第39話 簡単な実験

 まずは簡単な実験をしようと思う。


 私は皆の顔を確認してから小さく微笑み、敢えて呪文を唱える。普段は呪文などという面倒な事はしないが、一番わかり易い。


「世界を溶かせし業火よ炎の力を以て、あらゆる敵を滅す力を顕現させよ」


 これは炎系統の魔法では中位に属する魔法の基本詠唱ではあるが、そもそも私の制約では下位の魔法になる。


 それを更に灯火を想像しつつ、小さな火を顕現して欲しいと祈りを込めながら詠唱した。


「は?」


 そうして、不思議そうな声を上げたのはエヴィリーナ嬢だ。魔法学をしっかりと学んだ人ほど驚くのは経験済なので、して欲しい反応が見れたので満足行く結果と言える。


「凄そうな詠唱なのに消え入りそうな火が出たのはどういうことですか?」


 エリアーナも不思議そうな顔で私の指先に灯す消え入りそうな蝋燭の火みたいな魔法の炎を見つめている。


 当然、制約によって最下級の基礎レベルの魔法もありえないレベルで減衰した結果だ。


「そもそも詠唱とは、それを具現化する為の過程でしかありません。なので、詠唱しながらも灯火を想像して、蝋燭程度の火を起こす祈りを行いました」

「――呪文がある程度適当でも効果が発現するのはそのせいなのですね」


 と、エヴィリーナ嬢は感心しながらそう言った。実際、魔法使いは詠唱に関しては同じ魔法でも、それぞれの魔法使いで詠唱文言が違ったりという事が昔からあったのだ。そこに関しては魔法学では詠唱内容に関して、全編を通して同じ意味であれば効果は発揮される。と、教えられるそうだ。なので、呪文がある程度適当でも問題ない事は多くの魔法使いがその事に気が付いていた――が、現在の魔法使い達はどうなのだろうか?


「で、魔法については分かりましたけれど、これが聖女云々のところに結びつくのですか?」


 ヴィルヘルミーナ嬢が少しムッとした雰囲気でそう言った。確かに少し分かりにくいと思うが、正しい魔法の使い方を知る事が重要なのだ。


「はい。聖女の魔力というのは基本的に扱う一番大事な事を祈りです。当然、魔力操作という部分が最も大事ではあるのですが、魔力を扱う時点で想像力と祈りを行う事で、その効果を操作することが出来るのです」


 私の場合は魔力操作のみで魔力隠蔽出来るくらいに慣れてしまっているが、初めに圧縮する時はそのイメージとこうなって欲しいという祈りによって成り立っている。彼女も自身の魔力操作のみで随分と抑え込んでいる状態だとは思うけれど、これ以上の圧縮というのは魔力硬化という普通に考えると危険な現象を引き起こす。


「例えば、魔力圧縮をする時にもっと圧縮出来ますように――と、祈るってことかしら?」

「半分正解です――そうですね。実際に見せた方がいいですね。お姉様、短剣をお持ちですよね?」


 と、私が言うと我が姉は楽し気な瞳でスカートを捲し上げて、太ももに巻いてあるベルトについている短剣を取って、テーブルの上に置く。


「ありがとうございます」

「いやいや、気にしなくていいよ」


 姉の事だから私が何をするのか理解しているのだろう。なんとも恐ろしい力だと思いつつ、私は短剣を抜いて自身の指先に剣先を指し、そこから血がジワリと出て来る。


 そして、テーブルに向けて一滴、血を落とす――と、カランと乾いた音がして、一滴の血がコロコロと転がる。


「――ま、魔力硬化?」

「はい。私の血肉は自身から切り離されると即座に魔力の塊として硬化してしまいます。本来の魔力隠蔽とは少し考え方が違うのですが、魔力硬化すると完全に魔力隠蔽をした状態と変わらない事に気が付いたので、自身の血に魔力を極限まで圧縮する事と硬化せずに血液のように液化する状態を作り出した――と、いう感じです」


 ヴィルヘルミーナ嬢はコイツ何を言ってるんだと言わんばかりの表情で固まっている。が、これは私が導き出した究極の魔力圧縮方法だ。因みにアイシャから教わったのも、これに近しい話ではあるが、魔力硬化をしないくらいの極限状態を目指す――と、言っていたが私はそこから更に硬化状態を液化することで体内に超圧縮した魔力を常に巡らせることに成功したのだ。


 これによって硬化した状態と変わらない魔力は外からは全く分からず、触れた状態で魔力感知をすればある程度は分かるだろうが、肉体の深部にどれほどの魔力を内包しているかは誰にも分からないだろう。


 これも魔力の特性だが、体内にある魔力は外部からは干渉されないし、感知されない。しかし、本来の魔力というものは許容量みたいなものが存在し、それを超える魔力量を持っていると体内から魔力が漏れ出す。故に魔力を持つ者の多くはある程度は魔力の漏れを小さくする訓練をする。魔力硬化の恐れがある為に普通はそこまで魔力の漏れを抑え込むという必要性を普通は感じないもの――なのだが、昔からあまりにも多い魔力を持っていると不都合が多く、魔力が多い事を隠さねばならぬ事情というのがあるのだった。


「まぁ、いきなり私がやっている魔力圧縮が出来るようになれとはいいませんし、訓練は絶対に必要だと思います。少し不安な思いをさせてしまって申し訳ありません」

「い、いいえ、いいのよ――私には必要なことなのだから」


 そう言いながらもヴィルヘルミーナ嬢は不安そうな瞳をしていた。

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