第32話 デュラディス大公家の姉妹
「一体、どういうことなのでしょう?」
と、声を上げて笑っていた姉にそう言うと、姉は満足気に私の頭をポンポンと優しく叩き「とりあえず、そこにお座りなさい」と、言われて私は渋々といった風にアピールしつつデュラディス大公爵姉妹の正面に位置する席へ座った。
「さて、まずはここの拠点はエヴィの為に用意された場所だと思ってね。で、ミーナが貴女達と同じクラスに通う予定って部分が気になっているのよね?」
それは普通に考えると当然の話で、特に上位貴族の令息令嬢は余程の理由が無い限りは必ず学園に通わなければならないお触れが出されていると聞いている。下位貴族は上位貴族に倣って通わせているそうだが、貴族の子達はほぼ全員が学園に通っているハズ。実際に学園に席を置いておきながら引き籠っている者がいたという話はメルビーから聞いた事があるが、デュラディス大公令嬢のヴィルヘルミーナ嬢が入学までに通えなかったというのは何か特別な理由があるのだろう。
しかし、学内で特別な拠点を用意される――まぁ、大公家であれば当然とは思えるけれど、王族も通う場所で特別な待遇があると、色々と立場的にも問題がありそうだ。
「イリーナ、そんな小難しい顔をせずに肩の力を抜きなさい。疲れちゃうでしょ?」
「アンネは肩の力を抜きすぎではなくって?」
「ここには敵が居ないし、面倒な奴らもいないから、少しくらいは平気でしょう?」
と、姉とエヴィリーナ嬢は楽し気に微笑みあった。なんとも不思議な空気感だ。そんな事を思いながら、私はふとマリアンヌの事を思い出す。私の大事で大好きな妹の笑顔を思い出しつつも、何故、今の場面でそんな事を思い出したのか疑問に思いつつ、私は思考を切り替えた。
「ヴィルヘルミーナ様にどうして途中入学なのか聞いても宜しいでしょうか?」
私がそう言うと我が国の貴族では珍しい深く艶やかな髪を小さく揺らして彼女は小さく微笑んだ。
「ええ、大した理由ではありませんから、お話致しますわ」
そう言って彼女はソファから立ち上がる。
「アレは春の陽気を感じられるようになった頃――そう、我が父について旅行をしていたのです。東のトーレリア王国にある珍しい鉱石が産出される鉱山都市ベルクア。ここは毎日が騒がしく、鉱石を加工する鍛冶場が多く、様々なところから槌を打つ音が聞こえて来る不思議な街でしたわ」
鉱山都市ベルクアは前世では一度行った事がある。場所的に近い場所かと言われればかなり遠方になる特に我が国の東に位置するトーレリア王国は山野ばかりの中々に険しい場所が多い国になるが、様々な鉱石や宝石が採掘される鉱山が多数ある為に鉱山都市と呼ばれる鉱山を中心に発展した街が幾つもある。
「なるほど、冬の魔王に捕まって戻ってこれなかったのですね」
「あら、知っているのね」
鉱山都市ベルクアでは数年に一度、冬の魔王と呼ばれる豪雪がおこり、下手をすると一ヶ月ほど街から出る事が出来なくなる。これも前世での記憶だが、私があの街に入った時もその時期にあたり、酷い足止めを喰らった。と、いってもあの街の中にいる分には生活には問題が無いところが、また問題だった。
「知識でだけですが、あの地方でおこる豪雪は多くの死者が出るほど……と、覚えております」
「でも、鍛冶師達の知恵によって街の中はとても暖かいのよ。なんとも不思議な話よね」
ベルクアには鍛冶の神ヘディオスの
「この世界に現存する7つの
と、エヴィリーナ嬢は落ち着いた雰囲気でそう言うとヴィルヘルミーナ嬢は口を尖らせる。
「まぁ、意地悪なお姉さまね。ともかくですわ、入学に間に合う日程で出ていたハズですのに、こちらに戻ってこれたのが数日前で大遅刻というわけです。下位貴族であれば大変な状況に陥った可能性もありますが、我が家の順位は上から数えた方が早いですから、色々と助かりましたわ」
あっけらかんとした雰囲気で彼女はそう言った。確かに現在の序列では二番目であり、古くから続く――いや、王国内では最も古い王家直径の血筋を持つデュラディス大公家の令嬢と考えると学園も文句は言えないだろうし、そもそも冬の魔王は自然現象だ。数年に一度あることだとしても、予測を立てるのも難しいだろう。
前世でも、街に閉じ込められて色々と文句を垂れる奴もいたけれど、文句言ってもどうする事も出来ないのだから、仕方ないと諦めるしかない。
それよりも、クラス内で本来より一人少ない状態を知らされぬままいたことの方が驚きだ。誰も気にしていないのか、何か別の問題が存在するのか?
「色々とイリーナは難しい事を考えているようだけど、デュラディス大公家だから――と、思っておいた方がいいわよ。特にこの貴族社会の中で王家以外で特別な存在というのはデュラディス大公家かアルカディア侯爵家、ティバレス辺境伯家くらいなものよ」
「あら、アンネ自家を含まないと思っているの?」
「我が家は特別とは思ってはいないわよ。確かに古い家ではあるし過去に聖騎士を輩出している家ではあるけど、政治的な意味ではそこまで力があるわけでは無いもの」
確かに政治的な意味では我が家は力があるわけでは無い。どこにも与しない事でバランスを取っていると考えるべきだろう。なにせ王家に次ぐ武力を持っている領地でいえばティバレス辺境伯とシルフィンフォード伯爵家だと多くの者は答えるだろう。
しかし、王家からはどちらの家も面白くは無い存在であるのは確かではある。ティバレス辺境伯家は王家に忠実であるのは有名だけど、シルフィンフォード家は違う。前世の頃から魔王軍との戦いにおける最前線であった為に所有している騎士団の人数や力が国内では群を抜いている。そして、魔王軍を打ち破り平和な世になったとしても、未だに魔物や魔獣が大量に出没する危険な地を守る為に国軍に匹敵する規模の騎士団が常駐している国からすれば、結構危険極まりない存在である。
「政治的な意味ね……もし、私が王ならば私有武力の解除、もしくは国軍への移籍をさせるわね」
「普通ならそうかもしれないけれど、今の王はかの英雄で勇者様だし、そんなちっぽけな事は言わないでしょ?」
「まぁ、それはそうですわね」
と、姉達は楽しそうに談笑するのであった――が、ヴィルヘルミーナ嬢はちょっとムスっとした顔をして溜息を吐く。
「全く、呑気なお姉さま方ですわね。今日、私を呼んだ件について話をしませんか?」
やっと本題に入れそうな雰囲気に私は少しホッとするのであった。
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