第30話 奇妙な緊張感が漂う教室
教室に入り、奇妙な緊張感が広がっていた事に私は小さく息を吐いた。正直なところ驚きよりも戸惑いの方が多いようにも感じた。私も皆と同様ではあるが、驚きや戸惑いよりも呆れが先に立つ。
「エリアーナ嬢、ごきげんよう」
私が彼女に挨拶をすると、苦笑するのを無理に隠そうとしてやや引き攣った笑顔で挨拶を返す。
「――ごきげんよう。イリーナ様」
「貴女はアレについて何か知っていて?」
と、私は小声で彼女に言うと「残念ながら……」と、彼女は小さく溜息を吐いた。上位貴族達の中には我関せずという雰囲気の者達もいるが、ピリピリとした雰囲気の者も多い。と、いうか王子に特に近しい者達が困惑しつつもアレに対して冷たい視線を向けていた。
私は敢えてエリアーナ嬢の隣に座って、視線を彼女には向けずに小声で話を続ける事にする。
「もしかして、貴女が教室に着いた時には既に?」
「はい、その後に来た上位貴族の方が殿下に何やら言ったようですが、殿下が『気にするな、自らが許している』と言って、仕方なく引き下がるという場面があり、それから――教室内は現在のような状態です」
「なんとも言えないわね」
「ですね……」
全く、アイツによく似てあの王子は頭のオカシイ子がタイプなのかもしれない。どう考えても周囲の空気が悪すぎるが、それを気にしない豪胆な――いや、何も考えていないだけかもしれない。が、ありえない状況を気にした様子もない雰囲気は色々な意味で問題だ。
特に周囲の者達が何も言わずにいるのが最も問題だ。あの王子に文句を言った貴族がいるようだが、ほとんどの者が何も言っていないというのは余程あの王子の力が強いのか、王子周辺にいる上位貴族は王子に対して何か思うところがあるのか。
まぁ、その辺りは情報が無さ過ぎて考えても仕方ないと私は思い思考を切り替える。
「それにしても、諫言した方はどこのどなたなのかしら?」
と、私が聞くとエリアーナ嬢は何とも言えない表情をしながらゆっくりと息を吐く。
「カリート侯爵令嬢リリアンヌ様です」
おや? 意外と気概のある娘だったのか。まぁ、王侯派閥でも上位の家ではあるし、先日もあの子の事を随分と正確に見ていたようだし、見る目はあるようだ。
そういえば、姉がボコボコにした貴族家と考えると私に対しての心象も良くないだろうから、関わる必要は無さそうだ。
「この環境で諫言を口に出来るだけでも意外とやるわね」
と、私がいうとエリアーナは小さく笑いそうになって、すぐに周囲の雰囲気に気が付いて小さな咳払いをして誤魔化した。 しかし、この教室の雰囲気は何ともいえない程に空気が悪い。
「そういえば、アンネローズ様とのお約束ってどうなりましたか?」
「ああ、そういえば言っていなかったわね。今日の放課後に向こうからお誘いがあるから、それまでは何事も起きない事を祈りつつ平穏に過ごせればいいわね」
「――この状況ですと、平穏とは言い難いですね」
それはその通りだ。まぁ、雰囲気が悪いだけではあるけれど、何かが起こっているわけでは無い――けれど、序列を重んじる貴族社会において例外的な動きがあると、色々と面倒が起こるのは確実であり、序列の一番上にいる王族があのような事をすれば問題になるのは誰でも分かる。
しかし、王族の権力を考えると誰も言えない状況というのも問題だ。あの王子の行動は確実に貴族派閥や現在の序列を崩そうとする勢力が動くのは確実だろう。
どうであったとしても、現状は出来るだけ波風を立てずに関わらない方向が一番だろう。
「まぁ、なるようにしかならないわね……」
と、私が呟くとエリアーナも似たような雰囲気で私をチラリと見た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
不安だと思ったことは非常に早い段階で起こるものだ。
何が面倒だというと話す気が無い相手から話しかけられること。それが周囲から凄く注目されることだ。
「貴様は何故黙っている?」
思わず溜息が出そうになるが、私はそれをグッと堪えてゆっくりとした呼吸を意識しつつ口を開く。
「突然のことで何を言えばいいか分からなかっただけですわ殿下」
そう言うと彼は不機嫌そうに溜息を吐く。こういう姿もアレに似ていてイラっとするが、ここで溜息を私が吐くわけにはいかない。
「ただ申し訳ないのですが、殿下が仰ったことについては私の一存では判断しかねます。特にそれが
「なんと無礼な!」
と、声を上げたのは王子付きの上位貴族の見習い騎士だろう。私はどこの家の者か名前とかも興味が無いので知らないが、ひとつ――あまり頭は良く無さそうだという印象だ。
因みに他の御付きの者達も私に対して訝しい視線を送る。まぁ、それは仕方ないところだろうが、色々と面倒ばかりだ。
「殿下は貴族達の中には様々な派閥がある事をご存じだと思います。我が家はどの派閥にも属さない立場にあります。残念ながら殿下が私に仰った事は我が家に中立という立場を捨てよという事になります。これは家の問題となりますので、両親や関係各所含め確認をしなければなりません」
そういうと聞いていた多くの者達が難しい表情を浮かべる。私は当たり前の事を言っただけだが、当然、聞いている者達にとっても当たり前の話に納得をせざる得ない事だ――しかし、残念ながら目の前にいる一部の残念な子達には少し難しい話であったようだ。
「自分の事さえも自身で決めれぬとは勇猛に名を馳せる者達を多く輩出するシルフィンフォード家の者とは思えぬな!」
と、先程声を上げた見習い騎士らしき者が私をバカにするように言うのだった。うん、コイツはダメだな。王子の周りはこういう残念な子が多いから、こんな事になっているのだ。全くもって残念極まりない。
「バングフォード、君は少し黙っていろ。これ以上の発現は君の立場を悪くするだけだぞ」
そう言ったのは殿下のお付き――少し頭が固そうなというより気難しそうなタイプというか、秀才タイプの珍しい薄い青色の長髪の貴族令息。申し訳無いが家名も名前も知らない。
「ケンツリン、バングフォード。貴様ら二人とも黙っていろ。私が言ったのは多忙極まりない私が不在の場合、君にミシュリーンの面倒を見て欲しいと言っただけだ。そもそも学内だけの話でよいのに家やら関係各所はどうでも良いだろう?」
正直、何故私に? と、なると思うが。それにアレの面倒を見るのも御免被りたいところだけど、そもそも殿下に近しい信頼出来る人間に面倒見させれば良いでは無いか。と、私は思うのだが、どうやらそういう考えには至らないようだ。
「でしたら、私のような人間に頼むのでは無く、殿下がもっと信頼している者にご命令すれば良いと思います。残念ながら私には力不足で御座います――そうです。そちらのお付きのお二人に頼めば良いのではありませんか?」
「ああ、それはよいですね! さすがイリーナ様です!」
と、声を上げたのは残念な殿下の隣にいたダンヘッケ男爵令嬢ミシュリーンだ。謎の喰いつきを考えるとやっぱり、コイツはかなりヤバイ。
一体、残念王子はどうするつもりだ?
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