第23話 突然の侵入者

「イリーナ様は――その、伝手が無いと?」


 と、エリアーナは少し驚きの表情を浮かべてそう言った。そうだ。まさにそこが問題で、残念ながら情報も無いので伝手を作るにも誰にどういった方向で攻めるかさえ分かりようが無い。


 そんな事を思っていると、突然客間の窓が開けられる――と、いうか待って欲しい。ここは二階でテラスにも面していない邸内でも人気があまりない客間をあえて使ったのだが、そこの窓が外側から開けられるというのは意味が分からない。


 そして、そこから現れた人物は――


「お、お姉様!?」


 そう、何事も無かったように微笑み何故かドヤ顔の姉が立っていた。と、いうかどうやってやって来たのかかなり疑問だ。いや、我が家の家族は皆が騎士の家系で魔王軍との戦いが続いていた20年前からは随分と変わったかもしれないが、男女関係なく魔力が高く、騎士としての力を持つ者が多い。


「初めましてね。私はアンネローズ・キーンベルク・シルフィンフォード、イリーナの姉にして――」


 と、名乗りの途中でエリアーナは興奮した様子でバッと立ち上がる。


「瞬撃の乙女、シルフィンフォードの紅薔薇様!」


 なんとも凄い二つ名だけど、それが自身の姉だと思うとなんとも、イメージが全く出来ないのだけど一体何をやったのだ我が姉よ。


「落ち着きなさい、ほらイリーナもポカンとしないで座りなさいな」


 そう言われて私も思わず立ち上がっていた事に気が付き、小さく咳ばらいをしてから着席する。そして、我が姉は何気ない所作で傍へやって来て私の隣に座る。


「……で、お姉様はどうやってここへ?」

「まず聞くのはそこなのね。簡単な話よ、扉から入ってくるか考えたのだけど、窓からの方が衝撃的かしら? と、思ってヒョイと飛んできたわよ。ちなみに少しはしたないとは思ったけれど、良い感じに貴女を驚かす事が出来て満足だわ」


 と、姉は良い笑顔で私の言葉に応えた。確かに姉の魔力量を考えれば身体強化でヒョイと二階の壁に張り付くくらいは簡単に出来るだろうが、貴族令嬢がしてもいい行為とは到底言えない。因みに我が家では私の魔力量は前世からの知識もあって圧倒的に多い部類だけど、父や母、兄達も姉もそこらの人達から比べると相当多い。


 そこらの騎士や魔法使いにも負けないほどの技や魔法を体得しているのも我が家は他家とは大分変っている――らしい。これは我が家の騎士団の者達やアイシャの言だから間違いは無いだろう。


「それにしても、どうしてこちらへ?」

「うふふ、だってイリーナが親睦会の帰りにイキナリ他家のお嬢様を連れ込んだと聞いて、その尊顔を見なければいけないと思うのは当然ではなくって?」


 姉はそう言って楽し気に微笑む。もっと落ち着いた雰囲気の人物だと思っていたのだが――いや、そんな事もないな。と、意外と突っ走るタイプだということを思い出しつつ私は小さく息を吐く。


「イリーナ、そんな顔をするものでは無くってよ。我が家の可愛い天使に笑われてしまうわよ」


 そう言われると非常に厳しい。私は素敵な姉であろうと思っているのだから、我が姉はなんとも私の扱いに長けているとも言える。が、ここで姉を利用するのも悪いことでは無いと私は思考を切り替える。


「お姉様、少し困った事がありましてお力添えして頂けないでしょうか?」


 私の言葉に姉は少し驚いたような表情を見せるが、すぐに楽し気な表情をして「話してごらんなさい」と言った。私は事の経緯を説明するのであった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「なるほど……」


 と、姉は表情を変えずにそう言った。こういうところはやはり貴族令嬢という雰囲気がある。普段の姉と比べると、そのギャップが少し面白いと思う。


「とりあえず、まず貴女達が気をつけないといけない事を言っておくわね」


 私とエリアーナは静かに頷くと姉は満足気に口角を上げる。


「第二王子が男爵令嬢とどんな付き合いをするかは別として、貴族令嬢として色々と問題ありそうな娘に対して良い雰囲気であったというのは流石に――と、思うけれど、周囲が彼女を排除しないような流れが生まれた場合はエリアーナ嬢は気をつける必要があるわ」


 姉の言うことは分かるけれど、普通は王族に近づく怪しい娘を排除しないという流れが理解出来ない。


「普通は排除する為に動くと思うわ。当然、貴女達にもどうにかしろと働きかけが絶対にあるでしょうけど、貴女達の話を聞いていると、どうもその娘は上位貴族の男性を惑わすタイプだと思うのよ――数年に一度はそういったタイプの娘がいるのよ」


 そう言って何かを思い出したのか小さな溜息を吐いた。


「で、気をつけないといけない一番大事な事は某男爵令嬢に対して攻撃的な事をしないこと」

「――お姉様。それは物理や魔法という意味では無くて……ですか?」

「当然、物理や魔法では無く、言葉やその他行為全てです」


 姉の言うところ、あの娘がやらかした時に注意することさえも気をつけないといけないという事を言われている。正直なところ、あの娘が何をやらかすか全くもって私には予想がつかないので、より注意が必要になるかもしれない。


「その上で、上位貴族でも特に上位の貴族とも連携を取れる状況を作ること」

「ですが、私達にはそんな伝手はありませんよ?」


 そう言うと姉は待っていたと言わんばかりの良い笑顔を見せてくれる。

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