勿忘草

kanaria

第1話

『会いたいです』


深夜2時。真夜中に鳴り響いた通知音が私を苦しみから救ってくれた。

タイミングが良すぎた。

メールをくれた人は初恋の人だった。

10年会っていなかった。

忘れていると思っていた。

忘れられたと思うようにしていた。

初恋のその人はこんな狡いタイミングで、欲しかった言葉をくれた。


私には3年付き合っている人がいて。

彼は浮気をしていた。

高校三年の夏に付き合い始めた。

私を好きになってくれて告白してくれて、とても嬉しかった。

彼はバスケ部のエースでクラスでも評判の良い感じのいい人。

同じ大学に進もうと、共に受験勉強に励んだことはいい思い出だ。

彼がうとうとし始めると毛布を掛けて頭を撫でて。

夜食を一緒に作って、「こんなに食べたら太っちゃうよ」なんてくだらないことをしたり。

この人は裏切らない。

この人なら大丈夫だと。

大学の合格者発表の日、喜びもひとしおに。

その夜、体を許した。

そこから私の想いはさらに強く強固なものになっていった。

会えない日でも絶対にメールのやり取りを欠かすことはなかった。

とても好きだった。

なのに。

付き合い始めて二年目の冬

クリスマスイブの日に

彼は別の女の子と夜を過ごしていた。

予兆はあった。

最近距離が妙に近い女がいると友達から聞いていた。

が、私は彼を信用し切っていた。

そんなことがあるはず無いと。高を括っていたのだ。

心の底で嫉妬を押し殺しながら。

疑ってしまう自分を嫌いになりながら。

その結果がこれである。

クリスマスの日

私が彼に抱かれそうになった時に、違和感を感じた。

「待って」

そう言って行為を中断させた。

「どうした?」

不思議そうに彼が訊く。

違和感の正体はご丁寧に首元にあった。

「これなに?」

しどろもどろに何かを言い訳している彼を見て。

完全に冷めてしまった。

せめて堂々としていてほしかった。

その日の夜何を言うこともなく私は彼と別れた。

不思議とその夜は涙が出なかった。

しかし、日が進むにつれて悲しみが込み上げてきて。

今も枕を濡らしている。惨めだ。


そんな時に来たこの言葉は私にとって甘言だった。

『私も会いたい』

既読をつけて直ぐに返信した。

私が眠りに就くまでこのやりとりを続けたかった。

『来週の月曜実家に帰るからその日か、水曜空いてたら水曜で』

『月曜空いてるから時間教えて』

『15時には着く予定』

『了解!』 

『会えるの楽しみだ。急だったのにありがとう』

『私も楽しみ。こっちこそ忘れてると思ってたから笑。急にびっくりだけど嬉しい!!』

『忘れるわけない』


ここで返事を打つ指が止まった。


『忘るわけないから』


失ったはずの感情が再燃していた。



時間より10分早く私は駅に着いた。

髪を整える。

スマホを鏡代わりに自分の顔を見つめる。

「よしっ!」

もっと出来ることはあったと思うが気合いが入りすぎては引かれてしまうかもしれない。

及第点より少し上の自己採点で臨む。

あの人は気づいてくれるだろうか。

あの頃はメイクも髪も綺麗でなかったし着飾ったりするような子供ではなかったから。

少し不安になる。

時間を確認しようとスマホに視線を落とす。

「ひかり」

名前を呼ばれた。

真っ直ぐにこちらに向かって来た初恋の人は。

ちゃんと私を覚えていてくれた。

「久しぶり」

あの頃は私よりも小さかった背が。

今では私を見下ろしている。

「久しぶり!」

自分でも声が上擦っているのが分かる。

顔も赤くなっているかもしれない。

「私ね、話したいこといっぱいあるの」

子供のように舞い上がってしまう心をどうにか自重しようと試みる。

でも、その必要はもうないかもしれない。

「僕も、話したいこといっぱいある」

一緒だった。思っていることが同じであったのがなにより嬉しい。

私の心配も不安も全て受け入れてくれる。

低く落ち着きのある声で私との再会を喜んでくれる。

今はそれでいい。

勘違いでもいい。

今はその優しさに縋りつきたい。

次は。

次は。

次こそは。

私は目一杯の笑顔で

「おかえり!」

と言った。

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勿忘草 kanaria @kanaria_390

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