第24話 姉の伝説

「お姉様にはその伝手があると――いうことですか?」


 と、私の言葉に良い笑顔のまま、どこかしたり顔な雰囲気を見せる。この微妙な変化を敢えて悟らせるというのも貴族令嬢の技だと言えるけど、たぶん姉の表情は分かりやすいと私は思っている。


「さ、さすがシルフィンフォードの紅薔薇様ですわ」


 エリアーナは目を輝かせているが、その二つ名は一体なんなのだろうか。


「私の友人にとても良い血筋の方がいるのだけど、その妹君が貴女と同じクラスにいるという話を先日からしていたのよ。当然、友人も何かあれば力になると言っていたから問題無いと思うわ」


 とても良い血筋の方というと、上位貴族の中でもさらに良い血筋の方という意味だろう。王族では無いことは確かだから、大公家の人間と考えるか、それとも侯爵家の当主直系かだろう。


 確かに大公家の人間もいたような気がするが、残念な事に上位貴族と関りを持つ気が無かった為にあまり覚えていないし、親睦会でも大公家の人間とは卓を囲んではいない。


「はぁ、イリーナは上位貴族と関わりたくないという気持ちが一杯でどんな人がいるとか、名前だけでも覚えておくとか考えていなかったでしょ?」


 まさに図星。姉は私の事をよく分かっている。


「まぁ、それはいいとして――ひとまず私が場を整えてあげるから、私からの連絡を待ちなさい。と、いうわけで私は戻るわね」


 と、姉はそう言ってスッと立ち上がり再び窓からサッと飛び降りて去って行った。って、窓から帰る意味ってあるのか疑問すぎるけど、部屋から出て来るとそれはそれで問題か。


「あ、あの……イリーナ様?」


 エリアーナは少し不安そうな瞳で私を見て来る。が、少し頬が上気しているような風にも見える――この娘、意外とミーハーなところがあるのかもしれないな。


「どうしたのかしら?」

「い、いえ、まさかシルフィンフォードの紅薔薇とも呼ばれているアンネローズ様に会えるとは思っていなかったのですが、そ、その……上位貴族の方とも繋ぎをくださるなんて」


 確かにそれはその通りだが、謎の二つ名を持つ姉の事をあまり知らないのは色々と問題があるかもしれない。姉が色々と上位貴族をボコしている話は知っているが、彼女の武勇伝はもっと大量にありそうだ。


「エリアーナ嬢、ひとつ教えて貰えるかしら?」

「は、はい。何でも聞いてください!」

「何でもは――んんっ、とりあえずお姉様の謎の二つ名について教えて貰えないかしら?」


 と、私が言うと彼女は何故知らないんだと言わんばかりの表情を浮かべた。その気持ちは分からなくはないが、少しくらいは表情を繕いなさいと思うところだけど、まぁ、慣れて無いと難しいかもしれない。


「もしかして、イリーナ様は知らないのですか?」

「――ええ、我が兄姉達が学園において様々な武勇伝があるのは知っていますが、その二つ名で呼ばれるようなところは全くもって知らないのです」


 私の言葉に驚きの表情を見せるがどこか納得するような雰囲気を見せて小さく微笑む。


「確かに兄妹の間って以外と知らない事があったりするものですからね。分かりました、特に現在学園内でも有名な人物の一人ですから知っていた方が良いでしょう」


 と、エリアーナは目を輝かせる。うーん、もしかして失敗してしまった可能性がある。が、聞かざるを得ないな。


「近年と言ってもシルフィンフォード家の方々は皆様学園においてとても人気のある方々なのは本当に有名です」

「まぁ、色々と名を馳せているのは知っていますが、それほどなのね……」

「はい、それはもう。私、同じクラスにイリーナ様がいる事を知って心躍りましたもの」


 そう言いながら彼女は楽し気に微笑み、おっとりとした雰囲気の柔らかそうな浅葱の髪を揺らした。大人しそうなイメージだったが、意外と面白そうな性格をしていると私は思いつつ先の話を聞く為に姿勢を正した。


「で、話の続きを頼みます」

「あ、そ、そうですよね。では、瞬撃の乙女の話をしましょう」


 と、彼女は熱量の籠った瞳を輝かせた。


「私達と同じ初学年の時の話になります」

「あら、思っているより早くからなのね」

「ですよ、色々な意味で伝説です!」


 なんとも色々な意味というのが気になるところだ。確かに我が姉の魔力量は私とは比べてはいけないけど、前世の記憶からでもあの歳で考えると多いし、我が家の騎士達も上位に入るほどの強さを持つと噂されていた。


 私は未だに騎士達とは訓練禁止ではあるけど、元々病弱でそれどころでは無かったのもあった。因みに我が家の大天使マリーはそういう世界とは無縁でいて欲しいと私は願うばかりだ。


「で、事は初年度の実技大会で行われた武闘競技会にて参加したとある貴族令嬢が闇討ちに遭いまして」

「……えらく物騒な話ね」

「はい……武闘競技会では時折あるそうです。特に上位貴族の間では競技会までの間も潰し合いが裏では横行しているそうです」


 まぁ、貴族らしいと言えばそうなのかもしれないけど。


「その貴族令嬢は無事だったの?」

「はい、怪我はされたのですが――それを救ったのがイリーナ様のお姉様であるアンネローズ様です。そして、闇討ちという卑怯な手段に出た貴族――と、いうのがですね、その武闘競技会で優勝したのです」


 結局、その貴族が卑怯な手段で対戦相手に怪我をさせて? いや、怪我くらいであれば回復魔法を使えば――ん? ふと思ったが聖女の多くが現在秘匿され、聖女となる回復魔法が使える者達はいないのか。


 しかし、回復用の薬や魔道具などもあるハズだ。で、あれば闇討ちしたとしても、相手に怪我を負わせて勝つなどは難しいのではないだろうか?


「ひとつ疑問なのだけど、怪我を負わされたとしても治癒する薬や魔道具で治せば問題ないのではなくって?」


 と、私がいうとエリアーナはポカンとした表情を浮かべた。ん? 私は何か失敗したのだろうか?


「イリーナ様、回復用の薬でも完治するには数日が必要となります。魔道具に至っては王族が管理している物ですから、たとえ上位貴族といえども、おいそれとは使えません」

「――そ、そうなのね」


 多くの聖女達が扱う回復魔法や治癒系の技術があればこそ、魔王軍との戦いが出来たワケだが、アレはどこまで聖女というモノを嫌っているのか……なんだか、気持ち悪い。


「と、ともかく。続きはどうなったの?」

「あ、そうですね。その後の騒動は本当に色々と伝説なので楽しみにしていてくださいね」


 と、エリアーナは目を輝かせて言うのだった。

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