第5話 紅を刻む少女(2)

 それは、巨大な槍。

 万雷を束ねた様な弾ける黄光おうこうの長槍が敵の巨体を地面ごと貫ぬく。音を超えた衝撃で自分の体中の骨身に激震が響いた。轟音と閃光が感覚を焼く中、三島があの二重に捉える声で喋る。


『来たか、一番槍!』


 それは一撃では終わらない。空中を足場にしている何者かが、一瞬で新たな槍を作り出す。二百メートル超えの敵を貫いてまだ長さを余らせる巨槍は、二本目、三本目が衝撃と閃光を増して間髪入れずに刺し貫く。


「これが……魔法!?」


 子供向け映画で見るような、華麗さや優艶さとは真逆。何もかも破壊して消滅させるような激烈で狂奔なエネルギーの嵐だ。

 さらに、また別の攻撃が加わる。

 それは地上、ここから見て左手側、敵から自分たちと同じくらい離れた位置に別の誰かがいた。

 天を割るような青光せいこうの大剣がそこから生まれ、真一文字に振られて敵を切り裂く。

 閃光。

 衝撃。

 爆音。

 横に、縦に、袈裟に幾度となく切り付け、地形や廃墟ごと割砕する。怒涛の剣戟は敵と無関係な物も無差別に粉砕した。

 留まることのない長槍と大剣の乱舞。衝撃同士がぶつかり合い、余波に砕けた大地や廃墟の瓦礫が宙に舞って、落ちる前に敵ごと攻撃に巻き込まれて粉と挽かれる。

 二つの力の狂乱が巨大な敵を打ち付け、砕き、削り取っていく。

 余波というには強烈すぎる衝撃の連続に見舞われ、何百メートルも離れた場所にいるにもかかわらずまともに立っている事も出来ない。地面にうずくまって頭を手でかばいながら目を開けているのが精一杯であった。

 その中で三島に叫ぶ。


「――ざ――ま!」

『あー、聞こえねーぞー』


 もう一度、渾身の力を込めて声を放つ。


『ふざけんな三島っ。何が魔法だ!』


 一瞬でも鵜呑みにした自分の馬鹿さに呆れる。こいつは三島雪之。出鱈目と矛盾しか口にしないような不良だった。

 魔法と呼ばれた暴威。その一つである巨槍をさして言う。あれは自分から見れば。


『あれはハイプラズマビームじゃないか!』


 去年完成した米国の攻撃戦闘衛星の主砲だ。それだけではない。大剣の方は。


『極収束レーザー防空兵装。うちの国のもんだろ!』


  二か月前に稼働開始した、富士山頂に設置された弾道ミサイル迎撃システムだ。

 無論、双方ともに科学の産物である。

 その声に三島は笑いながら答えた。


『似たようなものを知ってるのか。お前さんがいた表層テクスチャ座標はずいぶん工学技術が発達してたんだな』


 まるで自分はその時代にはいなかったように、同級生が言う。そして付け加えた。


『俺には雷の槍と光の剣に見えるけど』

『ざれごとで誤魔化すなっ』

『ほほー。じゃあ、これがお前の言う通りのものだったとして、それは人の手で振り回せるようなもんなのか』

『それは……』


 手でかばいながら低い姿勢で空と地面、二つの力の発生点を確認する。

 そこにあるのは、全長200メートルの戦闘衛星でも無ければ、3つの原子炉と天を突く砲塔でもない。爆ぜる光と衝撃に紛れてしっかり確認できないが、それぞれの場所にあるのはただ一人の姿だ。


『本当に……魔法……』

『ま、実際は科学技術の賜物なんだけどな』

『おいコラ――!』


 思わず突っ込むが、三島はからからと笑うだけだ。

 しかし科学であるのならば、魔法であるより深刻な疑問が生じる。先ほど自分は身近な兵器の名を挙げたが、とてもではないがこれほどの現象を実現できる物ではない。今、目に映るものはそれを遥かに上回る高度な事象で、少なくとも数倍から数十倍の規模である。

 なんの設備も無い荒野と廃墟で、人間がそれを暴れさせているというのはどんな仕組みだというのか。

 疑問に応じる様に三島の声が聞こえた。

 それは、真剣な色というよりも、単調さに退屈を極めた様な言い方だった。


『極度に発達した科学はいずれ魔法と同じになる』


 その台詞の平坦さに思わず三島の顔を見上げる。うずくまった姿勢からは立ちっぱなしのあいつの表情はよく見えない。ただ、何故か普段教室で見る黒木莉緒の冷淡な顔色が思い浮かんだ。

