第28話 この花を君に 終

 村長の驚く声と、チコが息をのむ音が聞こえる。ダンジョンフラワーは希少花のなかでも一線を画しているから、この村の窮状を十年単位で改善できるはず。それなら隣村と縁戚を結んで援助を受ける必要はない。


「む……ぅ……いいだろう。ここまでの物を持って来られては親といえども反対などできん」

「それじゃあ!」


 村長の言葉で喜び勇んで顔を上げた俺を村長は片手で制す。


「ただし、結婚に反対しないだけだ。娘がお前の求婚を拒否しても花は返さんが、それでもいいのだな」


 そうか、確かにちゃんとチコに求婚したことはなかったな。でも、チコが承諾してくれても結婚できない状態から、チコが承諾してくれさえすれば結婚できる状態になるなら俺にとっては大前進だ。


「構いません! それじゃあチコを借りていきます!」

「え? ちょ、ちょっとウェイン? そんな急に、引っ張らないでってば」


 俺は村長にダンジョンフラワーを押しつけるようにして渡すと、隣のチコの手を取って自宅へと引っ張っていく。俺の本当の求婚はこれからだ。


 チコを自宅まで連れていくと家の中はもちろん、自宅周りにも誰もいないのを確認して扉を閉めて鍵をかける……ていうかメイラさんはいるんだけどね。

 チコを家の中へと案内するとチコの前で膝をつく。


「チコ、えっと……後ろのメイラさんのこととか、ダンジョンフラワーのこととかいろいろ聞きたいこともあると思うけど、これからもっと驚かせるつもりだから後で全部説明する。だから今は俺の言葉を聞いてほしい」


 ちょっと強引にここまで連れてこられて戸惑いの表情を浮かべていたチコは、俺の言葉に小さく溜息をつくと真剣な顔で頷いてくれた。


「ありがとう、チコ」


 さて、ここからだけど……正直何を言うかなんて全く考えてない。もう、思ったことを素直にチコに聞いてもらうだけだ。


「チコ、俺たちは村長の娘とただの村人の息子として産まれたけど小さい頃から幼馴染としていつも一緒だったよな」

「もっぱらあなたの悪戯の後始末ばかりをしていた気がするけど……」

「はは、いろいろ迷惑かけていた自覚はある。ごめん。でも、いつもチコが助けてくれることが嬉しくて甘えていた俺に、親父が死ぬ前に言ったんだ。『好きな子に迷惑かけているうちは一人前の男じゃない。相手を助けてやれるようになって半人前、そしてお互いに支えあえるようになって一人前だ』って」

「おじさんが……だからあの頃から」


 俺のおふくろは俺を産んで少しして亡くなっていて、それからは親父がずっと俺を育ててくれた。でも、そんな親父も慣れない子育てと畑仕事の両立に無理が祟ったのか俺が十歳になる前に……俺の家にもよく遊びに来ていたチコも親父とは仲が良かった。


「それから俺はチコに迷惑を掛けないこと、一人でもちゃんと生きていけること、チコを守れて頼ってもらえる男になるのを目標に頑張ってきたつもりだった」


 だから俺はチコが望まぬ結婚をさせられると思ってチコを守るためにダンジョンへ向かったんだ。でも……


「でも、さっきチコに怒られて分かった。結局俺がやっていたことは半人前の行動だったんだって。一人前の男だったら、ちゃんとチコに想いを伝えて二人で話し合わなきゃいけなかったんだ」

「……」

「だからチコ、これからもずっとお前と一緒にいたい。お前が大好きだ……俺と結婚して欲しい」


 これからの生活の不安やなんかはもちろんある。だけど一番大事で譲れないのはチコと一緒にいること。それ以外のことは何か不安や問題があっても二人で話し合って乗り越えればいい。もし、それでもどうにもならないようなことがあれば素直に誰かを頼ったっていい。あの時、店長と出会って店長に助けてもらうと決めた時のように。もちろん頼る相手を間違わないようにする必要はあるけどな。


「そしてこれが俺の求婚花だ」


 腰に装着していたアイテムポーチから胡蝶蘭の鉢植えを取り出すとチコの前へと掲げる。


「えっ! ……な、なんて、綺麗な花」


 俺が取り出した胡蝶蘭に目を見開いて息を飲んだチコは、完全に胡蝶蘭に心を奪われている。それもそうだろう、この世界でこれほどの花が俺たちのような村人の目に触れる機会なんてない。あの花屋を見た俺の驚愕にはもちろん及ばないだろうが、チコが茫然とするのも無理はない。


「……ウェイン、ありがとう。私もあなたのことが好き。それに結婚してから話し合って気が付いてもらえばいいと思っていたことも、自分で気が付いてくれてとっても嬉しかった」

「チコ……それじゃあ!」


 期待を込めた俺の言葉にチコはちょっと照れ臭そうに小さくうなずいてくれた。


「よし! やった! やったぁ!」


 思わずチコに胡蝶蘭を押し付けるように預けて溢れる嬉しさを放出するかのように飛び上がってしまうほどに嬉しい。


「じゃあ、ウェイン」

「へ?」


 そんな気持ちが一気に凍り付くような威圧を放つチコの雰囲気に表情が固まる。


「この花のことや、ダンジョンフラワーのこと、それからそちらの女性のこと、洗いざらい教えてもらいますからね」

「……はい」


 有無を言わせない笑顔でそう宣告したチコに俺はちょっと冷や汗をかきつつそう答えるしかなかった。

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