第48話 そんな物はドブに捨てるべきではある
「あ、あの……貴族の矜持はドブみたいなモノなのでしょうか?」
と、リリアンヌ嬢が不安そうにそう言った。実際、今の――と、いうより前世の頃からそうだったが王国貴族の矜持というのは正直言って、クソみたいなモノなのは確かである。
特に上位の貴族になればなるほど、欲に塗れ不正腐敗当たり前でお互い足の引っ張り合い。それだけでは無いが、長年掛けて民を守り国を守るという根本を忘れている国になってしまっている事を考えれば、今の上位貴族に貴族の矜持を語るのは少し頂けない気持ちになってしまうのも致し方なし。
「ま、それは当然、そのままですわよ」
エヴィリーナ嬢はにこやな表情でそう言った。特にデュラディス大公家からすれば、当然という話である。正当な王家の血筋を持ちながら、徹底的に権力から引き離され続け、近づいて来る王侯派閥の貴族も自分達の欲の為に神輿に担ぎたいただけのクソ野郎ばかり――と、いう感じだ。
「リリアンヌ嬢の思う今の貴族とは如何かしら?」
そう言ったエヴィリーナ嬢はスッと扇を取り出して口元を隠す。彼女の持つオーラはどこか独特の圧を持っていて、デュラディス大公家という存在がとても大きく感じられた。なんというか、不思議な人だ。
「私達、上位貴族は王家の為にあります――それは今も昔も変わらぬモノだと思います。王家の方が間違っていると思えば、諫言するのも我らの仕事だと思います。当然、上位貴族であればこそ、より家の事も考えねばならぬと思いますが、それ以上に王家を守る事が大事だと……」
リリアンヌ嬢はそう言いながら、俯き加減になる。アレを守る? と、私は思いつつ彼女らのやり取りを見守る。
「確かに、どこぞの血筋かも分からない者であっても、王ですからね。貴族とすれば当然、王を守るのは当然と言えば当然ですわね。しかし、貴族の最も大事な事とは何なのかしら?」
これはデュラディス大公家の者だから言える言葉ではある。デュラディス大公家はティバレス辺境伯領に隣接する辺境のさらに辺境というような場所を領地としている。元々は本当に小さな村があるくらいのとても自然味一杯の場所だったのだが、前世でも一度話を聞いた事がある。
デュラディス大公の初代から約三代掛けて、村が町となり、気が付けば辺境で最も大きな城塞都市の一つであるデュラメスを作り上げ、国内でも住みやすい街と一部では言われている。まぁ、これも王都から離れすぎている為に王都近郊では一辺境の片田舎という事になっている。
私の印象では、デュラディス大公家というのは商才もそうだが、領地運営も非常に優れた人物が多いという感じだ。
「貴族にとって大事な事、それは先程も言ったように――」
「本当にそうかしら?」
エヴィリーナ嬢はリリアンヌの言葉を遮ってそう言った。そして、リリアンヌは驚きの表情を見せつつも首を傾げた。
「王がいても、民がいなければ、国とは言えませんわ。本来、王侯貴族というのは民の生活を守るべき者であり、我々は統治する者、搾取する者ではありません。民を知り、国を知り、その上で我々が何をするか――で、決まるもので、我らが贅沢を出来るのも王が居るからではなく、民がいてこそですわ。我が国は魔王軍との戦いの最中、周囲の国々も戦乱の世で生まれた国ですが、その初代国王は英雄の中の英雄でありましたが、その生まれは只の冒険者でしたわ」
「――それは当然、知っております」
これも有名な話だが、勇者の加護を受けた一人の男がこの国の初代国王であり、『勇者』という存在がこの国において特別な理由でもある。そして、今のアイツがなんとなくその地位を揺るぎないモノにしているのが、かの英雄は隣国の姫と結ばれることでこの国を建てる際に周辺国から認めさせた経緯があるからだ。
私はあのクソ女がこの話を利用したのだと推測を立てている。
「勇者と亡国の姫君が興した国である事は幼き者でも知っている話ですわ」
「で、あれば貴女も知っているでしょう? 今は無きエリンヒューザの姫君が聖女であったこと。そして、今の王家――いえ、現王妃の家が正統の血筋では無いと云われる所以を……」
と、エヴィリーナ嬢は扇で口元を隠しているが笑顔を崩してはいない。一方のリリアンヌ嬢の表情は優れない。と、いうか何故という感じが滲み出ている。
「あら? 知らないのですか? 立派な貴族の矜持をお持ちであるリリアンヌはこの国の興りにおいて最も重要な話を――ああ、そういえば今の王家は徹底してかの存在を排除してましたわね」
デュラディス大公家が正統と云われる所以でもあるのは初代から続く家系であり、何代も聖女との婚姻を行ってきた家だからだ。中には聖女となった者も存在する。
そして、リリアンヌは不思議そうに首を傾げる。そう、すでに彼女が生まれた時には徹底排除された後で大人達も口を噤み、多くの文書が禁書として闇に葬られ、もしくは改変された後の世代なのだ。逆に未だに聖女を知っているデュラディス大公家が特殊だと言える。
「――では、話を変えましょうか。リリアンヌは聖女についてどう思いますか?」
と、エヴィリーナ嬢は扇を畳み、とても良い笑顔でそう言った。彼女はなんとも底の見えない人物だな――と、私は何となくそんな事を思いながら、彼女らのやり取りを見守るのであった。
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