諫言して今は学園にも来ずに引き籠っているのはシェセスタ公爵家の令嬢だったハズだ。


「まぁ、その蝙蝠貴族としてもあまり目立っていないが未だに伯爵家を維持しているフィスパー伯爵家――これも私の学友であったので知らぬ仲では無いのだが、なんと、なんとだよ。彼が何故か御者をしていてね」

「それは何とも珍妙な話ですね」


 確かにそうだ。我が兄は私達をただ驚かす為だけに御者の真似事をしているというのに――いや、そういった可能性もあるのか?


「理由を聞いたのだが、どうやら随分と家の方が貧困に困っているようだ。まさか、知り合いが御者として現れるとは向こうも思っていなかったようだね」

「因みにですが、ご兄弟が他の学年に?」

「そうらしいよ。イリーナとは一学年上になるのかな。去年は家の方でもかなり無理をして馬車を出していたらしいが、今年からは自分がと言って妹だったかな……その送り迎えをしているらしい」


 なんとも、それは大変だろう。まぁ、家にもよるだろうけど、我が家に関しては兄が後を継ぐことが確定していて、よっぽどの事が無い限り次兄エリックに何かお鉢が回ってくることは無い。そして、次兄も色々と活動をしているようだけど、どちらかと言うと我が家の諜報員の一人みたいな立ち位置らしい――詳しくは知らないけれど、メルビーからの情報だ。


「で、結局何が面白い話なのかしら?」


 と、我が姉は口を尖らせてそう言った。確かにお涙頂戴な話が面白い話とは少し違うだろう。たぶんだが、これは事前情報的な話で本題はこれからということだと思うが、我が姉はさっさと話せと言わんばかりだ。


「ローズはせっかちだなぁ。でね、今シェセスタ公爵家が随分と危ない状況らしい。場合によっては内戦もあり得る程の話だ」


 うん、面白く無い話だ。全く、面白く無い――どうやら、私が数日学園を休んでいる間に起こった事が原因なのは間違いないだろう。しかし、内戦に発展するほどの事だろうか?


「シェセスタ公爵家のご令嬢が本日あったカリート侯爵令嬢の件と同じような事があったと聞いたのですが、その件でしょうか?」


 私の言葉に姉は「あぁ~」と、不思議な声を上げるが兄がすぐに返事をする。


「原因はそれだけでは無いようだ。シェセスタ公爵が先日、王宮に赴き、王に例の件で文句を言ったらしい。まぁ、そこで何やらあった事でシェセスタ公爵は青い顔をして屋敷に帰ったそうだ。しかし、昨日だったかに王都の屋敷から自領へ向かったそうだ」

「そこで、フィスパー伯爵家がどう絡んでくるのですか?」


 と、私が言うと我が姉も「確かにそうね――まぁ、想像はつくけど」と、言った。まぁ、私も想像は付くのだがそこは訊いておかないといけないところだ。


「まぁ、簡単な話からしておこうか、ニーディル公爵はバリバリの改革派急先鋒という感じでシェセスタ公爵家は王家絶対って感じの王権派の重鎮。特に平和になった20年くらいはフィスパー伯爵はシェセスタ公爵べったりって感じで存続することが許されていた超が付く貧乏伯爵家ってわけさ」

「でも、シェセスタ公爵が王家と揉めるとニーディル公爵は喜ぶので無いですか?」


 我が姉も私の言葉にウンウンと頷いている。しかし、兄は「それがそうとも言えないのさ」と、楽し気に返して来るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る