第3話 父親を攻略するのです

 イリーナ・キーンベルク・シルフィンフォード(6歳)、本日は健康的な肉体を得るために父親から攻略することに決めました。


 シルフィンフォード家は前世の私でも知っているほどに有名だった。家格としては伯爵なのだけど、一族には多く騎士を輩出している超バリバリの武闘派で魔王討伐でも我が父の兄でユリウスの名は国内では知らぬ者はいないというほどの騎士だった。


 残念ながら、あの戦いでマリアンヌを救う為に犠牲になってしまった。私とマリアンヌにはどうする事も出来なかった……可能であれば彼には生き残っていて欲しかった。


 彼、ユリウスがマリアンヌの事を好いていたこと。マリアンヌもそれを望んでいた事を私は知っていた。なんとも、もどかしい2人だったのを思い出しつつも、過ぎた過去を取り戻すことは出来ないのだ。と、深く思う。


 ひとまずは昔の思い出よりもこれからの事を私は考えなくてはいけない。


 と、言うわけで我が父の執務室へ乗り込んで直談判から試みるのだ――と、いっても実はここ数日、毎日のようにやっているので半ば恒例行事のように周囲には思われている。


 使用人達も微笑ましい現場を見ているような雰囲気ではあるけれど、私としては至って真面目な話なのだ。


 家令筆頭のランバートが私が父の執務室の前に立っており、私を見つけるなり父の執務室のドアを開ける。


「イリーナお嬢様がいらっしゃいました」


 毎度、そんな簡単に通しても良いのか疑問に思うわけだけど、父も気にしていないどころか、嬉しそうだ。一体どういう事かしら? 敢えて仕事の邪魔をしているのだけど、喜ばれる? 何故だ?


「お父様、今日も説得に来ましたわ!」


 と、私は気を取り直して父に向かって指をピンッと差してそう言った。彼等は驚くこともなく楽しげに微笑む。なんだか、とても不可解な気持ちなのだが、私はそれを誤魔化す為にわざとらしい咳払いをして言うのだ。


「今日こそ了承していただきます!」


 私はそう言いながら案内されたソファに腰掛け、出されたお茶を口に含み芳醇な香りに舌鼓を打ちつつ、お茶菓子も頂いて美味しさについて語った。


 すると父が私の対面に座りニコリと微笑み、両手を組んで私をジッと見つめる。


「正直なところ、我が家は騎士を多く輩出する武門の家だ。しかし、我が家には既に男児が2人……兄達の事は分かっているだろう? 武門の家に恥じないように教育しているし、二人とも非常に優秀だ。肉体的な鍛錬をしたいと言っても女性が騎士になる道は非常に難しい。実際、女性でも騎士になる者はいるが、非常に限られた者だけだ。病弱なイリーナがそんな危険な道を私は父親として歩ませるわけにはいかないのは説明したハズだよ」


 と、父は私を諭すように優しい声でそう言った。まぁ、優しげに言われても十分に文句を言わせないってオーラが出てるんですけどね。


「幾度も言っていますが、私は騎士になる気は毛頭ありません。できれば、何かあったとしても生き残れる為に健康的な身体を得たいだけなのです」


 これも幾度目かのやり取りでここ数日、同じ話を何度もしている。父はこの後、私に何になりたいかと訊いてくる。


「イリーナは我が家、もしくは君自身に何かあるとでも言いたげだね……」


 あれ? 先日までとは反応が違う?


「い、いえ……我が家の問題では無く……」


 流石にイシュリナから転生したとは説明できないし。シルフィンフォード家で知られても問題は無い気もするけれど、現在の王であるアイツに知られるのは非常に不味いだろうから、誰にも話す事は出来ない。


 私が言葉を発さずにいると父が「では……」と、声を発した。私はハッとして父を見ると彼は優しく微笑み言うのだった。


「現実は厳しいものだ。君が何日も私の執務室へ足繁く通い我を通そうとする何かがあるのだろうと思う。だからこそ、現実を知るよい機会だ。ランバート、訓練場へイリーナと共に向う」


 と、彼が言うと家令のランバートは静かに畏まった。


 私と父は数人の使用人を連れて屋敷に併設されている訓練場へ向かう。時間的には歩いて数分の距離と考えると、自室から父の執務室へ向う方が距離がある。


 訓練場へ着くと私は更衣室へ入れられ、いつの間に用意されていたのか分からないけれど、騎乗服に着替えさせられ父が待っている訓練場へ通された。


「さて、イリーナはどの武器にするかな?」


 と、父が目の前に模擬戦用の武器が並べられており、どれも子供でも扱えるサイズのモノになっていて、私は小さく息を吐いた。


 子供用の訓練用に木剣は分かるけれど、槍や斧、棒や鎖鎌なんて物もあって少し酔狂が過ぎると思ってしまう。けれども、父がやりたい事も何となく理解した。


 まぁ、私が選ぶ武器は前世から扱っていた物が良いと思う。のだけど、子供用では感覚がズレそうなので私は大人が使う物を要求する。


「イリーナ、本気で言っているのかい?」


 父は心配そうに言いますが、私は真剣な眼差しでコクリと静かに頷くと、彼は困ったような顔をしてから仕方ないと呟き、附近の者へ普段使っている訓練用の武器を用意させた。


「本当にこれでいいのかい?」


 不思議そうな顔で父がそう言うけれど、私はその武器を握り少しだけスナップを利かせて振ることで感触を確かめる。やはり、幾ら小さな身体だと言っても扱い慣れたモノの方が調整も安いのだ。


「では、参りましょうか?」


 と、私はにこやかにそう言った。

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