第31話 鋳薔薇の館
暫くの沈黙の後、残念王子は小さな溜息をしてから私の言った提案を飲む事を承諾するような事を言ってダンヘッケ男爵令嬢は喜びの声を上げた。
と、いうかそれで喜ぶ彼女もそうだが、まんざらでも無い様な表情をする残念王子もどうなのだ?
そして周囲の視線にさらされつつも王子達が去って行き私はゆっくりと息を吐いた。
ちらりと後ろに控えていたメルビーに視線を向けると彼女は小さく苦笑する。まぁ、そういう表情をしたくもなるだろう。とりあえずは一難去って――と、いう感じではある。
その後は放課後まで何事とも無かったが、ハッキリ言って教室の空気は最悪だ。ま、授業が終わり早々に王子一派がダンヘッケ男爵令嬢ミシュリーンを連れて教室から出て行ってくれたおかげでエリアーナ嬢も安堵の息を吐いていた。
そこから数分後に廊下から騒めきが近づいて来る。
「どうやらお迎えが来たようね」
私の言葉にエリアーナは不思議そうな顔をするが、何かに気が付いて歓喜の声を上げた。
「瞬撃の乙女、シルフィンフォードの紅薔薇様!」
私の家でも同じ反応をしたけど、またするのかこの娘――ま、まぁ、いいけど。現れたお姉様は澄ました表情でにこやかに微笑むと教室の中に騒めきが伝播する。が、こちらは憧れというよりも恐怖するような気配だ。うーん、恐ろしい姉だ。
「お待たせ、イリーナ。あ、お友達も連れて来て大丈夫よ」
「はい、お姉様。エリアーナ、行きますよ」
「ひゃ、ひゃいっ! イリーナ様!」
と、私は妙な騒めきの中、姉の後に続いて教室を出る――が、廊下でも既に騒ぎになっているようで、野次馬達が沢山集まっていたが、私達を遠巻きに見るだけで声を掛けるでもなく、ただ見ているだけだった。
まぁ、謎の黄色い声が聴こえることはあるが、上位貴族にとっては畏怖の対象、下位貴族にとっては憧れ――と、いう雰囲気だ。
「お姉様、いつもこのような雰囲気なのですか?」
「ま、そうね。随分と上位貴族には恐れられているみたいだけど、特に害を成そうという者はいないから、放置しておいても問題ないわよ」
「さ、さすがです!」
エリアーナは興奮した様子で感心するが、なんとも色々今後が不安である。
そして、私達は校舎から一度出て学内に複数ある建物のひとつに入って行く。
「イリーナには説明してなかったけれど、私が所属している学生自治組織である『
「自治組織ごとに拠点があるのですか?」
「ええ、学内にある建物の幾つかは自治組織の拠点として使われているわね。まぁ、私のところは少し特殊な事情で建物まるごと使用許可が出ているけど、多くは自治組織塔と呼ばれる建物の一室という感じかしら?」
なるほど、特殊な事情というのが今回の話に関わって来そうなところだ。普通、上位貴族であったとしても王族以外で学内にある建物を借り受けるなどと早々は出来ないだろうし。
建物の中に入ると、どこか懐かしい雰囲気がするエントランスには魔王軍と戦っていた頃に使われていたであろう武具が並べられており、姉が言った貴族子女らしくない場所というのも納得である。
「こっちよ。ついて来て」
と、いつもの家での雰囲気になった姉がそう言って私達を手招きし、エントランスにある螺旋階段の傍にある古びた扉を開け、中へ通された。
「階段を上るわけでは無いのですね」
「ええ、上のフロアは普段は使ってないから、こっちの部屋の方が使い勝手が良くてね」
そんな事を言いながら部屋に入ると、派手さは無いがしっかりとした家具が置かれており、随分と古い物だというのは見て分かる。と、いうかここに置かれている物は過去に教会で使われていた物だと気が付いたが、敢えて口にする事も何かを気にするような仕草も出ないように気をつける。
そして、彼女達は私達に気が付いて楽し気な瞳をこちらに向けた。
「アンネローズの妹さんとマヒューズ子爵令嬢――えっと、名前は何だったかしら? えー、えーっと、エリアーナでしたっけ?」
「流石のエヴェリーナね。因みに彼女は一度会った事のある人は大抵の場合は覚えているわ」
「大抵の場合のみよアンネローズ。一応、名乗っておきますわ。
と、楽し気に彼女は言ったが、忘れられた王族とか捻くれ大公の娘はどうなんだ。と、いうか彼女の家はデュラディス大公家ということは旧王家で現王家の元になる血筋の系譜を持つ家だ。現在の順位は前々王の王弟が大公家を一つ作った経緯の所為で第二位となっているが、本来のエリセウス王国の家格で言えば貴族序列では第二位となり、王家に次ぐ家ではあるが……私の前世でも随分と政治的にも権力を削がれており、その頃からも忘れられた王族と言われていた。
「そして、隣に座っているのが
彼女がそう言うと、隣に座っていた少女がスッと立ち上がり何とも美しい貴族の礼をして、綺麗な旋律を奏でるような声を発する。
「ヴィルヘルミーナ・イーナ・シェセスタ・イーリセウス・デュラディスと申します」
「ヴィルヘルミーナは貴女達と同じクラスに通う予定ですから、仲良くしてあげてね」
と、エヴィリーナが優しく微笑んでそう言った。同じクラスに通う予定――と、いう言葉に私とエリアーナは思わず首を傾げてしまうと、その様子を見ていた姉が楽し気に声を上げて笑うのであった。
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