第6話 魔力の漏れ

 アイシャは自らが教師として来た意味をよく理解しているようだけれど、私的にはなんとも疑問であった。


 現状、教会にしても国にしても聖女の力を持つ者というのが明るみ出ると問題になる可能性が高いというのは理解している。でも、当時からの記憶で考えると聖女の力を持った者というのは意外といたハズなのだ。どれだけ教会が聖女を保護してアイシャのように聖騎士に任ずるなど出来ていればいいけど、私の予想だと碌でも無い事があったのでは無いかと思わずにいられない。


 国王となったアイツの動きもそうだが、教会の腐敗――特に現在の教皇は確実にアイツに媚びているのだろう。それに諸外国もアイツに対して強く言えない何かがあるのかもしれない。さすがに魔王を倒した勇者――と、いうだけでここまで国内も隣国にしても、おかしい事をしているハズなのに問題になっていない。すべてにおいて深い闇に囚われているような感覚に私は苛立ちを覚えずにはいられなかった。


 そして、私はふと視線を感じて視線を上げるとアイシャが苦笑していた。私はどうやら随分と考え込んでいたようだ。


「イリーナ様は何を難しそうに考えていたのでしょう?」

「私が何も知らないという事を考えていただけです。ある程度の歴史は理解しているつもりですが、今の時代と私が思っている事との差異が非常に大きく感じるのですが、教師リンディアは先ほど『だからこそ』と言った理由を教えて貰えます?」


 私がそう言うと彼女は私に背を向けて小さく咳払いをしてから、再び向き直してから「いいでしょう」と、腕を組みながら彼女はそう言った。


「イリーナ様は自身の魔力量を把握していますでしょうか?」


 アイシャにそう言われて私は思わず首を傾げた。前世からすれば、随分と魔力量は低くはなっているけれど、この年代の肉体から考えれば他人よりはかなり多いのは確かだろう。キチンと鍛錬さえしておけば、前世よりももしかすると魔力量は多くなる可能性もある。それほどにこの肉体は魔力という素質に満ち溢れていた。


 そして、私は彼女からの質問を無言でとりあえず頷くだけにした。すると、彼女は何やら複雑そうな表情をしつつ小さく息を吐く。


「まぁ、そうだとは思っていました。私が教師として座学、鍛錬を教えるようになってからも、その身にある魔力量が日に日に増えていくのですから――考えると末恐ろしい話です」

「それと先ほどの話に何か関係があるのかしら?」


 と、私が訊くとアイシャは「当然です」と、落ち着いた声でそう言った。正直、先から首を傾げるしかないくらいに意味が分からない。


「正直、イリーナ様の齢でこれ程までに魔力を隠蔽できているのは称賛に値します。しかし、専門的に学んでいる者や看破出来る技能スキルを持った者には簡単に分かってしまうレベルです」


 アイシャはそう言いながらゆっくりと息を吐いた。次の瞬間、アイシャを中心に魔力が広がったがすぐに何事も無かったようにその気配は消える。


 少しだけ驚いた。前世での魔力隠蔽よりも遥かに強い隠蔽がなされていた事をアイシャは示したのだ。


 正直、多少の隠蔽はしているだろうと思ってはいたが、彼女の魔力が前世の私にも迫るほどに大きかった。強大な魔力を隠蔽するのはとても難しい。特にマリアンヌのような回復魔法が得意な者や攻撃魔法を得意とする魔法使いには難しいと言われていた。


 特に聖女固有の魔力は意識して抑えないと簡単に溢れ出てしまう特性があったので聖女の中でも魔力が多い者は魔力の制御がある程度出来るようになった時に師から教わるのだ。


「驚きましたか? 魔力の隠蔽に関しては教会の聖騎士にとってはとても重要な事です。特に聖属性の魔力は隠蔽が難しいのです――が、私は師からも特に褒められておりまして魔力量もさることながら隠蔽技術に関しても聖騎士の中では一番だと自負しております」


 そう言って彼女はにこやかに微笑んだ。あのアイシャがそこまでの実力者となっている事を誇っているのを見ると少し不思議な気持ちになるが、私は表情を崩さないようにゆっくりと呼吸を整えた。


「私に貴女の持つ魔力隠蔽の技術を学べ……と?」


 私がそう訊くとアイシャは「はい」と即座に答えた。前世の記憶から考えても普通は看破出来るレベルでは無いと思っていたけど、この二十年で新たな技能スキルや魔法が作られたのかもしれない。


「その通りです。貴女の場合はかなり特殊だとは思いますが、貴族であれば必ず王城へ向かう事もあろうと思います。その時の為にしっかりと技術を使う事が出来なければ困る事になるでしょうね」


 そう言われて私はギュッと拳を固めた。確かに貴族の娘として王城へ上がるなんて事も無くは無いだろう。その時の事を考えると私本人は別にどうでもいいけど、家族に迷惑が掛かる可能性を考えるとゾッとした。


 そして、私の表情から考えている事を読み取ったのかアイシャも真剣な視線を私に向け、小さく頷いた。


「では、すぐに講義に入りましょう」


 と、彼女は小さく微笑んで私も真面目に頷いた。

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