第50話 恐ろしい存在
しばしの沈黙の後、エヴィリーナ嬢は小さく溜息を吐く――けれども、その表情はよく読めない。
「王都の人口は約30万人、王国内で我が家の領地以外の把握されている人口は約280万くらいですわ。さて、我が領の人口はどれくらいでしょう?」
と、エヴィリーナ嬢は挑戦的な瞳でリリアンヌを見つめる。そして、私は少し感心する。デュラディス大公家は何とも恐ろしい家だという事がよく分かる。
王国内の全人口――に関しては私は情報を持っている。これはアイシャから教わった話ではあるが、分かっている範囲で約350万人くらいだそうだ。エヴィリーナ嬢が言った280万という数字はデュラディス大公領を入れていない。と、すれば王都の倍以上という巨大な都市運営をしているのだ。そして、それはここ20年で人口が倍増しているのだ。
私が知っている前世の時代は魔王軍との戦いによって多くの者が亡くなっていた時代で、今の平和な時代から考えると王都の人口も倍増しているのだ。しかし、それ以上の倍増をしている都市があって、デュラディス大公領もその一つだ。
また、国内の流通網にも色々と問題があって、デュラディス大公領へ向かう街道はほとんど整備されておらず、辺境伯領から行くか、隣国から入るかの二択になっている場所にも関わらず――だ。
しかし、残念ながらリリアンヌは国内の全人口は知らないようだ。不思議そうに首を傾げた――なんとも、妙な空気が流れるが、思わずヴィルヘルミーナ嬢が噴き出してしまう。
「ごめんなさいお姉さま。あまりにもリリアンヌと嚙み合ってなくて思わず笑ってしまったわ」
「ムッ、ムムッ、ミーナを笑わせるなんて、凄いわねリリアンヌ」
いや、そうじゃない。そうじゃないだろう。と、いうか我が姉もツッコミを入れるべきだ。楽し気にニンマリと笑っているところを見ると敢えて触れずに様子を見て楽しんでいるようだ。なんとも、いい性格をしている。
「あ、あの……何がそこまでオカシイのですか?」
と、真面目なリリアンヌは不快そうな雰囲気を醸し出しながら訊いてくる。まぁ、自分が馬鹿にされているような雰囲気を感じたのだろうけど。
「リリアンヌ様。デュラディス大公のご令嬢方は貴女を馬鹿にしているわけでは無いと思うわ。そもそも、国内の全人口を把握していらっしゃる令嬢がいる方がオカシイくらいですから。まぁ、エヴィリーナ様は来年最終学年になりますから、授業でもやったでしょうから把握されていると思いますが、残念ながら今年入学したばかりの私達が習ってもいない事を訊かれても返答に困ります」
私は出来るだけ早口にならないように落ち着いた雰囲気を出しながらそう言うと、エヴィリーナ嬢は「ん~、確かにそうですわね」と、少し間の抜けた感じでそう言った。入り抜きが激しいタイプだとは思っているが、先程までの圧が嘘のようなところはギャップというより詐欺に近い。
「残念だけど、国は全人口までは把握してないと思うわよ。精々主要都市の人口くらいで、辺境は兵力以外は数に入れていないのが現状じゃないかな?」
と、我が姉から補足説明が繰り出される。
「え? そうなんですの?」
「まぁね。各辺境方面の貴族は自領の正確な数字をある程度把握していると思うけど、王都には報告しないのが通例になってるみたいだし、王宮も態々聞く必要の無い話を調べる為に人員を割くなんてしないでしょう」
姉は楽し気にそう言うが、前世の頃の方が人口把握が出来ていたのでは無いかと思ってしまう。当時、国外からの人口流入も多かった――ここに関しては魔王軍との戦いに参加する為の傭兵や冒険者、軍志願者などなどだ――わけで軍の作戦立案などにも影響があった為にある程度、しっかりとした把握が必要だった。と、いう背景がある。しかし、これも非戦闘員の数は含まれていない事を考えると正確性は薄いとは思うが、今の王国内の状況よりもマシだろう。
「ともかくです。エヴィリーナ様はリリアンヌ嬢にキチンと考えを伝えるべきだと具申します」
私がそう言うと柔らかな雰囲気でエヴィリーナ嬢は微笑んで「面倒ですわね」と、言いながらチラリとヴィルヘルミーナ嬢に視線を送った後に口を開く。
「イリーナのいう事も確かにと思いますから、まずは先程の人口の話をいたしましょう。学園では国内の全人口を約300万人と言われています。因みに現在の王宮は我が領の人口は約10万人程度と思っているようですが、我が領都であるディオリス・パレスの人口は30万人を超えています」
「王都と同じなのですか?」
と、リリアンヌの反応を楽し気な雰囲気で扇で表情を隠しているエヴィリーナ嬢だが、少しどころか結構意地悪をしている。領都の人口だけで見れば30万人――まぁ、それでも辺境の都市と考えれば驚きではあるが、デュラディス大公領の総人口は最低でも70万人を超えており、隣国にある小国連邦の一部の国よりも人口が多い。
「ええ、規模的にも同程度……と、いってもいいでしょうね。まぁ、辺境と呼ばれ蔑まれている場所ではありますが、とっても良いところですわ。それに隣国と接するところにあるディンドバルという城塞都市は領都と比べると少し落ちますが、国内でも有数の都市になるでしょうね」
前世でも一部で囁かれていた噂は事実なのかもしれない。特に現当主はかなりのやり手だ。なお、噂というのはデュラディス大公家が独立するという話だが、エヴィリーナ嬢の言いようは既に現在の王国を見限っている可能性――だけでは無い。国内に対しても協力者が多くいるハズだ。元々扱いに困っている者が多くいて、王宮に近しい者達からは見えていないような扱いだったのだ。どう考えても、確実にそれを逆手にとって様々なところに浸食している気がする。
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