第45話 目立つ気はさらさら無い

 貴族令嬢には護身用というはワケでは無いが、必ず皆が扇を持っている。当然、私も母から貰った扇を持っている。


 側近の男、名前もどの家の者も興味が無いので覚えていないが、彼は脅しのつもりだろうが、剣の柄に手をし、そして、素早くそれを抜いた。リリアンヌ嬢を傷つけるつもりが無いのは確かだが、その行為は本当に許せない。


 私は彼が剣を彼女に向けた瞬間に間に入って扇を使って剣を弾き飛ばし、弾いた剣は勢いよく飛び教室の壁に突き刺さる。あら、なかなか良い剣じゃない。などと思わず思ってしまったが、気を取り直して小さく咳払いをする。


「流石にか弱い――か、どうかは分かりませんが、女子に剣を向けるとは感心いたしませんわ。もうしわけありませんが、少し度が過ぎていると具申いたします」


 と、私はそう言って傍でへたり込んでいるリリアンヌ嬢に手を差し伸べる。


「き、きさまぁ~、私がサンビエッジ公爵家の者と分かっての、ろ、狼藉かぁ???」


 何やら言っているが、先にリリアンヌ嬢を立たせてあげる方が最重要だろう。と、リリアンヌ嬢は放心状態で中々手を取ってくれないが、私に気が付いたのか焦ったような恥ずかしいような表情をして、私の手を取る。私はスッと力を入れて彼女を立たせると、色々と文句言っている男共の方に向きを変え大きく息を吐く。


「――どこの誰とか、どうでもいい話です。例え公爵家であろうが、大公家……王族であろうが、武器や魔法も使っていない者に対して一方的な脅しで剣を使うというのは良くないという話です。それに立場というのは子であっても家が付いて来るのが貴族というものです。当然、リリアンヌ様の諫言も一考の余地があるのではありませんか?」


 と、私が言うと面倒臭そうに例の王子が溜息を吐く。


「はぁ、もうよい。これだから、女どもは面倒くさいのだ。それに比べてミシュリーンは良い。なぁ? ミシュリーン」

「えぇ? 私はよく分かりませんけど……暴力は良くないと思います。皆さん、仲良くするのが一番だと思います」

「そうだよなぁ。何故か奴らにはわからんのだ。さて、もう授業も終わってしばらく経つ、帰るとするか。さぁ、行くぞ」


 そう言って王子一行は去って行く。あまりの展開に私は思わずポカンとしてしまうが、リリアンヌの声で我に返る。


「だ、大丈夫? イリーナ?」

「あ、いえ、大丈夫ですよ。リリアンヌ様こそ、大丈夫ですか?」


 私がそう言うと、彼女は恥ずかしそうにソッと扇で顔を隠す。私が男であったら、イチコロな女性らしさにあの男共は全く見る目が無いな。と、思う。


「まさか、諫言しに行くとは思いませんでしたわ」

「――シェセスタ公爵令嬢、リンデール様が教室にいない事を貴女は気付いていましたか?」


 リリアンヌ嬢はそう言ったが、残念ながら上位貴族に興味が無いし、教室に幾人か来ていないことは気が付いてはいたが、私が居ない間に何やらあったようだ。


「残念ながら……」

「はぁ、貴女は一体――はぁ、いいです。興味が無いでしたわね。私、リンデール様とは幼い頃より仲良くしていましたの。同じ殿下の婚約者候補として、様々な場面で共に苦楽を共にしてきました。先日、彼女はアレに業を煮やして直接アレに文句を言ったのです」


 そこで、何かがあったのか。もしくは今日と同じような事が起こったのか。


「それに、皆にも気付いて欲しかった――私ひとりではこの状況をどうにか出来るとは思っていませんが、誰かが動かねば……いいえ、動いてもよいのだ。と、思わせねば――」

「残念ながら、それではダメでしょう」


 私は思わず彼女の言葉を即座に否定した。当然だが、あれらはどこか理性を失っていると言っても良いほどにアレに狂わされていると言っていいだろう。あの王子もどこか考え方がおかしいのだ。普通であれば彼女のやり方でも問題は無かったかもしれない。


 同じような事が二度、三度もあれば皆が及び腰になってしまうのは明らかだ。それに今回はたまたま私が間に入れただけで、先日から来ていないという公爵家のご令嬢の件も考えれば、彼等は簡単に剣を抜けてしまうくらい愚か者なのだ。


「な、なぜ……」

「リリアンヌ様は魔法は使えまして?」


 私の質問に彼女は難しそうな表情をする。魔法の素質こそあれど、魔法を使えると答えれる者は正直言って少ない。それに貴族令嬢が剣も魔法も! と、簡単に言える方がおかしいのだ。男子であっても、魔法使いの数というのは少ない。武門の家であれば、そういう者達が多くいるが故に常識がズレているのだが、普通の貴族家というのはそんなものだ。


「まだ、多くは習っていませんし……その、私にはあまり魔法のセンスは無いようで苦労はしています。確かにあの場で自分の魔法でどうにか出来れば――とは思いましたが、それも簡単な話ではありませんわ。相手は次期王国騎士団長とも言われているサンビエッジ公爵家の者でも随一と言われる剣の使い手――と、いってもシルフィンフォードの姫には簡単にあしらえる相手というわけね……」


 と、最後の方はブツブツと彼女は言っていた。まぁ、確かに我が家の戦闘能力は多分だが現状の貴族の子らと比べてはいけない気がしてきた。剣と魔法の腕前だけでも、どう考えても姉は異次元だし、噂程度しか知らないけれど兄達も相当な使い手だと聞いている。


 私の場合は前世からの引継ぎ記憶と魔力のおかげだが、あの魔王との戦いに生き残った――いや、あれは多くの仲間や聖騎士達が頑張ってくれたお陰だ。私やマリアンヌだけではどうすることも出来なかったし、私達を殺したアイツ等がいたからこそ、成し遂げられた事実だ。まぁ、その後に殺されるなんて誰も思っていなかったけれど。


「なんにせよ。これからもっと荒れることだけは想像に難くありませんね。はぁ……目立つ気は無いと言うのに」


 私がそう言うとリリアンヌ嬢は不思議そうな瞳で私を見るのだった。

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