第44話 空気の悪い教室にて
数日後、私はようやく元の生活に戻る許可が出て学園に来ていた。
私が居ない間、エアリーナの事は我が姉が毎日のように教室へやってきて連れ去っていたらしく、今日から通常通りだと思ったエアリーナは少し寂しそうな瞳を見せた。いや、私が来たことを少し喜んでくれても良いだろう――まぁ、我が姉の信奉者なのだから致し方ないところか。
しかし、今日も全ての授業が終わると絶対にやって来る。当然、かの令嬢も私が倒れていた後、家から出るお許しが出るまで色々と待たせてしまっていたからだ。因みに先日、非常に丁寧で綺麗な字で書かれた、私を心配する手紙が来ていた。あまり得意では無いが、殊更丁寧な返事を返しておいた。
久しぶりに来た学園の教室内はなんとも荒んだ空気が支配する、なんとも魔王軍の――いや、魔王の城の中にいるような、とても良い感じの場所では無かった。と、いうか数日でここまで雰囲気が悪くなるということが普通起こり得るのだろうか?
「あら、シルフィンフォードのお姫様は相変わらず澄ました顔をされてらっしゃるのね」
と、授業の終わりに突然声を掛けられて私は思わず首を傾げた。因みに声を掛けて来たのはカリート侯爵令嬢のリリアンヌだ。彼女も澄ました雰囲気を持っているが、やや顔色が良くない。
「特に澄ましている気はございませんが、リリアンヌ様は少しお疲れのようすですわね」
そう言うと手にした扇で顔を隠し、私をキッと睨む。なんとも、普通であれば感じの悪い話ではある――が、この教室内の雰囲気を考えれば致し方ないのかもしれない。
「貴女は下の者でも一番上でしょうに、アレをどうにかするくらいはしてもいいのではありません?」
「出来れば、私もアレには触れたくございません。それに殿下がアレをお許しになっているのでしょう? 私にはどうすることも出来ないと思うのですが?」
「――だからこそ、ではありませんか?」
と、彼女は吐き捨てるようにそう言ったが、無茶を言うものでは無い。アレは貴族の上下関係を理解する気が無いのだし、貴族社会の最上位に位置する王族の者がアレを許しているのだから、いくら教室内の雰囲気が悪くなろうが、誰も何も言えない状況に私が口を出せば、より面倒な事になるのは誰もが分かっていることだろう。
「それに側近の方々とも和やかな雰囲気で楽しそうではありませんか――そこに下位の者である私に何が出来るでしょう?」
「マヒューズ子爵のところには随分と目を掛けてらっしゃるじゃありませんか、アレも同じように貴女が面倒を見るべきでは?」
「リリアンヌ様、無茶を言ってはいけませんよ。いくら思うところがあったとしても、私はアレに関わる気はございません。それにリリアンヌ様もご理解されているでしょう?」
私がそう言うと彼女は小さく溜息を吐く。いくら上位の貴族だからといっても、最上位の集団にいるアレに直接あれこれ言うのは難しい。今日一日の中、アレが常に王子かその周囲の男子と共にいるのだ。文句を言うにしても、言える状況が無い。あれだけの壁を突破するのは本当に難しい。
ただ、今後、陰でイジメが起こるのも見えている――そこで、目立てば勝手に犯人にされる可能性もある事を考えれば、なかなか動き辛いこともカリート侯爵令嬢も理解しているのでは無いだろうか。
「何か、いい手は無いかしら?」
と、彼女は私に囁くように言った。現状、出来るだけ関わらないように過ごすのが一番だ。諫言をするリスクもアレを秘密裏にどうにかするリスクも非常に高く、自身の家の価値を下げる可能性もある事を考えれば上位貴族でも下位貴族であっても難しいだろう。
「――あまり、貴女にはこういう事は言うべきではないと思いますが、関わらぬことです。下手に動くと全て自分に返ってくる可能性がありますから」
「やはり、そうよね……はぁ、どうにかしたかったのだけど、シルフィンフォードでも無理なモノは私には無理ね。いいわ。理解しました」
彼女は何かを決意したのか、そう言って踵を返した。そして、何を思ったのか、王子達と談笑しているアレがいる場所へツカツカと向かって行く。教室内にまだ残っている面々の視線がそこへ集まるが、私は思わずなんと馬鹿な事を――と、即座に思いながらも、その様子を伺うのだった。
「楽しく歓談中失礼しますわ。申し訳ありませんが、王子殿下並びに側近の皆様。学生時代の一過性の遊びだとしても、皆様にはもう少し慎みを持って頂きたいと思うのです。彼女が我々と違い、天真爛漫なところが珍しいと思われるのは理解しなくもありませんが、教室内の雰囲気も良くありません。このままでは多くの問題が起こる可能性もありますし、王家の威信にも傷が付きますわ」
と、彼女は凛とした雰囲気で言い切った。しかし、王子は面倒くさそうに彼女を睨み、周囲の側近達も射殺すような雰囲気の視線をリリアンヌ嬢へ向ける。
見守っている上位貴族の子女からもどこか同情めいた雰囲気がある。あれ? もしかして、リリアンヌ嬢って王子かその側近の者と婚約でもしているのだろうか?
「リリアンヌ嬢、いくら幼馴染とはいえ、ここ連日――毎度毎度同じような事を言いながら、君はミシュリーンをイジメているそうじゃないか、彼女が大丈夫というから黙っていたが、どうにも許せそうに無い。それにいくら殿下の婚約者候補だからといって、まるで婚約者面なのも気分が悪い」
「その通りだ、殿下がお許しになっているからこそ、だというのに何も理解していないようだな」
と、側近の者達が苛立ちをまるで隠す気は無いという雰囲気で彼女に圧を掛ける。流石に感心してしまうがリリアンヌ嬢は凛とした雰囲気を崩さずに扇でサッと表情を隠す。この辺りはかなり訓練を受けている動きだ。
「い、イリーナ様。大丈夫でしょうか?」
エアリーナ嬢が心配そうに私に声を掛ける。私はソッと動こうとする彼女を止めて小さく息を吐く。なんともマズい感じなのは確かで大丈夫だと返答することは全く出来ない。
「正直、目立ちたくはないのだけど……」
と、私は呟きつつ、アホ王子の側近がチラリと王子に目配せし、剣の柄に手を掛けた瞬間、私は身を乗り出した。
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