第24話 この花を君に1(ウェインエピローグ)

「ウェイン、チコにはトネリ村の村長の息子との縁談が来ている。お前には悪いがチコとの結婚を認めるわけにはいかない」


 幼馴染だったチコとの交際がチコのお父さんである村長に発覚し、チコの不在時に呼び出された俺がチコとの関係を問いただされ、素直に交際の事実を認めチコと結婚するつもりだと訴えた時の村長の言葉だ。 

 確かに村で根菜農家を営む俺と隣村の御曹司……どちらと縁を繋げばこの村のためになるかなんて考えるまでもない。

 だがそこで、はいそうですかと諦めることが出来るほど俺は軟弱じゃない。地位で適わないなら求婚花で勝てばいい。力ある希少な花を見つけてくれば隣村の御曹司を袖にさせるくらいはできる。とは言っても簡単に探しに行けるような草原や森、山の中にある花では財力のある相手には勝てない。勝つためにはもっと希少で力のある花が必要だ。

 村長の口ぶりではあまり時間の猶予はなさそうだったが、幸い今は農閑期。それにちょうど今年もダンジョンへ出稼ぎに行こうと思っていた。そしてダンジョンと言えばダンジョンにしか咲かない花、ダンジョンフラワー。ダンジョンの環境に応じて色や形が変わって全く同じものは二つとない激レアフラワー。これを見つけて求婚花にすれば誰からも文句を言われることなくチコと一緒になれるはずだ。

 そうと決まればこうしちゃいられない。明日の早朝出発を目途に俺は村の中にある雑貨屋で旅の支度を整える。ダンジョンに行くのはここ数年は毎年のことだから買うものに迷うことはない。でも今回はダンジョンフラワーを探していつもより深く潜る必要があるかもしれないから保存食は少し多めにするくらいか。


 翌朝、まだ暗いうちに起きた俺は、夜の内に『ダンジョン探索に行くから、戻ってくるまで待っていて欲しい』とだけ書いた手紙をチコの部屋の窓の隙間に差し込んでからダンジョンへと出発する。この村から一番近いダンジョンがある街まで約二日、比較的安全な街道だけど警戒は怠れない。なるべく消耗しないようにペースを保ちながら移動して無事にダンジョンのある街に到着。装備と食料を確認、必要分を補充して次の日からダンジョンに入った。


 いつもなら一階層から二階層をうろちょろして、日帰りで俺でも倒せる魔物を倒して小金を稼ぐ。滞在費なんかを考えると一日の利益はそれほどでもないけど、農閑期の間に収入があるだけでありがたい。でも今回は見つければ高額で取引される、あるかどうかもわからない貴重なダンジョンフラワーを探すのが目的だ。多くの冒険者達が出入りしている低階層で見つかることはまずない。なるべく戦闘を避けつつ行けるところまで深く探索する必要がある。


◇ ◇ ◇ ◇


 やっぱり無謀だった。

 最初は調子よく五階層くらいまでは行けた。だが残念ながらその辺りは中級レベルまでの冒険者の稼ぎ場なので欲しい物は見つからなかった。それでも今まで来たことがなかった五階層まで調子よくあっさりと到達できたことで俺はどこか慢心してしまった。

 なるべく戦闘を避けていたせいもあって六、七と階層を降りていったところで、遭遇する魔物が既に自分よりもかなり強く、戦っても全く歯が立たなくなっていることに気が付いた。慌てて引き返そうとするが、そんな時に限って魔物に出会う。倒せないから逃げる、逃げれば追われる、追われているときに運よく階段を見つけて飛び込む。なぜならダンジョンの魔物は積極的に階層を越えて追いかけてはこない。しかし、さすがに目の前で逃げ込めば追いかけてくる可能性は残るため、階層を移動してからもすぐにその場を離れなくてはいけない。追われて焦燥状態でそんなことをすれば今来た階段の位置すら見失ってしまうが、それを気にして足を止めれば死ぬかも知れないので止まれない。結局何度かそんなことを繰り返して逃げ回ったが、なぜか見つけたのは下り階段ばかりだった。


 生き延びるために逃げてどんどん入口から遠ざかっていく悪循環のなか、とうとう水が尽きた。いや、結構前から水がなくなっていたことに気が付いてはいたけど、逃げるのに夢中だったのと、それを認めたくなかったから気が付いていない振りをしていただけだ。

 そこからはもう地獄だった。徐々に脱水症状が出てきて朦朧とした状態で、見たこともない魔物、殺意の高い罠を回避するのに必死でもうどこに向かっているのかもわからない。それなのに、なにかが奇跡的にうまく噛み合って今を生き延び続けていたが、この先助かる展望なんて全くなかった。きっとこの時の俺はなにかほんの少しそれこそ小石を蹴飛ばすとかちょっとつまずくとか、壁に手を着くとか余計な行動を一つしただけで死んでいた気がする。

 そんな俺が魔物の足音から逃れるために逃げ込んだ小部屋、やっと辿り着いたその部屋にも罠があった。俺は罠が発動する光の中でここが俺の終着点かと覚悟した。


 それなのに出た場所はあの店長の店だった。そこからはもう何が何だか分からないうちに全てが好転していった。あの風呂とかいうのも凄かったし、シファさんが作ってくれた飯もとんでもなく美味かった。異世界の街並みにも呆気にとられたし、なにより花屋という場所に度肝を抜かれた。あんなたくさんの貴重な花なんてお城の宝物庫にだってないはずだ。しかもその中でもコチョウランというとんでもなく綺麗な花を惜しげもなく贈ってくれたことにはもうなにがなにやらという感じだった。

 そこからの帰還の準備もあっという間だった。装備や持ち物を新品同様に直してくれたり、護衛のメイラさんを紹介してもらったり、一緒にまた美味すぎるご飯をごちそうになたり、帰還に必要だろうって小さいけど拡張機能のついたマジックポーチに水が湧き出る魔道具の水筒や、火を起こす魔道具、柔らかいパンをたくさんと、さらに護身用の魔道具なんかを入れてくれた。たまたま罠に嵌っただけの俺にこんなによくしてくれるなんて今でも信じられない。信じられないからあの店の人達に対する大きな感謝の気持ちを忘れず、ただとんでもなく運が良かったんだと思うことにした。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る