第4話 紅を刻む少女(1)
さて、こうして僕が街にいた経緯は書き終えたわけだが……
長すぎる? どこが5分で終わりだ嘘つき、だって?
ということは、ちゃんと読んでくれたわけだ。
ありがとう。
でもご心配なく。
つまらん男の話はここまでさ。
ここからは本当に彼女の話。
世界の
からっぽの現実に爪を立て傷を刻み、自身もまた世界から傷付けられる。
それを見せよう。
●
崩れた街。
不気味な巨体。
蓋をされたように昏くのしかかってくる、雲が無い灰色の空。
僕が今見ている光景を彼女はこう表した。
「世界の、しんじつ……?」
聞かされた言葉をそのまま疑問として返す。
それを受けた彼女、
更にこちらの襟首の後ろを掴む。
心臓が跳ねる。彼女に嫌悪されるほど今の自分は間抜けなのだろうか。
だがそれは違った。
彼女が見上げる先、巨影の足がこちらの頭上に掛かってきていた。一秒後には踏み潰される。
「跳ぶわよ」
言葉と同時、猛烈な慣性が自分の体に掛ったのを感じる。ぶれて見えなくなった視界が落ち着いたとき、僕は彼女に掴まれたままにはるか上へ、巨影から遠ざかる方向へと跳ね上がっていた。
人間の跳躍ではない。
驚愕に浸る暇もなく、今度は急制動の衝撃が来る。
着地だ。
舞い降りる様に綺麗に立った彼女とは逆に、襟首を離された自分は勢いで地面に転がる。反射で受け身はとったので怪我は無いが、頭はまだ混乱したままだ。
とにかく視界を立て直す。まず見えるのは彼女の後ろ姿だった。その前方は地面が切れている。立ち上がって駆け寄ると自分の現状が把握できた。
眼下にずいぶんと小さく見えるようになった巨影がいる。どうやら先ほどの跳躍によって自分たちは数百メートル離れた位置の小高い崖の上に移動した様だ。
彼女の視線に誘導されるように巨影の姿を観察する。200メートルを超える巨体はこちらを追いかけるようなそぶりを見せず、その場で何か目的があるようには思えないもぞもぞした動作で蠢いている。
取り敢えず危機は脱した様だ。
そうすると、状況を問い詰めたい衝動が再び湧いて来た。
前を向いたまま彼女へ問おうとした時。
「――ぐえっ」
何者かが後ろに落下して悲鳴を上げた。
驚いて振り返り、姿を見て仰天、思わず声に出る。
「
「いってぇー」
頭を押さえながら立ち上がるその人間は、紛れもなくそいつだ。頭から手を放し体に着いた土ぼこりを払う姿へ、彼女が振り向いて声を掛ける。
「何やってんの三島」
「おい、敵さんを必死で引きはがした俺にまず言うのがそれか」
「ご苦労様。お互いにね。それで、何で上から落ちてきたわけ。まさか
「俺は普通だっての。下の概念も無いようなとこで、縦横無尽に踏み込んで殴り飛ばすお前が並みじゃないの」
溜息をつきながら三島が彼女の隣に並んで巨影を観察する。
「今回の敵のクラスは
「差異はあるけど100年前の前回とほぼ同型――つまり本体ではなく
「デプスレベル
「Ⅲ以下の連中が上がってくるわけないでしょ。あいつは例外。イレギュラーに頼るのは無しよ」
「ごもっともで」
「それに、戦力は万全よ――私がいるから」
「……ははっ、確かにこれ以上ないほど万全だぜ」
二人の会話を聞いてもやはり何も理解できなかった。だが、それよりついさっき初めて自分が会話した彼女と、何故いるかも分からない三島が旧知の様に話す様子を見て、それまでと違う何かが胸の内側で膨らんだ。
その勢いで叫ぶ。
「いい加減にしてくれ!」
二人がこちらを向く。しかし彼女は直ぐに巨影の方へ向き直ってしまった。仕方が無いので三島の方を睨んで言う。
「説明を、してくれ……!」
