第4話 模擬戦のすすめ
私は得物をクルクルと回してからスッと構えると訓練場は妙な緊張感に包まれる。
「では、来なさい」
と、父は私と同じ武器を手にそう言った。
流石シルフィンフォード家の人間だ。得物の特性も扱い方もよく分かっている。父の兄であったユリウスもお得意の武器で代々シルフィンフォード家はこの武器を使うスタイルを取っていることでも知られている。
私は息をゆっくりと吐く。そして、グッと踏み出して武器を振るう。残念ながら模擬戦用の木で出来た棒に革と布を巻いたメイスではやはり軽い。
本来、メイスは先端にあるヘッド部分の重みを利用して振るうのだが、全く重みの無い木の棒だから振るう速度も威力も無いに等しい。しかし、私の一撃を受け止めた父は眉を動かし一瞬驚きの表情を浮かべた。
本来は肉体的な負荷を考えると現状では数日は起き上がれなくなるだろうと思いつつも、肉体強化の魔法を使っているのだ。その動きも一撃もそこいらの子供では絶対に真似できないだろう。
「次、行きますよ」
私は落ち着いてそう言って、先ずは突き、そこから身体を回転させながら横払い、そして、その勢いを使って打上げ攻撃をする。父は流石ユリウスの弟だと思わせるくらいに上手く私の攻撃を受け止めていたけれど、流石に彼も最後の打上げは不味いと思ったのか軸をずらして躱した。
「イリーナ……どこでそのような戦い方を覚えたんだい?」
と、にこやかながら、どこか奇妙なモノを見ているという雰囲気を醸しつつ父はそう言った。
まぁ、確かに少し前までは病弱で一日の殆どをベッドで過ごしていたハズの娘が戦い方を知っているのだから奇妙な話だろうけど、そんな事をこちらから説明する気などサラサラないのだ。
「さぁ? 分かりませんが出来るものは出来るのですっ」
私はにこやかに微笑みながら踏込み、横振り、縦振りの三連撃を繰り出す。流石にシルフィンフォード家の当主と成れるだけの実力は本物だと思わせるほどに彼の防御テクニックは素晴らしく、また凄まじい量の鍛錬を繰り返させねば身に付かない動きから、私は感心するのだった。
「っと、そろそろ止めよう……イリーナが色々な意味で特殊なのがよく分かったよ」
父はそう言って、武器の構えを解き大きな溜息を吐いた。
「イリーナの言い分も理解できたから、君が起き上がれるようになったらもう一度話をしよう。メルビー、イリーナのことを頼む」
と、彼は苦笑して言うとメルビーが私の側へやってきたのを感じながら、私はしてやったりという顔でそのままメルビーへ身を預けた――
次に目を覚ましたのは私の予定だと三日後くらいだったのだけど。残念なことに五日後の朝だった。
意識を取り戻すとすぐに父と母が私の部屋にやって来て父は何とも複雑な表情だったが、母は只々私を心配していた。と、いうか無茶なことをしてはいけないと怒られてしまった。
何ともむず痒い事だけど、前世では幼くして孤児となり聖教会の孤児院で生活をしていた所為で両親の思い出は記憶の欠片レベルで、更に聖女の素質が分かったのが五歳の頃でそこからは厳しい修行の日々で、今考えると前世の幼少期は結構酷い記憶しかない。
しかし、私はマリアンヌがいたからこそ随分と救われた。多くの時を共に過ごした私の大事な妹であり、私が人間らしく生きる事が出来たのは彼女の存在が大きいのは言うまでも無い。
ともかくだ。父と母に随分と怒られてしまったけれど、父は私の望むように鍛錬を行っていいと言ってくれた――のだけど、父は難しそうな表情をして部屋にいたメイド達にも緘口令を強いた上で部屋に一人の女性を入れ、咳ばらいをした。
「さて、イリーナ。君には人の目がある場所ではその力を振るう事を禁ずる。文句はあるだろうが、色々と面倒が多いからね。で、鍛錬はここに呼んだ彼女がいる場所のみで行うこと」
と、その女性に視線を移すと私はそれが誰かをすぐに前世の記憶に結び付けた。
彼女は魔王討伐には参加しなかった私、マリアンヌと同じ聖女であり、当時はまだ10歳くらいだったハズだ。確かに高い素質はあったけれど――彼女がここに来るという事は父は気が付いたのだろう。でも、当時は聖女だなんて多くいて魔族との戦いに多く従事していたハズだけど。
「
と、彼女はそう言って所作の綺麗な礼をした。前世の彼女はもっとお転婆な感じだったけれど、アレから20年以上も経っているから当然色々と出来るようになっているのは当然か。
でも、聖騎士って称号と聖女は別物よね? なんだか妙な感じがあるのだけど、なんだろうか……このモヤモヤした感じ。
「いま、我がエリセウス王国では現王の権力が非常に高い――と、いってもイリーナには分からないかもしれないね。でも、分からなくともこんな話をしていた事を覚えておいてほしい。昔は君が持つような力を持つ少女達を聖女と呼んでいたんだが、今は多くの聖女は弾圧され王都に近い教会でも聖女は禁忌とされるほどなんだ。聖ラミリア教会でも本来は古くから聖女を大事に扱っていた。まぁ、現在も今は聖女を聖騎士という称号へ変えることでなんとかやり過ごしている事を考えると国と対立している点もあるが、現在の教皇は随分と現王に近しい位置にいるんだ」
と、父はそう言って小さく息を吐いた。聖ラミリア教会の聖地はエリセウス王国の王都に近い都市アセリアにあって、前世の時からこの世にある様々な称号はアセリアにあるラミリア教会本部にいる教皇が認める事で名乗る事が出来る習慣がある。
が、現在エリセウス王国で勇者という称号を決める権利を持つ者はエリセウス王国の王のみという決まりになっている――当然、教会とも揉めたハズだが、教会が聖女を聖騎士という称号に変えることで誤魔化している? それ誤魔化せてる? と、思うところだけど、教会中央の腐敗は昔から言われていたけれど、現在は相当なものなのだろう。
「――ともかくだ。彼女を君の教師として迎え、イリーナは彼女から多くを学ぶといい。それと、もう一つ他の兄妹たちには既に話したのだが……」
と、父はチラリと母を見ると彼女は恥ずかしそうに微笑んだ。私は一体何事かと思い首を傾げる。
「ミランダが懐妊した。イリーナ、君もしばらくしたらお姉さんになるんだ。だから、今までより健康に……そして、生まれて来る弟妹に恥ずかしくない人になりなさい」
そう言って父は笑みを浮かべる。私がお姉さんになると言われても正直なところ、どういった感情を浮かべれば良いのか私には分からなかった。
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