第21話 帰還

 明らかに二人では食べきれない大きさの鍋に残されているホワイトシチューとカレーを火にかけて温めつつ、お米を研ぎ十合炊きの大きな炊飯器にセットしてスイッチを押す。旅の汚れを落として上がってくるまでにギリギリ炊けるかどうかと頭で計算しながら店主は買い置きしてあったバゲットをはじめとする各種パンを手ごろなサイズに切り分け籠に盛ってダイニングテーブルに運ぶ。普通ならパンとシチューとカレーライスで十分過ぎる量なのだが、冒険帰りのメイラにはそれでは足りない。何より圧倒的に肉が足りない。

 そう考えた店主が冷蔵庫から既に切り分けられ、下処理がされている数キログラムはありそうな牛肉を取り出す。


「ちゃんと準備してあるんですから、さすがシファですね」


 鍋を確認しつつ大型のフライパンを出して次々と肉を焼き、合間に野菜を取り出しサラダを作る。メイラは基本的に何でも美味しく食べるが、気兼ねなくたくさん食べられるようなシンプルな料理を好む傾向がある。店主が凝った料理が作れないという訳ではないが従業員を労うならその人に合った物を提供するべきだろう。

 淀みなくキッチンと冷蔵庫とテーブルを店主が動き回り、湯気が立つ料理の数々と冷えたビールやワインがテーブルを埋め尽くす頃、階段をがやがやと上がってくる音がする。


「ご飯が炊けるまではまだ少しありますが、ちょうどいいタイミングですね」


「あ~! ちょっと待ちなさいって言ってるでしょメイ! ブラをしないならティーシャツの上からもう一枚羽織りなさい!」

「別にあたいは気にしないぞ、この胸でトモの興味を引くことは利点しかないからな」

「だ~か~ら~色仕掛けは禁止っていうルールでしょ、メイ!」

「ふん、馬鹿なルールを作ったもんだな。色仕掛けを有効にしておけば、いつも一緒にいるシファの方が有利だろうに。まあいい、ほら、そのパーカーを寄越せ」

「い、いいのよ! なんかそれはフェアじゃない気がするし、皆にずるいって言われるのも嫌よ。はいこれ、透けないやつだけど薄いし通気性もいいからそんなに暑くないでしょ」

「わかった、わかった。ほら、これでいいだろ。お~いトモ、帰ったぞ! あの世界はいいな! 実に手応えがある」


 店主からは何を話しているかまでは分からない。しかし賑やかな雰囲気は十分伝わっており「女性が三人集まると姦しいというけど、二人でも組み合わせによっては十分賑やかだな」と、シファとメイラが近づいてくる音を聞きながら苦笑する店主だったが、賑やかなのはむしろ好きな方である。だから見事に役目を果たして無事に帰ってきてくれたメイラを笑顔で出迎える。


「お疲れ様、信頼はしていましたけど怪我もなさそうで良かった。詳しい話は後で聞きますからまずは乾杯して食事にしましょう」

「さすがはトモ! シファに無理やり浴室に送り込まれなければすぐにでも食事にしたいほど腹ペコだったんだ」

「あんな汚い状態で絶対に二階より上には来させません! 掃除をするのは私とトモさんなんですからね!」

「分かってるって、だからちゃんと磨いてきたろ。ほら、確認してもいいぜトモ」


 そう言ってパーカーの下のティーシャツの裾をまくり上げたメイラが、綺麗な小麦色の腹筋を露わにする。


「あぁ! もうメイラ! いきなりそんなもの出さないで! トモさんもまじまじ見ない!」

「何言ってんだ? いつも軽鎧装備の時は腹筋なんて丸出しだろうが」

「ち~が~う! あんた今下着付けてないでしょうが、普通に下乳まで丸見えなのよ!」

「ん? おっと、サービスしすぎちまったか? まあ、トモ相手なら全乳でも構わんが」

「メイ!」

「あ~、へいへい。今は腹減ってるし全乳見たかったら今度二人っきりの時だな、トモ」

「期待せずにお待ちしていますよ。じゃあメイラ、シファも座ってください。二人とも最初はビールからでいいですね」


 戦い方も男女間の駆け引きもなにかと豪快そうに見えるメイラ。だが、戦闘はともかく男女間のあれやこれやに関しては意外と乙女でいざというときには大人しくなるのが彼女だ。今だって実は結構耳が赤くなっているのを店主はしっかりと確認している。だったらそんなこと言わなければいいのだが、それを指摘すれば動揺したメイラに何をされるか分からないため、さりげなくスルーする技術を経験により店主は習得している。だから店主はビールが注がれた三つのグラスのうちの一つを手に取る。


「はい」

「おう」


 それを見たシファとメイラもグラスを手に取ると三人のグラスを持った手が静かに掲げられた。


「「「乾杯」」」


◇ ◇ ◇


「っふぅ~! 美味かった! やっぱりこの家で食う飯が一番美味いな」


 無事に一つの仕事を終えられたことを祝して三人で乾杯して始まったささやかな酒宴は、用意された酒食の大半を一人で綺麗にたいらげたメイラの一言で終わりを告げた。

 皿や器が空くたびに食器は下げていたため、テーブルにあるのはワインの瓶が数本と各人のグラスのみである。


「ほとんどはシファが準備してくれていたものです」

「だよなぁ、最初の頃は味も素っ気もなかったのに今やトモの料理と同レベルだってんだからなぁ」

「一緒に住んでいるのにトモさんばかりに負担を掛ける訳にはいかないでしょ」


 やや膨らんだお腹を撫でながら視線を向けてくるメイラに、シファは店主の視線から逃れるように顔の向きを変える。


「シファやメイラのために家事をすることを負担だと思ったことはありませんが、シファが主に料理を始めとした家事を一生懸命覚えてくれたことで確かに楽になりましたし、一緒に料理が出来るようになって、家事がとても楽しくなりましたからシファには感謝しています」

「なるほどな、それが原動力か」

「う、うるさいわね! 美味しいものが食べられるんだから文句ないでしょ!」

「へいへい、ご・ち・そ・う・さま」

「メイ!」


 にやけた顔でからかうメイラに耳を赤くしたシファが食って掛かろうとするのを店主はぱんぱんと手を叩いて「そこまで」と止めるとメイラのグラスにワインを注ぐ。


「では、メイラ。今回の報告をお願いします」


 メイラはその言葉に姿勢を正すと、注がれたグラスで喉を潤し店主に視線を向ける。


「了解。じゃあ、転移直後から報告する」




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