第21話 親睦会の後にて

 なんとも苦痛な時間を笑顔の仮面でなんとか乗り切ったが、何度溜息が出そうになったか分からないくらいに苦痛だった。


 そして、さっさと帰りの馬車に乗って帰ろうと思い、廊下をソソッと速足で移動しようとした瞬間、後ろから声を掛けられる。この声は――


「エリアーナ様、どうされましたか?」


 と、私は振り向き再び笑顔の仮面を付けて出来るだけにこやかに対応する。マヒューズ子爵令嬢エリアーナ嬢は周囲を気にするような雰囲気を見せながら私を見て来る。


「……あ、あの。出来ればお二人でお話する事は出来ないでしょうか?」


 エリアーナは小さな声でそう言った。私はそれを聞いて面倒事だと思いつつも、彼女の様子を考えると――いや、手を差し伸べるのは悪手なのかもしれないが、などと考えながら私はチラリとメルビーに視線を向ける。メルビーも私の視線にスッと頷き返す。


「では、エリアーナ様。今日は一緒に帰りましょうか。我が家の馬車でお話を聞きます」

「あ、あっ、ありがとうございます!」


 そして、私達は出来るだけ目立たぬように親睦会の会場を後にし、待たせてある馬車に乗り込んだ。マヒューズ子爵家の御者には子爵様へ少し令嬢をお借りする旨を伝えたり、我が家の御者にも家に帰ってからの対応を頼んだりする。


 学園に通う時に使う我が家の馬車は4人乗りだ。エリアーナと彼女付のメイドは緊張した面持ちで私の正面に座っている。


「で、何があったのか話して頂いてもいいかしら?」


 と、私の視線にどこか怯えたような表情を見せるエリアーナはしばし沈黙をした後に小さく息を吐き意を決したように口を開く。


「イリーナ様は不安では無いですか?」


 彼女はどこか呟きにも似た風にそう言った。不安という意味では現在のクラスは不安の塊と言えるほどに面倒なのは確かだが、彼女の思う不安とは少し違うような気はしている。


「――不安が無いと言えば嘘になるでしょうね。周囲は上位貴族しかおりませんし、特に王家や大公家の方々も居ますからね」

「ですよね。私、学力が認められた事を嬉しく思ってはいますが、この環境での生活を想像すると自身が如何に思い上がっていたという事がよく分かりました」


 と、エリアーナは気を落としながらそう言った。いくら能力があったとしても、クラス内での貴族的な意味での順位で考えれば当然、下から二番目という状況だ。それに上位の貴族達は学力的に優秀かどうかは別として、上位貴族としての教育を幼い時から行われているが故に既に貴族らしさという点において、このクラスの上位貴族の多くは完成されていると言える。


「親睦会で上位貴族に何か言われたのかしら?」


 私がそう言うと彼女は小さく頷く。まぁ、上位貴族からすれば下位貴族は下に見ているのは当たり前だが、学内の最上位に位置するクラスに所属する下位貴族というのを快く思わない者は当然いる。


「……ま、まぁ、それは致し方ないところですから……事実ですし。ただ、あ、あの……」


 と、彼女は言いにくそうに言い淀んだ。他にも何かあるのだろうか。私は何か他にあったか考えるが、イマイチ想像――と、思ったが一つあったわ。と、脳裏に浮かんでしまった。


「あの娘の所為かしら?」


 私の言葉にエリアーナは苦笑する。こういうところで表情を上手く隠せないところが彼女の甘さなのかもしれないけれど、まぁ、素直な子だというのはよく分かる。


 だからこそ、あの頭のオカシイ娘に振り回される可能性を危惧しているのだろう。


「あの、イリーナ様は気付きましたか?」

「あら? 何のことかしら?」


 と、私がそう言うとエリアーナはソッと目を閉じて小さく息を吐く。私が知らない間に何かあの娘がやらかしたのだろう――が、正直言って聞くのは危険な気もしなくない。


「実は王子殿下と同じテーブルにあの子が配置されたタイミングがあったのですが、私……その隣の席にいたんですが――」

「――はぁ、あの子ってば空気も読まずに何かやらかしたのね」


 私の言葉にエリアーナは複雑な表情を浮かべる。思っていた反応と少し違う事で私は思わず小さく首を傾げた。ついつい貴族の仮面が剥がれてしまった事に誤魔化すように私は小さく咳払いする。


「そ、それがですね――何故か王子殿下に気に入られたようで、楽しそうに談笑していたのです」


 おっとっと――思わずポカンとした顔をするところだった。


「気に入られて談笑?」


 私はそう口に出しつつ考える。王族や上位貴族に気に入られるというのは悪い事では無い――が、彼女が不安に思う事で考えうる事は幾つかある。


 当然、他の上位貴族達に疎まれる可能性。しかし、面だって何かをする事は誰も出来ないだろう。王族である王子の意に反するというのは自身の立場を危うくする可能性があるからだ。


 もう一つは当然、あの空気の読めない娘が上位貴族達の輪にエリアーナを引き込もうとした場合は色々と面倒だろう。順位的にはエリアーナの方が上だ。故に空気の読めない件について他の上位貴族から何を言われるか分からない事だ。


 そして、もう一つ考えられるのも上位貴族との関係だろうな。特に下位貴族は上位貴族の派閥に影響される部分が大きいだろうから。特に貴族派閥が王家に近づきすぎるのは色々と問題も多いだろうが王族派の切り崩しにも利用出来るだろうから、利点もある。


 そんな事を考えつつ、私は彼女の不安そうな瞳を見ながら口を開く。


「結局、派閥的な問題なのかしら?」

「――それもありますが、それよりも彼女は私も巻き込んで話をしてきそうな感じがあるんです。正直、私なんかが上位貴族の方々……まして、王族の方と話しなんて出来ません」


 確かに彼女の性格を考えれば、そういう不安もあるだろう。というか、ダンヘッケ男爵令嬢は何を考えているのだろうか。


「かと言って、私に相談しても解決は難しそうな話では無くって?」


 と、私が言うとエリアーナは「そ、そうかもしれませんが……貴女はシルフィンフォード家の方ですし……」と、呟くように言った。ハッキリ言って、何故? と、言いたいところだが、シルフィンフォード家は王族に何か言える? 上位貴族を抑える事が出来る? どれもノーだと私は言える――が、なんにしても面倒この上ない話だと、私は小さく息を吐いた。

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