第51話 困惑する者

「――まぁ、我が家で貴女の面倒を見てあげましょう。それくらいはお安い御用だし、今の貴族達はデュラディス家という存在はあって無いモノ。権力争いからは外れた存在として認識するでしょう」


 と、エヴィリーナ嬢はそう言い終えて満足気に微笑んだ。しかし、リリアンヌからすれば困惑するしかない話だった。


「お姉様。私が後ろ盾になった方が丸く収まるのでは無くって?」


 ヴィルヘルミーナ嬢がここに来て口を開く。確かに――と私も思ってしまうが、たぶん姉達は違う事を考えているのだろう。後ろ盾になる事と面倒を見るという事には随分と違いがあるハズだ。彼女がキチンと学園に通う事が決まれば、学内で私とつるむことで私の後ろ盾はデュラディス大公家だと見せることが出来るが、同時に政治的な中枢からは距離を置きます。と、いう意思表示になる。


 しかし、面倒を見るというのは今後起こる一切合切を含めて面倒を見る――と、言っているのだ。似ているようで意味合いは随分違うのだ。


「ミーナの優しさは姉として誇らしいですわ。でも、この件に関してはそれは認めませんわ。ん~、ミーナがリリアンヌと仲良くする。と、いう点においては好きにすれば良いと思っているけれど――そうね。明日、また放課後にこちらへ来てもらいましょうか。リリアンヌにも現実を振り返る時間が必要でしょうし」


 そうして、今日は解散という流れになった。ま、長時間話をしていたわけだから、当然ではある――けれども、ヴィルヘルミーナ嬢は不機嫌そうに私を見て『また明日になるのね』と、呟く。


 私は本来の目的――と、いうか私が数日休んでいたこともあって、ヴィルヘルミーナ嬢の鍛錬などに関して、見れていなかったわけだが、彼女自身が非常に高い感性センスの持ち主だという事が分かるほどに聖女の魔力を上手く隠せるようになっていた。あと一歩という感じではあるが、学園にいる者達レベルでは分からない程に隠蔽されていると私は感心する。


 そして、別れ際に私はヴィルヘルミーナ嬢に告げるのであった。


「たった数日の間にかなり頑張ったのですね。学園の中ではよほどの事が無い限り、殆どの者にはその隠蔽を見破ることは出来ないと思います」


 と、私が言うと彼女はムッとした表情をして「そ、そうか……」と、呟く。が、表情や言葉とは裏腹に柔らかい雰囲気が広がる。その後、「また明日にでも話を……」と、言って去って行く。私達はそれを見ながら、彼女に次のステップが必要になると思いつつも、それは後日でいいかと思い、姉と共に家路に向かう為に待っている我が家の馬車へ向かったのだが――



「どうして、お兄様が御者をやっているのか訊いてもいいかしら?」


 我が姉がジト目でそう言った。と、いうか私も同じようにジト目なのも一応言っておこう。次兄はこんな面白いことをするタイプの人間だったのか――ふと、姉も似たようなタイプだと思えば次兄も同系と考えれば兄妹の似ている。


「いやぁ、せっかく二人を迎えに来たと言うのにこんなに待たされるとは思っていなかったよ。おかげで他家の御者と仲良くなってしまったよ」


 と、飄々とした雰囲気で兄はそう言った。


「あら、それは楽しそうですね」

「ローズもそう思うだろう?」

「全く――お姉様、エリック兄様が御者の恰好をして馬車で待っていた件についてどうしたものか? と、思っていたのでは無いのですか?」


 私がそう言うと我が姉は「確かにそうね」と、言いながらも兄のおふざけに対しても面白そうが既に勝っている状態だ。


「で、お姉様を喜ばせるほどのネタは手に入ったのですか、エリック兄様」

「うむ、よく聞いてくれたね――と、まぁ、馬車を走らせながらにしようか」


 と、兄はそう言ってウキウキな雰囲気で馬車に乗り込む。姉も楽し気に兄に続いてさっさと馬車へ乗り込んでいく。全く、呑気なものだ。そう思いつつも、私も笑みも漏らす。ま、この手のノリが嫌いというわけでは無いのだ。


 そうして、馬車はゆっくりと駆け出したところで姉が御者側の窓をスッと開けると兄の楽し気な声が聴こえて来る。


「そういえば、なかなかに面白い事が起こっているようだね。カリート侯爵の件、何かあったようだと御者の間でも噂になっていたよ」

「そんな噂になっているのですね」


 と、私が言うと兄が「ま、なかなかのスキャンダルだと思うよ」と、答えた。当然と言えば当然ではあるが、これは私が思っている以上に早く学内どころか、国内に伝わる――それも尾鰭が付いた上でだ。


「リリアンヌ様は大丈夫でしょうか?」

「なんとも言えないわね。心が弱い娘なら大変かもしれないけれど、意外と大丈夫な気もしなく無いけどね」


 姉は淡々とした雰囲気でそう言った。


「イリーナ、ローズが意外と冷たいとか思ってはダメだよ。我々が手を出してどうなる問題では無いし、手を出して無駄に犠牲者を増やすなんて事も出来ないだろう? イリーナが優しい子なのは我々は皆知っているけど、それぞれが思う大事な物を守るって観点から考えれば、致し方ないところだよ」


 兄にそう言われ、仕方ない――のだろうか。と、思わず考えてしまう。が、ハッキリ言って兄の言う通りなのだ。そして、たぶんだけど姉は私やマリーを守る為なら、誰もを犠牲にするのを厭わないだろう。


「お姉様が優しい方なのは分かってます。ただ、見知った者が不幸になるのを黙って見ていろというのは少し、思うところがあっただけです」

「私が優しいか……うん、まぁ、優しいよね。確かにねぇ、黙って見てろって言われると、どうにかしたくはなる――けど、今回の件は我が家では手を出せない領域って感じだからね」


 そうだ。何より面倒な王族関係の案件だし、無駄な政争に家を巻き込むわけにはいかない。何ともモヤモヤする話だ。


「あ、それとは別に中々おもしろい御者に会ったよ。フィスパー伯爵家の者だったんだけど、いやぁ、面白かった」


 と、兄は楽しそうにそう言った。一体、何が面白かったのだろうか?

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