第25話 瞬撃の乙女伝説

「武闘競技会が終わり、優勝者が舞台上で感想を述べる為に上がって来たところに会場に『意義在り』の声が響いたそうです。一陣の風が舞い、まるで時間が止まったように感じたそうです。もう、それは何とも美しい旋律だったそうですよ」


 と、彼女はうっとりした雰囲気でそう言った。多分凄い圧で叫んだのだろうが、それがとなるのには疑問符が浮かぶ。まぁ、色々と尾鰭が付いているのだろうと私は思う――私で無くとも思うか。


「そして、現れた一人の少女にどよめきが起きたのですが、彼女の持つ独特の雰囲気に皆が道を譲ったそうです。私もその場にいたらなんと幸せな気持ちになれたでしょう。とても残念な気持ちになりますが――んっ、んっ、と、ともかくです。アンネローズ・キーンベルク・シルフィンフォード様はそうして、壇上へあがるのです」


 何故か凄いドヤ顔の姉の姿が目に浮かぶ。意外と家で会う姉とのギャップを感じつつも想像出来てしまうところが不思議だ。


「そして、壇上でその上位貴族を糾弾したのです! それに逆上した上位貴族――卑怯な手段を用いていたとしても、実力も相当あったわけで、さらにアンネローズ様からすれば上級生になるわけですから、に考えれば格上になると思うんです」

「ま、それは普通に考えればね」


 ここが我が家が特殊なところではある。たぶんだけど、他の貴族に比べて幼い頃から様々な戦闘訓練を行う家というのは現在の王国では非常に少ない。他家でそういった流れが現在でもあるのは辺境伯家くらいだ。たぶん、姉が事を構えた上級生の上位貴族というのは武闘派の貴族とは思うが……。


「やはり、シルフィンフォード家ではその普通はアレなのですね――」

「ま、我が家のような特殊な立ち位置で平和な世になったとしても、昔と変わらず鍛えている貴族というのは本当に少ないから」


 と、私が言うとエリアーナは苦笑する。


「さすがですね。で、先程の続きですが、上位貴族は確かに冷静さを失っていたと言っても、誰も彼女の動きを追うことさえも出来ずに数発の打撃を受けて会場の壁まで吹き飛ばしました。そして、『卑怯な手で勝利して威張るのであれば、シルフィンフォードの私を倒してからにするのね!』と、透き通る声で言ったのですが、その可憐さに皆見惚れたそうです」


 さすが我が姉という感じではある。一つ気になったが上位貴族の男は何学年の者だったのだろうか?


「これで学内どころか学園全体に彼女の話が広まったのですが――」


 ん? この話、続きがあったのか。私がそんな事を思ったわけだが、彼女はフンと鼻息荒いまま楽し気に話を続ける。


「まぁ、当然と言えば当然なんですが、一部の生徒からは恐れられる対象となったのですが、やはりその実力が本当かどうか確かめたいという生徒も多くいてですね」


 なるほど。騎士を目指している者とかも、その実力が気になるわけで――それに敢えて武闘大会に出なかった上位貴族などにも気にくわない存在として認識された感じか。


「数週間の間、連日アンネローズ様へ挑戦する者が現れたのですが、まさに無敗! そして、全ての決闘において誰もアンネローズ様には触れることさえ叶わなかったことから瞬撃の乙女と呼ばれるようになったのです!」


 実際、姉がどこまでやれるのか戦ったことがないので分からないけれど、彼女の話からすると相当にデキルのでしょうね。まぁ、私の場合は前世からの記憶と現在の魔力量、魔力の使い方を考えれば負ける気は全くしない――興味はあるけれど、家族と戦うなんてことは基本的に考えたくは無いので、私は直ぐさまに思考を止める。


「なるほど、現在学園内で我が姉に勝てる者は誰一人としていない――と?」

「それは当然です。来年は最上級生となりますが、学園内で不届きな事をすればアンネローズ様を筆頭に薔薇様方がやってきてお仕置きされてしまいます」

「薔薇……さま?」


 私の呟きにエリアーナはニヤリと口角を上げる。クッ、罠に掛かった気分になる。聞いてはいけなかった感じだ。


「学生自治組織というモノが学内には幾つか存在しているそうです。その中でも最も有名なのが四色の鋳薔薇フォーカラーズローゼスと呼ばれる四人の貴族令嬢を中心とした自治組織なのですが、ここは他の自治組織と変わっていて所属している貴族令息令嬢でも上位貴族の方が少ない事が特徴となっています」

「まぁ、我が家も伯爵家で上位貴族ではありませんからね。で、他にも自治組織があるのよね?」

「はい、有名なところですと『白騎士団』『大鷲団』『シルベーヌ魔法団』などですが――多くは上位貴族のサロンという傾向が強いですね。小さなところを含めばかなりの数の自治組織が学内にはっ存在していますね」

「なるほどね」


 自治組織と言いつつも結局のところ冒険者のパーティーか、もう少し規模の大きいクランといった感じか。上位貴族からすれば派閥みたいな扱いで彼女も言っていたがサロンなのだろう。


「――そちらの話も聞きたいけれど、今日はこの辺りにしましょう。時間が遅くなってしまったわね」

「い、いえっ、お気になさらず! 私も凄く楽しかったですからっ!」


 彼女はそう言って楽しそうに微笑んだ。ふむ、まぁ、確かに意外と楽しい時間であった。が、ふと明日からの事を考えると不安な事が多いと思いつつも、エリアーナを彼女の邸宅まで送り届ける手配をして彼女と別れた。

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