第37話 特別な技術

「やはり、国に知られると危険だとは聞いていましたが、何やら狂気的なモノを感じますわね」


 と、少し呆れた風にヴィルヘルミーナ嬢は言ってから大きな溜息を吐いた。


「私も理由は全くわかりませんが、その存在を疑われるだけでも面倒だとは思っております。ただ、今は一部教会会派では聖女の素質を持つ者を聖騎士として秘匿しています。既に20年以上も続いている事を考えれば最後の逃げ場所かもしれません――が、流石に大公家の方にそれを勧めるというのは難しいかもしれませんね」


 私がそう言うと「確かに」と、ヴィルヘルミーナ嬢は小さく笑った。


 今の聖地アセリアにある教会本部は現在の王に近い。まぁ、腐敗しているといえばそのままであるが、他の会派からのエリセウス王国の上級貴族――特に各大公家、王家に対しての心象が悪い。故に我が家などには協力的ではあるが、それも公には出来ない。


 元より教会上層部の腐敗原因を作ったのがエリセウス王国の上位貴族と王族なのもハッキリとしている。それだけでは無く、教会も各会派ごとに分断が起こっており、国内にある教会のほとんどが本部の意見に阿っており、他の会派は他国へ移し近隣各国へ広がっている状態になっている。


 そんな状況下で最後の逃げ先といっても問題が起こる事はあからさまなのだ。ここは私がキッチリと彼女に魔力の扱いや隠蔽方法を教えるのがとりあえずは良いだろう。


「ヴィルヘルミーナ様は王城へは上がった事がありますか?」


 これはあくまでも確認だ。


「いいえ、わたくしとてもでしたから、王城には一度も行った事はありません――と、いうより我が家の者が王城に上がる事は殆どありませんわ」


 そうだ、王宮からの様々な催事でさえデュラディス大公家の方が出てくることがなかったのは前世以前からだったハズだ。


 本来こういった行為は問題になるのだが、主要な派閥的にも王宮の力関係的にもいた方が邪魔になるという、極めて弱い立場であり、かの家の王権復古を目指す過激な王権派の者達が暴走する危険もあり、余計な混乱を招かぬようにデュラディス家の方々が苦心した結果だ。


 考えればデュラディス家の人達は意外と強かななのかもしれない。


 そんな事を考えつつも、私は話を先へ進める。


「ヴィルヘルミーナ様は魔力の隠蔽とは如何に行うかをある程度は知っていますよね?」


 私の言葉に彼女は小さく頷く。


「ある程度はね。日々魔力量が溢れて来る所為で魔道具を使わなければ難しくなってしまった――と、いう感じですわ」

「やはり魔力硬化を気にしてしまうところですか?」

「ええ、魔力を自分の体内に圧縮をするというのは危険を伴うというのも常識だと思うのだけど、貴女からは驚くほどに魔力を感じないのはとても奇妙よね」


 私の魔力量は現在の王国には並ぶものが居ないほどに膨大な魔力をこの身に内包している。が、私の魔力隠蔽はアイシャから教わった方法から更に自身の中で考えた理論に基づいて行っている。


 ま、我が姉は簡単に再現してしまった事を考えると微妙な気持ちにならなくもないが、アレは特殊な例なので彼女が私の技を手に入れるまでには結構な時間が必要だろう。


「はい、極限まで圧縮していますから、王城の魔道具さえも私の魔力を検知する事は出来ません。あと、魔力硬化に関してですが、こちらも心配する必要はありません――ただし、私が知る技術を再現出来たならですが」


 そう言うと姉以外の皆が驚きの表情を浮かべる。


 まぁ、魔力硬化――所謂、魔核症というのは魔力操作に謝って体内に硬化する程の魔力を圧縮する事によって起こる現象であり、そもそも魔石が肉体内に出来るわけだが、魔石も魔力が圧縮した存在と考えると逆に魔石を魔力として溶かす事も自身の魔力であれば、難しい事では無い。


 ただし、体内の器官に障害を齎すような危険があるのも確かだから、その辺りは自身で魔力が固まるギリギリの見極めが必要かつ、魔力が固まったとしても問題無いというイメージと固まった魔力を溶かすイメージの両方が必要になる。


「まず、簡単なところから教えますね。ヴィルヘルミーナ様は魔力操作はどれくらい自信がありますか?」


 するとヴィルヘルミーナ嬢は難しそうな表情を浮かべる。そして、小さく咳払いをして誤魔化すように微笑んだ。


 まぁ、なかなかそういう環境にいなければ、魔力操作などすることはあまりない。魔力隠蔽の初期段階に至ってはそこまで難しい魔力操作は必要なく、ある程度力業でどうにかなるものだ。


「魔法という意味において、わたくしは扱ったことが無いのである程度、魔力を押し込めることは出来ていると思いますが、魔力操作という点において、出来ているのかどうかの判断は出来ませんわ」

「ヴィルヘルミーナ様のお姉様であるエヴィリーナ様は随分と魔法がお得意のようですが、教えて頂いたりは無かったのですか?」


 と、私が言うとエヴィリーナ嬢は困ったわ。という風に微笑むとテーブルにある紅茶の入ったカップを手に取り優雅な雰囲気でお茶を口に含み小さく息を吐く。


「ミーナに魔法は教えておりませんわ。魔力を押し込めることをしながら魔法を使うというのは凄く難しいことだと思いますし、と、いうかアンネローズ。そんなこと出来ますの?」


 エヴィリーナ嬢の言葉に我が姉は首を傾げる。しばしの沈黙の後に「ん~」と、間の抜けた声を出した後に更にある焼き菓子をパクリと貴族子女とは思えない行為に私は少し驚く。


「感覚的な話しか出来ないけど、私にとっては全然難しい話では無いからなんとも言えないけど、出来るよ」


 当然、出来る。けれども、我が姉の場合は特殊というか特別というかだ。『真贋』の加護によって彼女はどうやって魔力を扱うかを即座に理解し、扱う事が出来る。だから、他人が苦労するであろう点は絶対に理解出来ない。


 伝承通りであれば、『真贋』は様々な現象を理解出来る力であり、自身で理解したくない事は無視する事が出来るらしい。なんとも都合の良い力だと思うが、様々な魔法を見るだけで理解出来るのは何とも恐ろしい力だが、それを扱う――と、なるとそれは個人の力による。


「――はぁ、貴女に聞いたのが間違いだったという事だけは分かったわ。ではイリーナの方はどうかしら?」


 まぁ、私も姉と似たようなところではあるが、折角なので様々な魔法について少し講座をしておこうと思うのであった。

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