第13話 学園生活の始まり
どうも、イリーナ・キーンベルク・シルフィンフォード(10歳)です。本日から思わず何度も溜息を吐いてしまう状況ではあるが、王都にある学園へ向かっている途中である。
貴族の子息子女だけが通う事を許された王立ギンバリン聖王学園は王城から最も離れた位置に存在する巨大な敷地を持つ。かの学園は現在は王立として運営されているが、エリセウス王国よりも古くからあり元々はラミリア教会が運営していた歴史があるおかげで、歴史的な意味での学園については文献的に知っている。
エリセウス王国が建国してから、すったもんだあって王国が王立の学園として運営するようになっている。因みに聖女であったころに一度だけ別の用事があって訪れた事があるが、通うということになると今回が初めてのことになる。
「お嬢様、如何致しましたか?」
と、同じ馬車に同乗している専属メイドであるメルビー・シフォンに声を掛けられて私は現実世界に戻って来た。思わず溜息を吐きそうになるが、ここはグッと堪えつつ小さく微笑んで誤魔化すことにする。
父や母、アイシャにも言われたが意外と私が考え事をしている最中にある心境の変化が彼等には分かるらしい。気をつけてはいるのだが、貴族というモノはそういう部分に敏感な人間が多い事を考えるともっと注意が必要だ。
「別に少し考え事をしていただけよ」
「まぁ、初めての学園生活というのは中々に緊張するものですから、ですが……お嬢様であれば問題無く健やかに過ごすことが出来ると私は思いますよ」
メルビーは微笑みつつそう言ったが、私は正直なところを言えば家に引きこもっていたい気持ちで一杯なのだがそうもいかないのが悲しいところだ。
ま、寮生活とかじゃないだけ随分とマシだと思えばいいだろう。王都に屋敷を持たない地方貴族も多くいるし、騎士階級の子らなどの多くは寮生活らしい。聖女をやっていた頃、騎士団の寮を訪れた事があるのだが、それはもう恐ろしいほどに汚い場所だったと記憶しており、寮生活というモノに対して私はあまりいいイメージが無い。
因みに私やマリアンヌがいた孤児院は質素ではあったけれど、毎日綺麗に整えていたのもあるが、清潔感は半端ないのだ。あんなに臭く汚い場所と同列に語ることは憚れる。
「ま、何事もなく過ごせればいいわね」
と、私はそう言いながら馬車の窓から外を見る。
なんとも言い難い話だが、さっさと馬車が先に進まないか考える。正直なところ、徒歩で通えればこんなことは起こらないのだろうが、学園が王都の最も端にあるのも問題ではあるが、途中にある区画の道幅が非常に狭い事が最大の問題だ。
幾つかのルートが存在するが、途中に貧民街がある為に使える道は限られている。そして、例の区画を通る道幅の狭いところを通らねばならないのだが、話によると毎日1時間ほど渋滞が発生しているそうだ――と、いうか今、まさにその渋滞に嵌っているわけなのだが。
「メルビーも学園に通っていた時はこうだったのかしら?」
現在は私の専属メイドとして働いているメルビーも貧乏で有名なシフォン家だとしても、貴族令嬢だったので学園には通っていたハズだ。その彼女は小さく申し訳なさそうな表情をする。
「わ、私の場合は寮の方で生活をしていたので……残念ながら馬車で通うという事は無かったのです」
そう言われて確かにそうか。と、思ってしまったが、シフォン家は貧乏と言えども王都の一等地に貴族家というには少し小さいが邸宅を持っている。
「シフォン家は王都に屋敷があったハズよね?」
「まぁ、それはそうなのですが、子供が馬車を使うと父が王城に勤めに出る事が出来なくなる為と――その、貧乏でしたので寮に入れば食事なども無償で提供して頂けるので」
と、彼女は申し訳なそうにそう言った。寮に入ると結構お金が掛かると思っていたけれど、彼女の雰囲気からは逆のようだ。私が不思議そうに首を傾げると、メルビーはその理由を話してくれる。
「一応、寮といっても大きく分けると3つあるのです。ひとつは辺境伯や上級騎士の方が入る寮。こちらは結構なお金を家が払う事になります。もうひとつが、王都に邸宅を持っていない中級以下の貴族が入る寮ですが、こちらも程度は違いますが各家がお金を出す事になります。そして最後のひとつが下級騎士の方が入る寮。こちらは騎士見習いという形になるので、学園で学びつつも騎士としての訓練や作法、一部警備などの仕事がありますが、様々な支払いが免除され、騎士見習いとしての仕事もこなせば給金も出るのです」
「――と、いうことは貴女は騎士見習いとして学園に通っていたということ?」
私がそう言うと彼女はにこやかな表情でそれを肯定した。騎士見習いとして学園に通って騎士にならずに我が家に奉公しに出てきているとはなんとも不思議な話である。
「はい、色々とありまして……現在はお嬢様の専属としてシルフィンフォード家で働かせて頂いております」
まぁ、色々とあったのだろう。それにしても、我が家は色々あってやって来る者がなんとも多いことだろう。と、私はそんな事を考えつつ学園へ向かう馬車の中でメルビーと話しながら時間を潰すのであった。
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