「あー、そういえばなんで
「直前に報告したEOはそいつよ」
「ああ……ん、んん? いやでも……しかし実際こうだからそうか」
三島が手を額に当て天を仰ぎながら疑問と納得を勝手に作る。その姿によけいに焦躁といら立ちが募って、もう一度語気を強めようとしたとき、彼女が再び僕を一瞬見て問うた。
「説明しろっていうけど。あなた、もうここに居るのに、どういう状況か把握できていないの?」
それは、自然なことがその通りになっていない違和感を示すときの
僕は気勢を抜かれて小さく答えてしまう。
「そ、その通りだよ……」
「……」
何故二人とも黙り込むのだろう。異常事態の中で更に自身が異様な風に見られて困惑する。その沈黙を破ったのは三島だった。
「まあ、原因は分からないが即死してるわけでもないし。大人しくしていてもらうためにも最低限説明をさせてもらいましょうか」
三島が両手の人差し指を地面に向けて話す。
「まずここは、旧生代で『現実』として認識されていた
また聞いたことが無い単語が出てきた。
「あ、旧生代ってのは地球上で人間が元気よく殺し合うゆとりがあった頃。だいぶ昔らしいけど。んで、次元面ってのは……複製し、分割した時空のことなんだが、まあ、単純に異次元と思っといてくれ」
三島は上に指を向けた。
「お前さんが今まで現実と認識していた時空は、
手を広げ、周囲へ視線を促す。
地平線まで続く焦げ茶色の荒れ地に、点々と廃墟都市がある光景。
「8つの
「ここは、本当の世界……。分割された異次元……」
何も理解できない言葉をそのまま返すが、三島は手を組み軽く頷いて説明を続けた。そして今度は眼下に見える不気味な巨体を指さす。
「あれは惑星の天敵。エイリアン。生物じゃないのも多いが、分かりやすい通称があると便利だろ?」
「俺や莉緒、他にもいるが、俺たちはあれらと戦う兵器だ。いや、役割からすれば銃弾か良いとこ手榴弾だな」
苦笑しながら話す。それ表情はこいつらしくない、真に呆れた様な、どこか自棄的なニュアンスを持っていた。
「で、その方法はと言えば……」
「そこまで。始めるわよ、三島」
ふいに彼女が言葉を発した。真っすぐに巨影を見る横顔の瞳に、再び黒い熱が灯っている。黒曜石の様な鋭い光沢の中に揺らめく深紅を内包した右手を鉤爪のように腰だめで構えた。肩幅に開き前後にずらした脚は膝を曲げて力を溜めている。前傾の姿勢はいつでも飛び出せる体勢だ。
今にも飛び掛かりそうな彼女へ三島が声を掛ける。
「なんたって今回はそんなに急くんだお前。まだ出番じゃないだろ、落ち着けよ」
三島は彼女の右隣から後ろを回って背後の左後ろに立ち、拳を彼女の左肩に置く。
「分かってるわ」
構えを一切緩めず、どころか覇気を徐々に増しながら言う。三島は苦笑して首を横に振った。そして、僕に問いかける。
「俺たちが使う力。それは何だと思う」
「え……それは……レーザーとか、ミサイルとか……エネルギー兵器を内蔵した特殊なアシストアーム、とか……?」
最後の物は彼女の右手に目が向いて、自分でも良く分からない事を言ってしまった。しかし三島は予想通りというように軽く笑って否定する。
「いいや、全く異なる」
では何だというのだ。
「それは……魔法だよ」
魔法。その単語に有名な子供向けアニメーション映画で見た様な、灰がぶりをお姫様に変えるきらめく美しさと優しさの印象を思い浮かべる。それが彼らの攻撃方法というのはどういうことだ。
思った瞬間、強烈な閃光が空から放たれた。
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