第8話 お披露目会って、何をお披露目するわけ?

 イリーナ・キーンベルク・シルフィンフォード(9歳)は本日も元気に愛らしい妹(2歳)を愛でつつ、日々を過ごしている。


 と、言っても一日の大半は魔力の鍛錬と様々な座学だ。特に貴族の子として生まれたからには覚えなくてはいけない事が多くある。しかし、それ以上に面倒な事が現在起ころうとしている。


 正確にはチャンスでもあるのだが、王都の学園に通っていた一番上の兄が嫁を連れて帰って来るのだ。


 めでたい話ではあるのだけど、跡継ぎの子供が成人し結婚した場合、特例がない場合は当主一家は王都にある屋敷へ越すのがこの国の貴族に伝わる慣習となっている。


 前世でユリウスとマリアンヌが魔王討伐で死ななかったら彼らが今の両親の立場にあったのかもしれない。まぁ、そこに私がいることは無かっただろうけど――アイツが奪ったという事実を思い出しながら小さな苛立ちを私は心の奥底にしまい込み幸せそうな家族には見せぬようにするのであった。


「……聞いているのですかイリーナ?」


 と、母の言葉が聴こえ私はハッとしてボーッとしていたと誤魔化しつつ母に謝る。


「仕方ない子ですね。もう一度いいますよ。来月は王都で行われるお披露目会に向かいますよ」


 そう聞いて私はすごい角度で首を傾げた。一体何を言っている? と、いうレベルの話だ。お披露目会の事は知っている――毎年10歳になった貴族や有力者の子供を集めて行うモノだ。どちらかと言えば王族や上位貴族の子供をお披露目する会で、私は前世でも出たことがある。


 正直言って、あの会に良い思い出などこれっぽちも無いところが私が思考を止めた原因とも言える――あのお姫様と会ったのも妙に敵視されて文句を言われたのも、あの会だ。


 私は当時、すでに聖女の中で上位に位置されていたのもあるけれど、教会側から王侯貴族への繋ぎを作るのに利用しようとして、何故か王族から文句をつけられた件の所為で当時の教皇がブチ切れて面倒な説教を受ける羽目になった。まぁ、司教が助けてくれたのでよかったが、下手をするとあそこで処刑されていたかもしれない事を考えるとなんとも言えない話である。


「今年は第三王子や大公家の子がお披露目されるだろうから、多くの家が集まる事になるわ。シルフィンフォード家は辺境の方だけど、騎士の家系には強い繋がりを持っているし、キーンベルクのお爺様もお婆様も王都にいるから貴女にとても会いたがっているわ」


 と、母に言われたが、正直言ってアイツとあの姫様の子供と聞くだけでウンザリする。しかし、母の両親であるキーンベルク前男爵には少し会いたい気持ちはある。


 母の出身家であるキーンベルク家は爵位は高く無いが多くの騎士を輩出する超が付くほどの武闘派貴族で、キーンベルク前男爵であるアーディゲルト・バンハッテ・キーンベルクは敬虔なラミリア教会員であり、前世では私の師の一人だ。特に彼にはとても感謝している。


 魔力量、聖力において私を超える聖女はいなかったのだけど、どうにも私は回復魔法がそこまで上手く無かった。故に色々と問題があったのだが、メイスと盾を使った戦闘術を彼から教えて貰ったおかげで戦闘向き聖力の使い方を編み出す事が出来たのだ。その彼ともう一度会えるというのは中々に楽しみと言えるだろう。


「お爺様とお婆様に会えるのですか?」

「お披露目会で会えるかは分からないけれど、王都の屋敷には絶対に会いに来てくれるわ」


 と、母は柔らかな笑みを浮かべてそう言った。


 どうにもシルフィンフォード家の者はマリアンヌや母のような柔らかい雰囲気の女性が好みなのだろうな。と、不届きな事を考えていると、母の膝で眠っていたマリーが起き上がって眠そうな眼をこすりながら首を傾げた。


「おねーたま、どうしたの?」


 うん、マリーは天使だね。特に母によく似た柔らかい雰囲気とふんわりとした艶やかで甘く薄い色の金髪、輝いて見える翡翠のような瞳。ああっ、とりあえずほっぺをプニプニしておこう。


「やめてくだちゃい、おねーたま~」


 と、マリーは言いながらも楽しそうに笑う。なんと可愛らしいことか。そんな私とマリーのやり取りを見ながら母も柔らかく笑う。


 前世では無かった何とも言えない家族の団欒――はぁ、こういう幸せは何物にも代えがたい。でも、お披露目会の事を考えるとなんとも憂鬱な気分になる。


 ――しかし、一度は王都にてアイツがどんな姿で王様をやっているのか見る機会と考えれば情報収集としては悪くはないのかもしれない……けれど、王族と会う事になる可能性は出来れば避けておきたい。


「王都に行けば本当に久しぶりに家族全員が揃う事になるわけだから、あまり行きたくない……みたいな顔をしてはダメよイリーナ」


 あー、思わず顔に出ていたか。


「だ、大丈夫。少し王族や上位貴族の方と会うというのは厄介だな……と、思っていただけですから。お兄様方やお姉様に会えるのは本当に楽しみですから」


 私はそう言ってニコリと笑って見せた。因みに兄二人と姉に会うのは本当に久しぶりだし、楽しみであるのも本当の事だ。


 私達兄妹はマリーという天使を愛でる仲間なのだから。仲が良いのはこの世界の理と言えるレベルで当然のことなのだ。

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