 だが、こちらを見下げて視線を向けた三島は笑顔であった。


『なんにしても、俺たちにとって重要なのは本質じゃない。敵をやれるかどうかさ』


 その時だ。彼女が声を発した。


『三島、観測!』


 三島が素早く表情を切り替え真剣に敵を見る。僕もそちらを向いた。

 エイリアンらしい例の巨体は巨槍と大剣を無数に受けながらも、真っ二つになるような大きな損傷はなく外周部が削られているにとどまっていた。しかし、槍が空けた大穴や剣が裂いた断面が。


『直っていく……!?』


 損傷が内側から膨れる様に塞がっていく。そして、外周からは消滅したはずの何百もの手足が一斉に飛び出した。


『回復能力か。手段は典型的、元から保有している質量の展開だな』

『そんな……。効かない、のか? あれだけの攻撃が』

『いいや、違う』


 視界の中、敵に突き刺さっていた三本の巨槍と光を打ち撒く大剣が、ふっと消えた。戦場に刹那の静寂が訪れる。

 だがそれは直後に変転する。


『――――っ!!!』


 誰か分からない二人分の絶叫。

 同時に、空には三本を束ねて3倍にしたような弾け乱れる雷の巨槍。大地には氷の様に極限まで精錬された一切乱れぬ光の大剣。

 力が放たれた。

 巨槍が敵を真上から貫き、内側で暴れ狂う威力が巨体を風船のように膨らませた。それを目に留まらぬ速度で一文字に抜刀された大剣が真っ二つに切り裂く。

 激発。

 吹き飛ばされないように必死で地面にしがみつく。全ての感覚が打ちのめされて機能が麻痺する。

 暴威が通り過ぎ、眼を開くと結果が見えた。

 槍と剣は無い。

 あったのは、醜く膨れてズタズタになり、真っ二つに分かたれ隙間から向こう側の景色を透かす敵だ。

 元の姿には戻っていかない。


『打ち止めだな。前例を考慮してもこれ以上の回復は無い』


 三島の判断に異を唱える様に巨体が暴れ出す。分かたれた上下それぞれから延びた手が互いを掴み引き寄せた。


『おっと、させねえよっと』


 三島が敵に向けてまっすぐに伸ばした右の人差し指を横になぞる。その指先から緑光の細い蔓が伸び、空中に線として固定された。


次元面レイヤー範囲指定、物理書き込みを制限』


 接近していた敵の体の上下が、何かに阻まれるようにそれ以上動かなくなった。

 だが、なおも敵は蠢く。千を超える手足が生まれ、これまでで最も激しく暴れまわる。大地が陥没し、廃ビルが根元から吹き飛び宙を舞う。

 近付くどころか見る事すら躊躇う凶相に、体が震え固まる。

 だが、彼と彼女は違った。


とどめだ。出番だぜ』


 彼女、黒木莉緒がゆっくりと、だが重く一歩を前に踏んだ。

 三島は彼女に話しかけると同時、後ろからぐるりと彼女を覆うように指先で大きく円を描く。彼女の周囲の足元から円形に光の蔦が伸びて籠のようにくるみ、パッと消えた。しかし、わずかにちらつく小さな光の葉が彼女を覆うように残っている。


『相対範囲指定。オブジェクト保護。選択事象のみ書き込みを許可』

『いつもありがと。でも合図したら解除してよね』

『その通りにできるくらいには、無茶は控えてほしいもんだ』

『それこそ、無理な話。私だけじゃない。深層レイヤードに落ちたもの全てがそうならざるをえない』


 三島は眉を下げた笑みを浮かべ静かに首を振った。

 だが次の瞬間には、らしい明るさを取り戻して両手を打ち鳴らす。


『さあ、お待ちかねだぜ莉緒! 喰らってこい黒獅子!』


 彼女の瞳が真っ黒に燃える。右腕は更に発達し、黒は鋭く輝き紅が溢れんばかりに光る。艶やかな黒髪が陣風で逆立ち覇気に彩られた。その姿はまさに黒い獅子。

 彼女が麗しい唇を歪め、犬歯を剥き出しにして吠えた。


『るぅがあああ!!!』


 激しい破壊を振り撒く巨体へと、地面を割るほどに蹴りつけて獰猛に飛び掛かる。




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