第36話 忘れされし存在

 20年という時間の間に行った聖女狩りと徹底した情報統制の手腕は恐ろしいという他に無い。しかし、これも国内貴族の派閥関係などの状況も上手く作用して現在、皆が聖女という存在を忘れてしまっている。


 何よりも今まで魔王軍との戦いがあまりにも長く続いていた所為で現在の平和を作り上げたアイツを多くの者達が信じている。


 魔王軍との戦いを決定的に優位としたのは多くの聖騎士と聖女達の犠牲による事が忘れられてしまっているのは私としてはとても面白く無い話だった。しかし、これは言ってしまっても意味は無い。


「ともかくです。平和な世となった現在、忘れられてしまっている――と、いうことだけは確かです。しかし、ヴィルヘルミーナ様のような方というのも、少なからず存在しているハズです。そして、その力を上手く扱う事が出来ずに幼くして亡くなる者も多いでしょう」


 私が病弱であった原因もそこに由来する。これは前世でも似たような病に掛かっていた事もあるが、その対処法が現在は失われてしまっている――いや、秘匿されているだけかもしれない。


 原因としては魔力の発現時期が早いか遅いかの違いが大きい。私の場合、記憶が戻った時には既に病弱でどうしようも無いくらいに弱っていた事を考えると、かなり早い段階で覚醒してしまったから、肉体が魔力に耐えれないことで起こっていたと考えるのがいいだろう。


 ヴィルヘルミーナ嬢が今も健在なのは魔力の発現が近年に起こった事である程度、肉体的な器が魔力を許容出来たか、特殊な魔道具が手元にあったか――だ。


「やはり、お爺様が仰っていた事は確かだったのですね――私も幼い時はかなり病弱で幾度も死の危険があったらしいのですが、祖父が秘宝を使って治してくれた時に暈してですが、そのような話をしていましたわ」


 と、ヴィルヘルミーナ嬢が言った。彼女の祖父が対処法を知っていた――と、いうか秘宝ということは魔道具を使って一時的に対処をしたのだろう。


「そういえば、話は変わりますが――過去の魔王軍との最後の戦いに参加していた聖騎士と聖女の人数を知っていますか?」


 私は敢えて聞いた。実は私が調べた魔王軍との戦いについての記述には聖騎士はいたが聖女は書かれていなかった。しかし、私は概算だが知っている。そして、その後に殺された聖女の人数も大体は把握している。前後の文献に数字の差があったことと私の記憶を照らし合わせればある程度は分かる。あと、アイシャのような教会側が秘匿した者達につていも彼女からある程度は聞いているので、こちらも把握している。


「聖騎士と言えば、シルフィンフォード家やディレービス家が有名ですね……対魔王軍で組織された聖騎士団は数戦の規模だと覚えているのですが、正確な数字は分かりかねますわ」

「普通、歴史好きな者でないと、中々にその辺りの数字は出て来ませんわね」


 と、姉妹は首を傾げながら言うのだった。ま、普通はそうか。数字の計算が得意だという者でも歴史は嫌いだという者が過去にもいましたし、歴史を覚えるというのは面倒だったりする。


 しかし、貴族の場合は教養として国の歴史や大規模な戦の細かい数字などを覚えなければいけない。これは今も昔も変わりないと思う。が、ほんの20年前の出来事だというのに、徹底した情報統制によって、歴史改竄され、詳細な数字は消え、人々の記憶からも既に忘れ去れている。時間の流れとは本当に恐ろしいものだ。


「過去の文献によれば、魔王軍の最後の戦いに参加したのはエリセウス王国軍2万、冒険者3千、教会騎士団5千でした。その内、聖騎士の称号を持っていた者は300人程度です。そして、聖女の人数は約1千。所属の内訳は教会騎士団が約500名、冒険者が約200名、王国軍300名です」


 前世の知識になるが、私が教わった話だが聖女となる者は1千人にひとりくらいの割合だったそうだ。しかし、聖女といってもその力は下から上まであり、魔王軍との戦いに参加出来る者はそこからさらに絞られていく。


 教会関係者という話で言えば、魔王軍との最後の戦いに参加した聖女は全て教会関係者というのは間違いない。そして、その中で貴族出身者というのは約100名で上位貴族はその中でも数名だ。


「そして、残念ながら最後の戦いに参加した聖女は現在、誰も生存していません」


 と、私が言うと皆驚いた視線を私に向ける――が、我が姉は何故か納得と言わんばかりの表情で頷いていた。


「それほどの戦いだったのですね……」

「なんとも恐ろしい話ですわ」


 いや、もっと恐ろしい話なのだ。私は小さく咳払いをすると、皆の視線がこちらに向く。


「いえ、どの文献からも激しい戦いだったことは明らかではありますが、回復魔法が使えるのですから、生存確率は非常に高いのです。戦死率で言えば聖騎士の方が高かったのです」

「え、ですが……」


 ヴィルヘルミーナ嬢が不安そうな視線を向けて来る。


「ほとんどの聖女は最後の戦いの後に勇者の命により捕らえられ悲惨な死を与えられたのです」

「――だからこそ、聖女が禁忌なのですね」


 何かを納得するような表情でエヴィリーナ嬢は小さく溜息を吐いた。かの大公家であれば当然、一族の中にも犠牲者がいたハズだ。前世では何かの席で会ったことがあったが、高位のお嬢様が幾人かいたのだ。


「お身内にも戦後に処刑された方がいらっしゃったのですか?」


 と、私がそう言うとエヴィリーナ嬢は小さく頷いた。


「詳しくはわたくしも知りませんが、大罪を犯したということで処刑された方がいたそうです。その話をしたお父様の表情がとても何とも言えない感じでしたので、言えない何かがあったのだろうと思っていました。お爺様やお婆様も当時の話をしたがらない事を考えると、現王の聖女に対する処罰は相当に苛烈だったのでしょうね」


 そうだろう。何故、彼がそうまでして聖女に対して憎しみを抱いているのか理解出来ない。あの戦いにおいて私やマリアンヌがいなければ、そもそも勝利は無かった。


 いや、犠牲になった者達も含め、共に戦った者達がいたからこそ勝利を手にする事が出来たハズだ。


 そう思うと、何とも言えぬ不安が芽生えるのであった。

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