第49話 色々と感心すべきところがある
リリアンヌはエヴィリーナ嬢が言った『聖女』という言葉に妙な嫌悪感を感じ、如何な意図で彼女が訊いたのかを冷静に考えようとしているのが神妙な雰囲気から感じ取れた。
彼女が嫌悪感を感じるのは教育の所為――いや、アイツの所為だ。正直な話、何をここまで私達『聖女』を拒否したのか理由が分からない。まぁ、おかげで私が『勇者』という存在について嫌悪感を覚えるのと同じではあるかもしれないが。
「聖女とは魔王軍と――」
と、リリアンヌが口にした瞬間にエヴィリーナ嬢は扇を前にスッと出し、魔法を使ってリリアンヌを拘束する。中々器用な魔法を使うと思わず感心する。多分、風系統の魔法なのは分かるけれど、その魔力制御の技術は先日の様子からは考えられないほどに洗練されている。あの日から数日でここまで人は成長するのか? と、そちらに感心する。
「それは教わった歴史やそう言われている――と、いう話ですわよね? 貴女自身はどう考えているかを聞きたいのだけれど?」
笑顔のままではあるが、エヴィリーナ嬢は物凄い圧でリリアンヌを見ている。なんというか、怒っている――まぁ、怒るのも当然ではあるか。彼女は『聖女』が何たるかを知っているのだから。それに自身の妹であるヴィルヘルミーナ嬢は聖女としての素質を持った娘であるのだから、私の大事なマリアンヌ――マリーの前で言われたらとりあえず一度ぶっ飛ばしておくかもしれない。
「わ、わかりません。幼い頃より魔王軍を打倒した勇者様が魔王軍との戦いが起こったのも聖女の所為だと仰っていたというのを聞きましたし、そ、その、私には本来あるべき『聖女』という存在が悪いモノだという点においては違和感があるのは確かではありますが――」
と、リリアンヌは言葉を詰まらせる。まぁ、普通に考えれば『聖女』という名は聖なる乙女の略ですから、
「先ほども言いましたが元々、この国の王家は勇者の加護を受けた英雄と聖女が興した国なのです。故に勇者と聖女というのは特別な物として扱われているのです。それに勇者というのは一国の王――いいえ、個人が勝手に名乗ったり、名乗らせたりするべきでは無い存在です。魔王軍との戦い以前には多くの聖女がいたそうです。それが、戦後に勇者を名乗る者が共に旅をし、共に旅をしていた者達全てを彼は死に追いやった。少し調べれば誰でも調べれる話ばかりです――しかし、今の貴族達はそれを禁忌とし、本来あるべき国の姿からは程遠く……まぁ、これ以上言っても仕方ありませんわね。今、この国、いいえこの国の貴族達は歴史の中で最も腐敗している時代を生きていると言ってもよいでしょう。その中で貴女はそんな国の為にドブ水に浸かっているような矜持を持ち出すのですか?」
エヴィリーナ嬢は落ち着いた雰囲気でそう言った。いや、圧は変わらない所為でリリアンヌは怯えてしまっている。それにしても、少し調べれば――で、分かるような隠蔽はされていない。恐ろしいほどに徹底されていたハズだが、まぁ、そこはデュラディス大公家だから。と、いうところなのかもしれない。
「しかし……だからこそ、我々上位の貴族が国を支えねばならぬのでは無いでしょうか?」
リリアンヌも中々胆力がある。そこいらの者ならば言い返すのは難しいと思われる中、エヴィリーナ嬢に真っ直ぐな視線を向けるのは褒めてもいいだろう。それに考えればまだ10歳の少女なのに、しっかりとしている。
「上の者達が貴女のようにしっかりとしていれば心配は無いのでしょうね。我が家のように国にあっても無い様な存在に比べても、カリート家はしっかりとした教育を施していたのでしょうね。しかし、貴女の家でも親類はどうかしら? 今の侯爵がこのままの地位を維持出来ますか?」
「そ、それは……」
上位貴族のどの家でもそうらしいが、直系に近い継承権を持つ親類がいる家は家内の政争が特に激しい。前世の頃もちょくちょくそういう話を聞いた事があるほどだ。考えると全く上位貴族には成りたくないと思う。
「で、あれば……貴女はこの後、どうするつもりなのかしら? カリート家は騎士や官僚の家ですわよね。だとしたら領地持ちでは無いのでしょう?」
エヴィリーナ嬢の言葉にリリアンヌは完全に黙ってしまう。これも結構不思議な話ではあるのだが、貴族の数が多いのも問題ではあるが、上位貴族でも半分以上が領地を持っていない。特に侯爵家の上位三家は領地を持たない代わりに王宮内である程度高めの地位に就くことになっている。
実際公爵でさえも半数は領地を持っていない事を考えると、やはり貴族の数が多すぎる。辺境は辺境伯以外の多くは伯爵家だし、それ以外の要地は大公、公爵、侯爵で分けている。領地として国が分割している領州に比べて、あまりにも貴族の数が多い事が原因だ。そして、領地を持っている上位貴族は領地に引き籠るという手立てが存在するが、領地を持たない者の場合、王都の屋敷に引き籠る事は可能ではるが、長期に渡り引き籠るのは色々と難しい。
「――エヴィリーナ様には申し訳無いのですが、私をデュラディス大公家が庇って頂けるのでしょうか? そもそもですが、デュラディス大公家にそれほどのお力があるか、疑問なのですが?」
まぁ、それは皆が思う事だろうが、この鋳薔薇の館にしもそうだが、デュラディス大公家というのは権力は持っていないが、様々なところに影響力を持つ――いや、様々なところで暗躍している可能性もある特殊な家だ。私も関わる事がなければ同じように思っただろうけど。
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