第42話 急な異変

「今日はそろそろお開きにしましょうか」


 そう言ったのは先程まで大爆笑していた我が姉だ。しかし、ドン引きしていたエヴィリーナ嬢が我が姉の姿を見て、溜息を吐いて「シルフィンフォードは傑物揃いとはよく言ったものね」と、呆れたように言うのだった。


「ヴィルヘルミーナ様。魔力に対してしばらく過敏になるかもしれませんが、それもまた良い経験になりますから。また問題があれば私をお呼び下さい。それにあと数回は本日と同じような特訓をしなければいけないでしょう。それから――」

「はいはい、イリーナ。今日はそこまでにしておこうね。リーナ達もエアリーナちゃんも長い時間ご苦労様。さ、帰りの馬車を呼んでもらって帰ろうね」


 と、我が姉に強引に止められ、あれよあれよ言う間に姉と共に馬車に乗って王都の屋敷へ帰るのであった。


 帰りの馬車では姉がこれからについての注意点を楽し気に語っていたが、簡単に言えばヴィルヘルミーナ嬢が通えるようになるまで、授業が終わった後に鋳薔薇の館で特訓を行うように――これも遠回しに急いでするように、と、言われている。


 姉とエヴィリーナ嬢は様々な方向から私達に何等かの厄介ごとが向かわないように圧を掛けるらしい。が、そこは姉がどうにかするのだろう。


 正直、私の感想だが、デュラディス大公家には政治的な権力は一切ないと感じた。確かにあの姉妹はとても優秀な素質を持っていると感じるけれど、現王家やその他貴族たちに割って入るほどの政治力はなさそうだ。


 雰囲気的にヴィルヘルミーナ嬢は現在は政治的なところに興味があるようには感じられなかった。まぁ、人間誰しも心変わりという事もありえるので、それはその時のことだ。そして、彼女の持つ聖女の素質はかなり高い。そういう意味からも色々と今後何かが起こる可能性というのもそれなりだろう。


 そんな事を考えながら、就寝しようと思っていた時に屋敷の中が慌ただしくなり、私はベッドから即座に起き上がりメルビーを呼ぶ。


「何かあったみたいだけど、把握しているかしら?」

「いえ――ただ、奥様が慌ててらっしゃったと聞いたので、もしかすると――」


 と、メルビーの言葉を遮り、私は急いで部屋を飛び出す。


 母が慌てる。と、いうことはマリーの身に何かあったに違いない。私は確信めいた何かを感じ、急いでマリーの部屋に向かう。


 妙な騒めきに私も落ち着きを失っていたようで、マリーの部屋に入った後に父に怒られてしまうくらいの勢いだったそうで、私もそこは反省するしか無かった。


 そして、落ち着くために深く呼吸をしてから、ベッドで死んでいるように浅い呼吸で眠るマリーの姿がそこにあった。私は父と母の許可を得て、マリーの傍により彼女の小さな手を取る――


 次の瞬間、真っ白な空間に飛ぶ。


 これは知っている。前世でも幾度かここへ訪れたことがある。


「姉さん?」


 そう言葉を発したのは目の前に立っているマリーだ。そして、その言い方、仕草はマリーでは無い。私の記憶にあるあの子だ。


「マ、マリアンヌなの?」


 と、私が言うと返事をしたのはマリアンヌでは無かった。


『申し訳ありませんが、時間が無いので姉妹の思い出話はここから出てから幾らでもしてくださいませ』


 そう言ったのは薄っすらとした女神ラミリアだ。どうして、薄っすらとした姿なのかは私にはまったく理解出来るところでは無いが、神という存在を理解するのは無理というものだ。


「マリーがマリアンヌということなの? ラミリア様」

『ええ、イリーナがイシュリナだというのと同様にマリーはマリアンヌです。貴女達の加護はそのままですから、当然、制約もそのままということなので、頑張ってくださいね』

「あ、あの……何を頑張るのでしょうか?」


 と、マリーは不安そうにそう言った。まぁ、いきなり頑張れと言われても「何を?」と、思うのは当然だ。


『時間が無いので、ざっくりと言いますね。貴女達を転生させたのは予想外の事が起こっているからで、今回は多くの協力者を用意していますので、この世に蔓延る邪魔者をどうにかして頂ければと思っています』


 彼女が言う『この世に蔓延る邪魔者』は歪みとは違う何か? と、いう事を暗示しているのかもしれない――が、残念ながらよく分からない。


 そもそも、神の言葉というのは神にしか理解出来ない事が多い。ラミリア様が見ているものと私達が見えているモノは大きく違う可能性があるからだ。


 前世でもアレンがああいった形で私達を始末するなんて、予想もしていなかったし、予見されていた未来とも違う――と、いうことを考えれば女神ラミリアさえも見通せていない状況は神々の事情が含まれているのかもしれない。


 なんとも、面倒な事に巻き込まれていると考えるのが良いだろう。使命と言われれば致し方ない部分ではあるし、ラミリア様の加護があればこそ、今の私があるとも言えることを考えれば、受けた恩は返さねばならないという気持ちもある。


「また、戦いばかりの世になると――いうのでしょうか?」


 幼い少女の声のマリアンヌ……いえ、マリーの声が響く。聖女が求められる世というのは前世での魔王軍との戦いのように凄惨な時代だ。マリアンヌは優しすぎるところがあるから、姉としての私は彼女が前世のように殺されるような運命があるならば抗いたい。


 そんな事を考えているとラミリア様は少し悩むような表情を見せて小さく息を吐く。


『なんとも言えませんが、以前から邪魔者の気配というものはあったのです。大いなる歪みの存在も関わっている可能性も考えられますが、そこは些末なこと。ともかくです。邪魔者を探し出して、真なる教義をとりもどしてください――あ、そろそろ時間ですね。それではイリーナとマリー。頼みましたよ』


 と、言って白い空間が消え、私は元の世界に戻された。

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